第7話 思惑
慶太を自宅に送り届けてから、梓は右耳に着けているワイヤレスイヤホンで別の場所にいる仲間に連絡を取った。
「――雲英。そっちはどうだ? ……そうか。なら、そのまま対応しろ」
相手は慶太の友人を追っている七海だ。本部を出る直前、ホールで見た地図では追い詰めていたように見えたものの、一向に捕獲完了の知らせがくる気配がなかった。
梓はイヤホンから伝わってきた内容に一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐにそれを消して手短に指示を出す。現状が分かれば問題はない。場合によっては応援も必要にはなるが、今はまだ不要だ。
赤信号で停止した車内で、慶太の言葉を思い返した梓は小さく呟いた。
「……友達、か」
再び脳裏を過ったのは、いつも喧嘩ばかりしている同い年の女性の姿。
彼女の存在が切っ掛けで幻妖世界の事を知り、事故に近い形で依人の力を得てしまった。元々、素質があったのかすぐに力に馴染めたのは不幸中の幸いだ。そして、斎に出会って聞いた特務の方向性に同意し、局ではなく特務自警機関に所属した。
彼女とは今でも決して友好的ではないが、自身の性格上、まだまともに付き合いができた人だ。「友人」と呼ぶには仲は悪いが、逆に何でも言い合えることを考えれば唯一の友人と言ってもいいのかもしれない。認めたくはないが。
「だが、それも忘れてしまえばすべて終わりだ」
記憶を消せば、友人であったことだけでなく、彼の存在そのものを忘れてしまう。
それによって慶太の交遊関係は大きく変わってしまうだろうが、それは今を知っているから変わると思っているだけのこと。最初からそうであったと記憶を塗り替えれば、問題なく順応するのだ。
(変な猶予を与えず、今までのようにさっさと記憶を弄ればいいものを、何でアイツは――)
万が一、友樹が助かったなら助かったときで、手間は掛かるがまた元に戻せば良いだけの話だ。それを斎は慶太の申し出を受け入れ、記憶については何も対処をせずに家に帰している。
出会った当初から何を考えているか分かりにくい斎だが、ふと、慶太の経歴を思い返してある可能性に行き着いた。
同時に、梓は車を路肩に寄せてハザードランプを点けて停止。耳に着けている通信機ではなく携帯電話を取り出し、アドレス帳からとある人物の名前を探し出す。通話ボタンを押せば、相手は待ち構えていたかのようにすぐに出た。
《はいはい、桜庭ー》
「お前、記憶を消さなかったのは、あの少年の過去と『これ』を見越してのことか?」
《んー? どないやろうな》
即座に本題に入った梓だが、斎はそれが何の話なのかすぐに分かった。
斎は曖昧に返したものの、だからこそ、図星であると言える。何も企んでいないのなら、明言しない以前に何の話かと問うはずだ。
まるで、斎の手のひらで転がされているような感覚に、梓は眉間に皺が寄るのを感じつつも核心を突くように言う。
「破綻者についてはよく知っているはずだ」
《せやねぇ》
「なら、やはり最初から消しておくべきだったな」
今回の斎の行動には大きなミスがある。いくら慶太が必死に懇願したからといって、例外を作っていい理由にはならない。特に、慶太の場合は。
すっぱりと言い放った梓に、斎は尚も軽い調子で返した。
《雪女ちゃんは案外、慈悲深いなぁ》
「おちょくるようなら凍らせるぞ」
《あー! それは待って! 誠ちゃんに、『これ以上仕事用の端末壊すな』言われてんねんって! 自腹なんよ!?》
「それは良かったな」
《ようない!》
切羽詰まった斎は本気だった。
彼は自身の能力で携帯電話を破壊したことが何件かある他、梓によって破壊されたこともある。その頻度が他の構成員に比べて極端に多いため、先日、誠司に直接注意されたばかりだ。
声を荒げた斎だったが、すぐに少し前に携帯電話を見たときの値段を思い返してトーンを落とした。
《もー……ホンマ、最近のスマホはパソコン並の金額やけん困るわー。補償かて、何回も使えんし》
「壊さなければいいだろう」
《無茶言わんといて。こっちは自分の能力でダメにしてるって知ったとき、本気で悩んだんやから。ショップの人に、「何をされたんですか」って聞かれる身にもなってや》
斎は依人の継承組だ。ただ、妖狐や神に連なるものから受けた力ではなく、家系で受け継いだものになる。そして、その種類は『
そのため、携帯電話だけでなく、パソコンやテレビといった家電製品も稀に破壊してしまうのだ。力のコントロールが出来ていても壊れるとは、未熟だった頃を想像すると一緒に暮らす家族に少し同情した。
梓はずれた話題を長引かせることはせずに本題に戻した。
「お前、アイツをどうする気だ?」
《わー、デジャヴや。さっきも言われたばっかやのに》
「お前の都合はどうでもいい。ただ、不用意に巻き込むのは感心できない。総長の腹心であるとはいえ、な」
《……心配しなくてもいい》
調子良く笑っていた斎だったが、梓の一言でがらりと変わった。
斎はつい数分前のやり取りを思い返しつつ、彼女にも先ほどと同様に言う。
《少し、彼に賭けてみたくなっただけだ》
「……重なったか?」
《否定も肯定もしない》
「バカか。それは肯定と同じだ」
溜め息混じりに言ってやれば、斎はいつもの調子に戻って「そうかい?」と笑った。
《ま、彼は彼で探す言うてたし、頑張らせてみたらええよ。そのほうが、どんだけ無駄な行為なんかよう分かるやろ?》
「お前は非情だな」
《いやいや、優しいくらいやで。わざわざ教えてあげてるんやから》
「そうかもしれないが、もう少しやり方というものがあるだろう……」
もはや追及するのも億劫になってきた。
それは斎にも伝わったのか、彼は笑いながらも話を変える。
《ははっ。まぁ、それはそうと、なっちゃんのほうは大変みたいやねぇ》
「私も様子次第では向かうが、今はまだ応援は不要だと言っていた」
《なっちゃん頑固やな》
只でさえ想定よりも時間がかかっているのだ。そろそろ応援を要請してもいいくらいなのだが、それは彼のプライドが許さないのだろう。
もっと他を頼ってもいいものを、と小さく息を吐いた斎に梓も同意した。
「ああ。だが、できるだけ応援は早めのほうがいい。一応、精鋭部隊の他の者に動けるよう指示は出しておいても?」
《あ、そうか。なっちゃんと一緒に動いてるんは実動部隊か》
慶太と友樹を見つけたとき、一緒にいたのは梓や七海のいる精鋭部隊ではなく、一般人が多く所属する実働部隊であると今さら思い出した。
精鋭部隊の人数は両手で足りるほどで数は少ない。だが、依人のみで構成された精鋭部隊員は、一人で数十人分の力は優にある。
そのため、精鋭部隊がまとまって動くことはまず少ない。動くとすれば、重要性の高い任務のときか、よほど手のかかる相手のみだ。
「今回の場合、実働部隊ではまず無理だろうな」
《否定はせんけど、あの人らも必死なんやで?》
特務の歴史上、実働部隊に属するような一般人がトップに立っていたことのほうが多い。斎のような依人は都合よく使われていたのだ。
そこに、どういう経緯か誠司がトップに立ってから体制はがらりと変わった。隅に追いやられていた依人が部隊を率いるようになり、任務の成功率も格段に上がったのだ。
だが、それを面白くないと感じる一般人がいるのも事実であり、そう言った者達はひたすら上を目指して日々研鑽を積んでいる。
梓は実働部隊の面々を思い浮かべながら、「努力は認めるが」と前置きをして言葉を続けた。
「どれほど訓練を積もうとも、依人の前では赤子に等しい。大したことのない能力ならばまだしも、今回のような相手はまず、な」
《へぇ。ほな、やっぱし?》
「ああ」
先ほど、七海と連絡を取ったときを思い返す。
彼が告げたことは、斎達の予想を見事的中させてくれた。
「ご存知のとおり、今回の対象、破綻したそうだ」
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