第2話「3月9日」

ああいやだ。

太陽が昇る空の下、にっこり晴れに似つかわしくないクソみたいな顔をしながら

そう思った。

魔女裁判。

人々を恐怖に陥れる魔女をたたき殺せ!というのが本来の魔女裁判だったはずだ。

少なくとも当初は。

だがいつしか

「魔女を殺せ」

ではなく

「気に食わない奴を殺せ」

に変わってしまっている。

たぶん誰も気づきはしないだろう。

「魔女」を殺す俺以外は。

そりゃあ最初は魔女を殺せる名誉の役、なんてちょっとヒーローの気分だった。

でもひとり、ふたり、さんにんと斧で首をドスンとやっていくうちに、

「助けてくれ」

「私は違う」

「魔女なんかじゃない」

そんな声が耳に入るようになった。

俺は一度斧を振り下ろすのをやめようとしたことがある。

「お前が代わりになるか」

神父様からそういわれ、やっぱり俺は振り下ろした。

やめて助けてころさストン。

ああいやだ。



今日もまた誰かの首を切らなければならないかと思うといやになった。

だが今日は違った。いつも泣き叫ぶ「魔女」が許しを請うこともせず、ただただ

黙して座していた。

よく見るとその顔は笑っていたような気がする。

その「魔女」の様子に気づいたのか、いつもは殺せ殺せとやかましいにんげんどもが

今日はただただ静かに見つめている。

いつものように嫌われ者が来たのではないのか。

「何か言いたいことはあるか」

神父様が「魔女」に聞いた。

「嬉しく思います」

その言葉にさしもの俺も面食らった。どうやら神父様も驚きを隠せていないようだ。

「私を魔女として殺していただけるなんて」

「魔女」は笑顔を絶やしていない。まるで死をわが子のように受け入れている。

「こいつを切れ」

神父様は俺に命じてきた。

「女」は怯えるどころか、此方に顔を向けてきている。

こいつを切ってもいいのだろうか。得体のしれない感覚が俺の体を這いまわって

いる。神父様が何度怒鳴りつけようとも、這いまわるものが私を縛り付けてくる。

「早く私を切りなさい」

唐突に言われた言葉は、神父様でもなく俺でもない。ましてや静かにおののいているにんげんどもではない。

「女」だった。

「早く、切れ。私を魔女として殺せ。早く」

先程までの笑顔は全くなく、鬼のような形相を浮かべて此方を睨みつけている。

「魔女として殺しなさい。子を捨てた私はひととして死にたくはない」

鬼はいつしか「ひと」になった。過去の罪を、ここにいる誰もが許しえない罪を

悔いた「ひと」が罰を求め哭いている。

その様子に神父様さえ動けなくなった。誰もがこの「ひと」に押しつぶされて

いたのだ。

「わが子よ。愛するわが子よ。あなたを捨てた罪はそちらで償いましょう」

「ひと」は体を丸め、そしてぶちっと音を立てた後、動かなくなった。

誰もがみな、死体を除かずすべてが動くことはできなかった。



今日もまた俺は魔女の首を落とす。泣きわめき逃げ出そうとするその首を。

「魔女」の首は落とせないというのに。

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