第7話 アルターリ奪還作戦その3

 陽の光を受けて鈍色に輝くアルターリ。それを一望できる尖塔の頂上にフェルミットはその姿を見つける。かつては時を告げていたであろう古びた鐘楼の下に、美しい群青色の髪の少女──ベルゼトスがいた。髪と似た色合いの深い青の瞳が都市を眺める。

 鐘を間に挟んだ位置にフェルミットは降り立った。純白色の翼が元の薄膜へと戻っていく。


「また何かやろうとしているみたいね」

「まあね」


 ベルゼトスが隣を見もせずに声をかけ、フェルミットがそれに答える。二人の視線の先には起動中の《エオリエルの盾》があった。


「人間たちにあんな魔導具エオリミオンを作る技術があったなんて、なんか意外」

「元々は魔界側そっちの技術だよ。二代前の魔王が人間側に渡したものの一部だ」

「二代前……バエラグレス様か」

「戦争を起こさないために技術を流したって話だったけど、残念だけど無駄だったみたいだ」


 フェルミットの言葉に魔族の少女が「そうだね」と言って頷く。

 数百年前にあった人間と魔族との戦争。その終結後には和平が結ばれたことで様々な交流が双方で行われた。人材、資材、文化、そして技術。

 その中でも特に魔力エオリム魔粒子ラフェルに関する技術は人間側にとって極めて貴重なものだった。先天的に人間は魔力エオリム魔粒子ラフェルを操作する術を持たないため、利用する技術が魔族と比べてかなり劣っていたためだ。


 先々代の魔王であるバエラグレス・ディ・ベレルジェはこの技術交流を非常に重視していた。表向きは単なる交流の一つとしていたが、人間と魔族が再び戦争を起こさないように尽力していたことから、彼我の技術差、ひいては戦力差を埋めることが目的だったのではないか、と囁かれていた。

 意図がどうであれ、実際に人間界と魔界との戦力差は埋まり殆ど対等の軍事力を保持するに至った。

 ──だが、戦争は起こった。


「新しい『魔王』様がやってきちゃったからね」

「……『魔王』、か」


 フェルミットが拳を握りしめる。言葉には明白な憎悪の念が込められていた。

 少年の燻んだ栗色の瞳には燃え盛り崩れ去る街並みが見えていた。かつて失われてしまった生まれ故郷の姿が。

 悲痛な表情を浮かべていたことに気がついたベルゼトスがわざと大袈裟にマントを跳ね上げて腰の鞘から漆黒の大剣を引き抜く。


「じゃあ、やろっか。私はきみを倒して英雄にならなくちゃいけないしね!」


 そう言って満面の笑みを浮かべる。

 それが彼女なりの慰めだとフェルミットには分かっていた。二人で戦っているときは全てを忘れられる。自分も、彼女も。

 白銀の直剣を引き抜いて、彼女に答える。


「そう簡単にはいかないさ。何せ俺は伝説の『勇者』らしいからな」

「あはは、うっそだー」


 笑う彼女につられて笑顔が浮かぶ。この子ならきっと、自分のことを『勇者』だなんて思わない。自分と彼女は同じだから。


「じゃあ、行くよ」

「おうとも」


 手慣れた合図と共に、フェルミットとベルゼトスが互いに踏み込んで剣を振り下ろす。刃が打ち合うと同時に双方が飛び退き鐘楼から落下。

 フェルミットが薄膜を翼へと変えて飛翔。ベルゼトスは風を纏って浮遊する。

 両者の落下速度が減衰して上向きへと変わり放物線を描くように空中を上昇。再び激突して鍔迫り合いとなる。


「その翼、前々から思ってたけどかっこいいよねっ!」

「そんなこと言うのは君ぐらいだよ!」


 鍔迫り合いから打ち合いへ。剣戟を打ち鳴らしながら降下していく。


「そっちだって、初めて会ったときに私の見た目、褒めてくれたじゃん!」

「綺麗な子に綺麗って言って何か問題?」

「あーもう! きみのそういうところ大っ嫌い!!」


 赤面するベルゼトスがフェルミットには微笑ましかった。そのせいで気が抜けて手許が少し狂う。開いてしまった防御を抜けて、大剣が頬を掠めていった。


「変なこと言って油断してるからだよ、ばーか」


 笑うベルゼトスの大剣を素早い斬撃が打ち上げ、腕が振り上がったところにフェルミットが刺突を放ち頬を掠めさせて自身と同じ場所に切り傷をつける。


「照れて気が抜けてるよ、ばーか」

「このっ……!」


 再び二人の剣が打ち合う高速戦に移り変わる。互いを斬り合い、殺すための一手を放ちながらもどちらの顔にも微笑みが浮かんでいた。

 自分と同じ力を持ち自分を化け物と呼ばない相手がいる。それだけが二人にとっては重要だった。




 ──二人の眼下、《エオリエルの盾》が立つ場所から別の戦火があがっていた。

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