第2章 響け、失われた嘆きよ

第5話 アルターリ奪還作戦その1

 先日発生した斥候部隊と敵部隊との戦闘は、情報が入ったのが早かったおかげもあり死傷者は少なく済んだ。当然、そこにはフェルミットがすぐに駆けつけたという理由もある。

 それが『勇者』の力を盲信しているメルヴィンに余計な自信を与えてしまっていた。


「良いか諸君! やはり『勇者』殿の圧倒的な力が最も重要な戦力となっていることは疑う余地がないのだ!!」


 胴間声が敷地内に響く。太った王族の前には第一方面軍第一部隊の総員が集められていた。前線基地の中央の開けた場所でメルヴィンが全隊員に向かって鼓舞するため(と当人は思っている)演説を行っていた。

 最悪なことにフェルミットの立ち位置はそのメルヴィンの隣だ。脂肪を纏った手が彼を指し示す。


「先日起こった斥候部隊の不注意による急な戦闘においても、『勇者』殿がいたからこそ多数の生存者を残すことができた! 諸君らは感謝しなくてはならない立場にあるのだ!」


 バレないようにフェルミットは小さく溜息をつく。正直、逆効果なのでやめてほしかった。


「不注意って、むしろあいつらが優秀だったから敵部隊を発見できたんだろうが」

「少人数の斥候部隊にしてはかなり持たせてたのは彼ら自身の功績なのに……」


 下士官同士の会話が聞こえた。うんうん、と頷く。全くもって彼らの言うとおりだった。


「それを失態扱いとか、あのデブ何考えてやがる」

「隣の化け物も、よく平気な顔していられるわね」


 全くだ、と頷きかけてフェルミットは止めた。どうやら彼らには自分が功績を横取りしているように見えているらしい。


(言ってもそのデブが聞いてくれないんだよ……)


 言い返したかったがメルヴィンと同じ程度には話を聞いてくれなさそうなのでできなかった。

 その後も長々とした演説が続き、最後にメルヴィンが全員に対して敬礼して拷問の時間は終わった。

 メルヴィンと入れ替わるようにして第一部隊の隊長が作戦を説明する。重要なのはむしろこちらだろう。




 作戦内容はこうだ。


 目標は、前線基地から数キロメトロン先にあるアルターリという街。魔王軍が侵攻してきた初期に放棄された都市で、度重なる戦闘で今は完全に廃墟と化している。

 その中心部に特殊な魔導具エオリミオンを設置。高濃度の魔粒子ラフェルによる防壁で街全体を覆い、領土として奪還する。


 メルヴィン王子が考えたにしてはまともだな、とフェルミットは思った。予想どおり考えたのはメルヴィンではなく、王都の軍本部にいる参謀らしい。

 この作戦は成功すれば戦線を押し上げることができるために、極めて重要なものだった。それこそ、この戦争そのものを左右するほどに。

 何故かといえば、フェルミットの所属している第一方面軍第一部隊はこの戦争における最前線に位置する部隊だからだ。


 軍は地域別に第一から第二十方面軍に分かれており、さらにそこから細かく地区別に番号付けナンバリングされている。有名なものとしては、王都を守護する第十七方面軍や、多くの魔族たちが住んでいる地区を担当する第六方面軍などがある。

 殆どの場合、北から順に番号が振られるが、唯一の例外がこの第一方面軍だ。人間界の中央東寄りに位置しているこの地方が最初に番号が振られた理由は、軍部が設立された歴史的事由による。


 それは、この地方に人間界と魔界を繋ぐゲートがあるためだ。人間側にとって最も警戒すべき相手は魔界の軍勢である。それに対処するために軍がある。したがって、最も注意を向けるべきこの地方が最初に番号が振られることとなった。

 地区別の番号付けナンバリングも通常は北東から南西になるにつれて番号が増えていくが、この第一方面軍の担当地区は最もゲートに近い地区が第一部隊、それを囲うように第二部隊、第三部隊となっている。

 それ故に、この第一部隊の担当する地区が最も重要な戦場となっている。ここの戦線を押し上げるということは戦争に勝つために必要不可欠だ。


 作戦における唯一の欠点は具体的な設置案についてはメルヴィンに一任されている部分だろう。


(正直、不安しかないな)


 フェルミットの悪い予感は的中した。部隊長の告げたは全力で『勇者』を援護しろ、だった。

 部隊長の隣に立っていたフェルミットに全隊員の視線が集中した。


(……そんな目で見られてもこっちも困る)


 うんざりした表情だけは、しないようにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る