第3話 「どうして探さないんだよ!」

 〇二階堂 空


「どうして探さないんだよ!」


 兄貴の大声が響き渡る。

 その、普段あまりない光景に…あたし達は全員…言葉を失っていた。


 紅美がいなくなった。

 CDショップで、万引の罪をきせられて。

 やってないって言い張る紅美に、麗姉は謝れって言い張ったらしい。

 それで…紅美はキレた。


 その現場に桜花の教師として立ち会ってた兄貴が、一部始終を辛そうに話して。

 あたし達は、何とも言えない気分になっている。


 麗姉は…不安だったんだ。

 警察を目の前に、人に責められる紅美を見て。

 早く連れて帰りたい。

 きっと、そう思って…

 一刻も早く帰るには、謝るしかない。

 そう思ったんだと思う。


 でも、それは紅美には通じなかった。

 通じるわけがない。

 あんな事実を知って、多少なりとも自分自身を疑い始めてる時に。

 味方であるはずの麗姉が、自分を疑った…なんて。



「陸兄は心配じゃないのか!?」


「…麗が…探さなくていいって言うんだ。」


「っ…どうして…!!」


「探す資格がないって…」


「……」


「紅美は、自分の意志で出て行った。知らないうちに…あんなに追い込んでたなんて…」


 陸兄が、頭を抱えてうなだれた。

 あたしと泉は何も言えないまま、ドラマでも見てるような気持ちになってる。



「…陸。」


 ふいに、母さんが重そうに口を開いた。


「……」


「本当に、探さないの?」


「…ああ…」


「陸兄!!」


「海は黙ってて。」


「母さん。」


「いいから。」


「……」


 陸兄に食いかかりそうだった兄貴を、母さんが止める。

 兄貴は大きくため息をついて、ネクタイを緩めた。


「探すなら、二階堂の捜査網を全部使うわ。」


「……」


「ただの家出じゃなさそうだ…って、気付いてるでしょ?探して、話し合った方がいいんじゃないの?」


 母さんの言葉に、陸兄は…ゆっくり首を横に振った。


「…まさかとは思うけど…自殺なんて…」


「泉、バカ言わないで。」


「でも母さん…」


「それは…ないと思う。」


「陸…」


「関口に殺された人達の事を思うと、そんなに命を簡単には…」


 陸兄の言葉は、妙に説得力があった。

 確かにそうだ…

 紅美は、そんなにバカじゃない。


「…正直言って、紅美があのことを知った時…どうやって接したらいいか…わからなかったんだ…」


「…私達だって。」


 母さんが、陸兄の背中に手をかける。


「支えてやらなきゃいけないのに…向き合えなかった。今まで通りにするのが一番だと思ってたけど…それも出来ていなかった気がする。自然と壁を作ってしまってたかもしれない…」


「陸兄、そんなに自分を責めないでよ。あたしだって、紅美に何も…」


 泉が、半ベソかきながら、そう言うと。


「…悪いな、みんな。うちの事で心配かけて…」


 陸兄は疲れた顔で苦笑いをした。


「…関口の件が絡んでるだけに、これは二階堂全体の案件と言ってもいいと思います。紅美の居場所だけでも突き止めて、見守ってみては?」


 父さんがそう提案して。

 あたし達は全員がそれに賛成するように目を見合わせた。

 でも…


「…ありがたいが、それもしなくていい。」


「陸兄…」


「紅美が決めた事だ。向き合うにしても…紅美が帰ると決めて戻って来なきゃ意味はない。」


「……」


「…時間がかかっても…帰って来てくれるって信じてる。」


 そう言って指を組んだ陸兄に、誰も何も言えなくなってしまった。

 あたし達の捜査網なら、この瞬間にも見付けられる自信はあるのに…


 陸兄は二階堂の血が流れてるけど、一般人だ。

 あたしは…その陸兄の想いにもどかしさを感じつつも。

 こうなっても、信じる事を選ぶ強さに…胸が締め付けられた。



 * * *


 〇二階堂 海



「!」


 俺は慌ててビルの陰に隠れる。


「あははは、ルミちゃんて力持ちなんだ。」


「そうよぉ?今時の女は、一人でも大丈夫なのっ。」


「頼もしいな。」


 繁華街の裏通り。

 若いカップル…

 でも。


「…でも、りんちゃんになら…」


「あっ、慎太郎しんたろうだ。」


「えっ!」


 女は慌ててキョロキョロしたあと。


「もう!やめてよー!心臓に悪いじゃない!」


 スーツ姿の男に、軽くパンチをした。


「せっかくの休みに私用で連れ出してるなんてバレたら、あたしクビだわ。」


「お姉ちゃんへのプレゼントなんだろ?一緒に選ぶぐらい、大丈夫さ。」


「…その後は?」


「その後?」


「あたしの部屋に…来ない?」


「だーめ。帰ってプリント作んなきゃいけないし。」


「…もうっ。ねえ、凛ちゃん好きな人いないのぉ?」


「みんな好きだよ。」


「ふんっ。久世くぜ兄弟って食えない奴だわっ。」


 ……


 髪型も格好も喋り方も男だけど…紅美だ。


 どういうことだ?

 なんで男になりすましてる?


『休みに私用で連れ出してるなんてバレたら、あたしクビだわ』


 …どこかの店の女だな。


 俺は二人とは反対方向に歩き、一番近い交番に入った。


「すみません。」


「はいー?」


 少し暇だったのか、椅子に座った三人の警察官が同時に振り返る。

 まあ…この辺りは夜は戦場の如く荒れるが、昼間は若干平和な時間帯もあるだろうからな。


「ちょっと聞きたい事が。」


 そう言って二階堂のカードを見せると。


「あ……はっ…はいっ!!」


 三人は慌てて立ち上がって敬礼をした。


「お疲れ様です!!」


 見事なまでの敬礼と揃った声に、通行人が目を丸くしているのが見えた。


「…ちょっと人を探してます。」


「はっ!!」


「クゼ シンタロウという人物を知ってますか?」


「…久世君ですか?」


 警官達は顔を見合わせて。


「この辺りでは有名な男ですが…彼が何か?」


 少し緊張した面持ちで答えた。


「有名…とは?」


 なるべく柔らかい表情で問いかけると、警官達も少しだけ安心したのか、肩の力を抜いたように見えた。


「見た目に反して面倒見のいい男で、若いのにこの辺りの…店…の…まとめ役をやってます…」


「まとめ役…」


「ええ。近年、ここら辺での騒動が減ったのも彼のおかげですよ。」


「なるほど…」


 最初の警官が『店』を言いよどんだ事で、何の店かは察しがついた。

 風俗か。

 以前、この辺りでは一斉摘発でその手の店が排除されたはず。

 短期間で立ち上げたと言う事か。



「俺が訪ねた事は秘密にしておいてください。店はどこですか?」


 俺の問いかけに、三人はまた少しだけ強張った顔になった。

 …クゼ シンタロウ。

 警官からも信頼を集めている男…ってとこか。


「ご心配なく。彼自身に問題があるわけではなく、彼には人探しに協力してもらいたいと思ったもので。」


 苦笑いをしながらそう言うと、三人は戸惑いながらも顔を見合わせて。


「この先にピンクのビルがあるんですけどね…そこを右に曲がって真っ直ぐ行った所の『ヘヴン』って店に、いつもいます。」


 向かいの道を指差して言った。


「…どうも。」


 軽く頭をさげて、交番を出る。


 …正直、二階堂のカードを出すのは気が引けた。

 と言うのも、陸兄に紅美を探す意思は…今もないまま。

 その気持ちを尊重してか、親父も母さんも、紅美の捜索にはゴーサインを出さないからだ。


 だけど…

 このまま放っておくなんて出来ない。

 こんな状態で探し出されても、紅美は帰る事を拒むかもしれないが…

 探されてないと知ったら、心の傷はもっと深くなるはずだ。

 愛されていなかったのか、と。



「…ここか。」


 教えられた場所に『ヘヴン』は、あった。

 まだ新しく思える白い壁。

 店は休みらしく、ネオンはついてない。

 とりあえず、路地に入って非常口をノックする。

 誰もいないか…


 諦めようとした瞬間。


 ガチャ


「……」


 突然、タバコをくわえた男がドアを開けて顔を覗かせた。


「あ…」


「何だ?」


「クゼ、シンタロウ君?」


「…てめぇは?」


「ああ、失礼。二階堂といいます。」


 一瞬、男の顔色が変わった。

 ヤクザとしての『二階堂』を知っているのか、それとも…紅美の苗字として知っているのか…。


「で?何か?」


「ここに、紅美がいますね?」


 断言して、問いかける。

 男は、しばらく俺の顔をじっと見て。


「…ま、入んなよ。」


 ドアを大きく開けてくれた。

 彼について店に入ると、そこはかなり薄暗く…


「!」


「がっ!」


「何だよ急に。別に俺は、君とケンカしに来たわけじゃない。」


「がはっ…ゲホッ…はっ離せっ…」


 いきなり殴りかかられて、つい後ろから羽交い絞めしてしまった。


「話してくれるね?」


「…分かったから、離せ。」


 俺が手を離すと、男は首に手をあてて。


「…何者だよ。」


 しゃがみこんだ。


「紅美のイトコだけど。」


「そうじゃなくて…」


「…ヤクザだよ。」


「ヤクザ?」


 男の眉間に、しわ。

 そりゃそうだ。

 俺は、誰がどう見てもヤクザには見えない。


「ははっ、そりゃ、見事なもんだ。」


「この界隈にいて、二階堂組も知らないのか?」


「…二階堂組?」


 ようやく気が付いたのか、久世くんは驚いた顔で俺を見た。

 この辺りで覚せい剤や麻薬の取り締まりをした時…

 表立って流れた噂は『このシマで密売をするには、二階堂に多額のお布施を包まないとならない』だ。


 やはり…紅美の苗字を聞いたんだな。



「…紅美とはイトコだって?」


「ああ。でも、紅美は全然ヤクザの方には関係ない。普通に学校に行って、普通に…」


「養女だって言ってた。」


「……」


 …こいつには、心を開いてるのか…


「…ああ。」


 椅子を引いて座る。

 それを見た男も、少し離れたテーブルに座った。


「そっとしといてやれよ。あいつは、今の生活に満足してる。」


「…紅美の、何を知ってる?」


「あ?」


「今の生活が満足だって、どうして言いきれる?」


「……」


 男がタバコに火を着けた。

 それだけの事なのに…そいつには余裕があるように見えて、少しイラついた。


「今、俺と暮らしてんだ。」


「え?」


「あいつだよ。俺と暮らしてる。」


「……」


 胸の中で、嫌な感情が生まれた気がした。


 …仕方のない事だ。

 今の紅美には…頼る奴がいない。


「俺たちが知り合ったのは、運命なんだ。」


「…運命?」


「あんた、イトコなら知ってるんだろ?あいつの父親が、大量殺人の犯人だって。」


「……」


 紅美…そんなことまで、こいつに?


「俺の親父と弟は、そいつに殺された。」


「…えっ?」


 突然の告白に呆然とする。


「最初は驚いた。少しだけ…憎しみも湧いた。でも、あいつには関係ねえ事だし…今のあいつには俺しかいねえから…」


 落ち着け。

 少しだけ深呼吸して…男を見据える。


「そのこと…紅美は?」


「…知らねぇよ。言えるわけねぇじゃん。」


「それで、君は…ずっと紅美を表通りに出さないまま一生過ごさせるのか?」


「……」


「紅美は…」


 テーブルに肘をついて、指を組んだ。

 さっき見た紅美とは違って…俺の中にいる紅美を思い出しながら、話し出す。


「ギタリストでボーカリストだ…って、知ってるか?」


「…え?」


「親父さんもギタリストで…紅美自身、バンドデビューも決ってた。」


「……」


 タバコを消す気配。


「確かにあいつは養女だ。だけど俺にとっては小さな頃からイトコで…クールかと思えば大口開けて笑って、屈託のない所に…救われて来た俺がいる。」


 …そうだ。

 俺はいつだって、あいつに…

 紅美に救われて来た。


「あんた…」


「俺は、紅美が好きだった。ずっと、小さい頃から。」


 やっと…正直になれた。

 朝子のこともあって、決して口に出せずにいた気持ち。


「…ま、家業が家業だし、俺には許嫁もいる。紅美には、一生言うことはない気持ちだけどな。」


 小さく笑うと、男は。


「時々…」


 つぶやいた。


「?」


「時々、鼻歌を仕掛けてはやめる。」


「……」


「そっか…あいつにそんな特技があったとはな…」


 少し寂しそうに溜息を吐いた男の横顔を見ていると。


 ######


 突然、携帯電話が鳴った。


「…失礼。」


 ポケットから携帯電話を取ると、相手は空。


「何だ?」


沙都さとがいないんだって。』


沙都さとが?」


『たぶんさ…紅美を探してるんだろうけど…見つけたら朝霧あさぎりに電話して?』


「わかった。」


 俺は電話を切ると立ち上がって。


「…俺が来たことは、秘密にしてくれるかな。」


 男に、言う。


「…ああ。」


「それと、沙都っていう高校生の男が紅美を探しにやってくるはずだ。あいつには、会わせてやってほしい。」


「サト?」


「ずっと小さい頃から、紅美にパーツのようにくっついてた奴なんだ。紅美がいなくなって血眼んなって探してる。あ、沙都にも…俺のことは秘密に。」


「…わかった。」


 信用できる男だ。

 目を見てそう思った。


「じゃ、また。」


「ああ、ちょっと。」


「?」


 ふいに、呼び止められる。


「あんたさ、何か就職先とか、コネ持ってねぇか?」


 思いがけない質問。


「就職先?」


「ああ。」


「転職するのか?」


「…店、たたもうかと思って。」


「え?」


「いつまでも、こんなことやってらんねぇよ。女たちも、金稼いだらマトモな生活に戻った方がいいに決まってる。全員卒業させてやりたいんだ。」


「……」


 どう見ても、俺より若いのに。


「…わかった。探してみるよ。」


「頼む。」


 そう言って、名刺を渡された。


『久世慎太郎』…か。


「じゃ。」


 手をあげて店を出る。


 紅美に辿り着けた喜びはあるものの…

 今現在、恐らく恋人関係にあるであろう二人を思うと…足取りは重かった。

 そんな気持ちを抱えて、俺は沙都を探しに向かった。


 * * *


 〇宇野うの沙也伽さやか



「あ〜ら、ごめんなさ〜い。」


「……」


 校庭の水道。

 手を洗ってると、いきなり顔に水をかけられた。

 こいつら…

 希世きよのファンだな?


「聞いた?妊娠してるのに、卒業する気なんだって。」


「あつかましいわよねー。」


「三組の石野さんなんか、即自主退学させられたのに。」


「神経太いのよ。」


「……」


 我慢我慢。


「ねえ、本当に朝霧君の子供なの?」


 ムカッ!


「キャーッ!」


 頭にきたあたしは、水道の蛇口を全開にして指で水を跳ねる。


「あら、失礼。」


 冷やかにそう言って歩き出すと。


「何よ!いい気になって!」


「あんたなんて、朝霧君に似合わない!朝霧君にも幻滅だわ!」


 ものすごい罵声が背中に突き刺さった。


 くっそ~…

 泣くもんかっ。


「うっさいな!黙れ!」


 ふいにそんな大きな声が聞こえて、教室を見上げると…学。

 背中に聞こえてた罵声は、一気になくなった。

 そうかと思うと。


「沙也伽ちゃん、大丈夫?」


 タオルを持った沙都が、走ってやって来た。


「あー…大丈夫よ。そんな、大げさだな。」


「だって、風邪ひいたら大変だよ。大事な時期なんだから。」


「本当、平気。」


「ったく、希世ちゃん、無責任だよね。自分は忙しいとか何とか言って学校辞めちゃってさ。沙也伽ちゃんが辛い目に合ってるのに。」


「……」


「…沙也伽ちゃん?」


 うつむいてると、つい、涙がこぼれてしまった。


「ど…どこか痛い?」


「…カヤロー…」


「え?」


「紅美のバカヤロー…」


「……」


 涙が止まらない。

 何だって、こんな時にいてくれないのよ。

 あんたがいなきゃ…

 あんたがいなきゃ、あたし笑えないじゃんか。


「沙也伽ちゃん…僕が見つけるから。絶対…紅美ちゃんのこと、探して来るから。」


 沙都が泣きそうな声で、あたしに言った。

 あたしは、口唇をくいしばって涙をぬぐうと。


「早くしてよね。」


 少しだけ、口元を笑わせて沙都に言ったのよ…。


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