白水
わたしが入った部屋の中は、むさ苦しい空間が広がっていた。
部屋の半分を屈強な男達が占めていて、その男達を統括しているであろう大男が、彼らの前に仁王立ちしていた。しかも、手にはその大男の丈ほどの薙刀が。わたしと香織さんもその男達の前に立っているわけだが、たくましい男が大勢いるその光景は、ある種絶景に見えた。わたしはその中に蓮水を想像してみた。蓮水もそこそこたくましい方だが、ここにいる男達は筋肉においては蓮水に優っているかがする。もっとも、戦闘においては技術面も重要なのだが。
「嵐さん」
香織さんがそう言った瞬間、薙刀をもった男が叫ぶように言った。
「お前ら! 出動する準備はできたか!」
「はい!」
「よし! じゃあつ組の掟キメて仕事にかかるぞ! 足尾!」
「はい!」
1人の男が前に出て、男達の方を向いた。よこで香織さんが「元気ねえ」と笑った。わたしは、何が始まるのかと固唾を呑んだ。
前に出た男が、つ組の掟とやらを書いた額を掲げ、男達の咆哮が部屋中に響く。
「1つ、都の警戒は怠るな 2つ、身勝手なサボりは許さない 3つ、市民の平和はつ組が守る」
「よし! お前ら、仕事にかかれ!」
「はい!」
掟らしきものを言い終えたあと、彼らは見えなかった部屋の後ろ側から、各々槍やら刀やらをもったままぞろぞろ部屋を出た。
そんな男達を見ながら、香織さんは言った。
「つ組の人達はね、毎朝組長の指揮でこれをするのが習慣なの。周りの部屋からはうるさいって苦情もあるみたいなんだけど、つ組にとってはこれをしないと1日のやる気が上がらないらしいわよ」
「はあ……」
それだけ熱血ということにしておこう。
「てことは、わたしもこれからはするんですか? あの筋肉達と」
「そうなるわね。あの筋肉達と」
なんてことだ。さっきまで他人のふりして見ていたけど、つ組に入ったらわたしもしないといけないのか。
男達が大多数部屋から出たあと、大男がわたし達のもとへやってきた。
「おお、香織さんかい。何の用だ? 情報提供か?」
「嵐さん、お久しぶりです。今日は新人さんの案内でやって来ました。こちらが、その新人さんです」
香織さんがわたしを紹介した。大男がこちらを向く。わたしは少し緊張した。
大男は、体躯に似合った勇ましい顔立ちだった。獲物を睨みつけるような野生的な目、牙でも生えてそうな大きな口、それらの周りにはたてがみのように髪が覆っていた。
「とうとう来たか」
にやりと笑む。
「ちょうど女手が足りなかったところだ。女はすぐ事務系の組に引き抜かれるからな。お前さん、名前は?」
「水見村からやって来ました白水です」
わたしは丁寧に「よろしくお願いします」と言ってお辞儀した。無礼にしていたら、わたしなんか食べられてしまいそうだ。
「白水か、これからよろしく頼むぞ。オレはここの組の長をやってる。嵐山だ。嵐でいい。みんなそう呼ぶからな」
「わかりました、嵐さん」
わたしに嵐さんの紹介を終えたあと、香織さんは書類を確認しながら言った。
「それじゃあ白水さん、後は支給品の配布と、住居の案内があるんだけど、この組でやるべき事が終わってからでいいから、後でまた私のところに寄ってくれないかしら?」
それだけいったら「じゃあね」と言って香織さんは部屋を出ていった。わたしはお礼を言って頭を下げた。
「ほいじゃあ、今日から仕事ってわけにもいかんから、今日は明日からやることの説明を受けてもらう」
「はい」
「と言っても、男と女では少し勝手が違ってな。オレじゃあ説明できん部分も多々あるんだ。今から新人育成係連れてくるから、少しここで待っといてくれるか?」
「わかりました」
「それじゃあ、少し待っといてくれ」
嵐さんは、薙刀を持って部屋を出ていった。気がついたら、部屋にはわたし一人になっていた。もうみんな出かけたっぽい。わたしは部屋を眺めながら、その新人育成係とやらを待った。
「失礼します」
十分ほど経って、1人の女の人が部屋に入ってきた。女の人は、こちらを見て驚く。
「あなた、昨日市場で合わなかった?」
彼女の顔には見覚えがあった。彼女もそれに気づいているようで、こちらに近づいてきた。
「やっぱり。あなたがここの新人さんだったのね。偶然会ってただなんてびっくり」
わたしだって、ここにこんな女の子がいるなんて驚いた。彼女は、どう見たってさっきの男達と見比べたら華奢だ。どっちかというと、香織さんみたいに事務の仕事でもしていそうな、そんな容姿だ。
「今日からここに入らせてもらいます、白水です。よろしくお願いします」
「白水って言うのね。私は青羽。実は私、最近ここに入ってきたから、白水さんの次に新人なの。だから、ほとんど同期みたいなものね」
青羽が、一度深呼吸をして言った。
「嵐さんに言われたんだけど、今日はあなたに具体的な仕事内容を教えればいいみたい。だから今日は、外に出て具体的な仕事を見てもらうよ」
「はい」
「そんなに固くならなくていいよ。私は一般だし、あなたも入ったばかりで一般だから、実質同期なの。それに私達歳が近そうだし」
青羽はわたしと同じ19歳あたりに見える。わたしも少し同年代に敬語を使うのは違和感があったので、そう言ってくれて助かった。
「わかった」
青羽は扉の向こうを指差す。
「じゃあ、早速だけど外に出よう。今日は説明だけだから、早く済ませちゃおう」
「わかった」
そうしてわたしと青羽は部屋を出た。わたしが通った廊下を戻って行く。
「そういえば青羽は他の人たちみたいに武器とか持ってないの?」
「私も持ってるよ。ほら、ここに」
青羽は服の内側から細長いものを取り出した。嵐さんが持っていた薙刀や、男達の武器より、ずいぶん小さい刃物が、鞘に収められていた。
「女性が担当するところって、あんまり凶悪な犯罪が起こらないの。だから、男性組員みたいに大それたものは要らないの」
「なるほど」
「白ちゃんはそういうの扱うの得意なの?」
今、白ちゃんっていったか。
「ちょっと腕には自信があるかな」
子供の頃から蓮水と沢山の稽古を受けてきた。少なくとも、青羽よりは出来そうな気がした。
「そっか、じゃあ白ちゃんは、ちょっと治安が悪いところに配属されるかも。凶悪な犯罪が起こるところは、戦い慣れしてる人に任されるから」
「治安が悪いところなんてあるの?」
「いっぱいあるよ。都の南の方に沢山。あっちは生活が苦しい人がいたり、危険な犯罪集団の住処になってるところもあるから」
なるほど。都はすべて西大通みたいに賑やかなわけではないのか。
「たぶん、近々白ちゃんは組の誰かと模擬戦闘をして、力量を測られる事になるよ。私もそれをやったから」
「模擬戦闘?」
「組員のだれかと反則なしの試合をして、新人の力量を測るの。相手が手加減してくれるから、たぶん怪我することは無いよ」
そんなものがあるのか。
わたしは、蓮水の言葉を思い出した。確か、蓮水は仕事をする上で出会った悪党達を叩きのめすことで、異例の大出世を遂げた。と言うことは、わたしもなるべく悪人もしょっぴけるような治安の悪いところの方がいいのかもしれない。
「出来るだけ仕事が出来そうなところがいいな」
わたしは青羽に言ってみた。青羽は目を丸くして、わたしに言う。
「本当に? 熱心だなあ。そうなると私達配属場所が遠くなっちゃうね」
「大丈夫だよ。朝集まるみたいだから、毎日会えるよ」
「それもそうね」
青羽は笑った。これで話すのは二度目だけど、なんだかいい人そうでよかった。
外に繋がる扉まで戻ってきた。相変わらず通りには、沢山の人がいた。
「じゃあ、私についてきてくれる?」
青羽がそう言った。わたしは頷いて、青羽に従ってついていった。
白水と蓮水 youとユートピア @tubamenosu
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