白水 住みやすい都だ
市場で鳥の足を買ってからは、蓮水を探して回った。しかし、都は人で溢れかえってる。闇雲に探しても無駄なので、護に仕えてる蓮水と言う青年と詳しく説明しながら聞いてまわると、ある男が答えてくれた。
「蓮水? ああ、そういえば護の指定住区に一軒同じ名前があるぞ」
蓮水なんて多分都でもそうそういる名前じゃない。わたしはそれが彼の家だと踏んで男に詳しく聞いた。男は、嫌な顔せず名前がある指定住区の場所を教えてくれた。
都に来て痛感するのが、住民達がわりと話しやすい。門番さんといい、市場の女の人といい今回といい、人当たりが良くてありがたい。わたしは心の中で三人の幸せを祈った。
わたしは飛ぶように、教えられた地区に向かった。似たような造りの建物達の中、蓮水の名を探した。それは、わりと簡単に見つかった。立札に蓮水と書いてあった。
「……思ったよりでかいな」
見上げてびっくり。その立札があった平家は、かなり立派だった。
その家は扉を叩いたり、名前を呼んでも反応はなく、いまは不在みたいだ。きっとこっちでも仕事にでも励んでいるのだろう。そう思って叩く手をやめた時だった。蓮水が帰ってきた。
一年ぶりにあった蓮水は、まるで別人だった。いつもボサボサだった頭は、都会の衣服に馴染むように短めに整えられていた。嗅いだらいい匂いがしそうだ。
蓮水は、こっちに持ち家のないわたしを家に入れてくれた。
その日は、蓮水とわたしが護に入ることの話をした。
「明日から悪い奴らとっ捕まえてこい」
蓮水がまとめてそう言ってくれた。どうやら、事前に蓮水がわたしの配属先を決めておいてくれたらしい。正直、蓮水と一緒のき組がよかった。だけど、蓮水が気を利かしてくれた手前、一緒がいいなんてわがまま言えない。残念だけど、明日からわたしはわたしの仕事をしよう。そう思ってその日は寝た。
よく考えたら、屋根のある所で寝るのは久しぶりだ。昨日まで深い深い森の中で夜を明かしていたため、安心して寝られるのが新鮮に感じる。どこれこれも蓮水のおかげだ。快く家に入れてくれたし、風呂にまで行かせてくれたし、料理を振舞ってくれた(まさか森に生えてたきのこが出てくるとは)。わたしは蓮水に感謝しながら、眠りに落ちた。
「白水、もう朝だ。今日はお前もやることたくさんあるから起きてくれ」
朝だ。蓮水の声がぼんやり聞こえる。
「うん」
わたしは空返事をした。朝は弱いのだ。
「いきなりで悪いが、俺もう行くぞ」
「え、うそ」
わたしは飛び起きた。予想外の蓮水の発言に、ぼんやりしていた頭が覚醒する。
「今日は本部についてきたりしてくれないのか?」
「悪いが時間がなくてな、護衛職は朝早いんだよ」
「それを早く言ってよ」
蓮水はすでに昨日会った時の格好に戻っていた。忙しなく部屋のあちこちに動き回って、荷物の準備をしている。
「本部の生き方はそこの地図を見て確認してくれ。この家に赤い印があるから。いいか、一般の人はいいが、護では位が上の人には敬語を使えよ。怒られるからな」
「もう行くの? せめて本部の前までだけでもついてきてよ」
わたしは不安だからごねた。蓮水は弟が一人いるから、ごねたら折れることが多い。兄の特性だろうか。
だが、蓮水はわたしの要求を突っぱねて。靴を履いてもう出ようかというところだった。
「悪いけど、もう時間がないんだ。じゃあ、サボらず行けよ」
蓮水は本当に出て行ってしまった。わたしは取り残された。昨日都に来た世間知らずが一人。わたしだけで本部に行けるかさえ不安だった。とりあえず、体を起こした。
でも、おろおろしてても蓮水に迷惑をかけるだけだ。わたしは部屋にあった水瓶で口をすすぎ、寝癖を直して身なりを綺麗にした。準備完了。後は道順を確認するだけ。
地図をみて、本部とこの家はそこそこ近いことがわかった。外に出て、少し南に進んだら、昨日わたしが銭湯に行った道の『西大通』。西大通を東に進んで、見えた十字路を左折。後はまっすぐ。ようし、わたしでもいけそうだ。
わたしは、靴を履いて出ようとしたときこの家には鍵がついているのを思い出した。鍵らしきものは見当たらないし、もし蓮水が早く帰ってきたときに蓮水も持ってないと家に入れない。
今日くらい大丈夫だろう。
わたしは鍵をかけずに出ることにした。
扉を開けると、朝の涼しい空気とあったかい光が入ってきた。外にはもう少し人がいる。わたしは昨日銭湯にいった方角を目指した。
わたしが昨日通った西大通には同じ光景が広がっていた。昨日通った市場ほどは規模が大きいわけではないが、衣服や食品、食べ物屋まであってなかなかの人だかりだ。人々の歩く音や話し声が絶えず聞こえる。蓮水のように、都会じみた土埃一つついてない服を着た人達が、忙しなくわたしの四方を通り過ぎて行く。わたしはまだ寝たいというのに、都の人は忙しいものだ。というか、まだ朝のはずなのになんて開店が早いんだ。村だったらこんなに日が低い時から畑をいじる働くのが好きなものなどいなかった。
文字通り、大きい通りの西大通は、店が遥か彼方まで続いている。蓮水の家にあった地図によれば、あの先を左だ。わたしは左右に広がる店を眺めながら、ゆっくり歩いた。色んな種類の店があり、一つ一つ見て回りたいけど、それはまた今度にしよう。
店の中には、村ではなかなか食べる機会がないものもある。天ぷら、牛丼、カレーなんて書いてある看板もあった。カレーってなんだ? 外国の料理だろうか。気になるから今度蓮水に聞いてみよう。
十分歩いた頃、地図通り十字路にたどり着いた。見える三つの大きい通りは、西大通とは少し様子が違った。正面は来た道と大差ないけど、右手は店より家らしきものが多いし人通りがさして多くない。それにわたしの用事がある左手は、着飾った人よりも動きやすそうな見た目の服がの人が多い。建物も大きいものばっかり。工場だろうか。
通行人が邪魔でよく見えないが、左手には突き当たりに建物がある。建物には、白塗りの壁に勢いのある字ででかでかと『護り』と書いてある。これが話で聞いた本部だろうか。わたしも人々に紛れながらそこに向かった。わたしのボロい服は、西大通のときより周りに馴染んでいる気がする。
ある程度近づくと、本部の形状がくっきりと見える。本部って変な形だな。城壁みたいに大きく横に広がっているのに、正面には一つ大きく穴が空いている。正確に言えば多分門だ。それは、都に入った時のそれとほぼ同じ大きさだ。門の先には、蓮水の家より遥かに大きい建物が連なり、さらに先には、遠目には山に見えそうなくらい大きい建物が見える。大きさからして、わたしは城を連想したけど、なんだか雰囲気が城とは違う。なぜここに門がと疑問に思うけど、今は知りようがないから本部の入り口を探した。
門の両側には、開けっ放しの大きな扉がある。わたしの周りにいた人は、みんなそこに流れていき、また似たような人の集団が扉から出てくる。
仕事仲間だろうか、出てくる人々は五、六人の集団が話をしながら十字路の方は向かう。
「お、白水。ちゃんと起きてたか」
朝聞いた声がした。声がした方を向くと、案の定蓮水がいた。その横には、他の人と同じで数人いる。
蓮水一行は、完全に武装していた。帯に刀を差してる人や、槍を背負う人。重そうな籠手や、金属で胴をまとう人もいる。蓮水も例外ではなく、刀と矢筒を持っていた。護衛というより、兵士みたいな集団だ。
「蓮水、この二つどっちいけばいいんだ?」
わたしは本部の方を指差した。
「どっちにいっても大丈夫だ。入ってすぐにい組の人がいるから、事情を話せば事は勝手に進むよ」
「そうなのか。ありがとう、行ってくる」
軽く会釈してその場を去った。去り際に、蓮水といた男の一人が「妹さん?」と、聞いているのが聞こえた。
どっちでもいいから、少しだけ人の出入りが少なく見える右手に入った。
入った先は、人のたくさん行き来する、広い空間があった。左には門があるが、右にはさらに奥に続いていて、蓮水の言った通りの五十音の平仮名が付いた組の名前が連なっている。わたしの入るつ組は見えなかった。
正面に障子で囲まれた部屋があって、障子の間からは、女の人達が紙に何か書いてたり、人と話したりしているのが見える。そして、胸元に『い』と大きく書いてある。これがい組なのか。
「すいません」
わたしは近くにいた女の人に呼びかけた。その人はにこやかにわたしに応じてくれた。
「はい、なんでしょう」
「今年からここで働くことになってる者なんですけど」
「あぁ、新しい人ね。ちょっと待ってて。名簿持ってくるから」
そう言って女の人は奥に数枚の紙を取りに行って戻ってきた。
「えっと、出身地と名前教えてくれるかしら」
「水見村の白水です」
聞きなれないけど、わたしの村は水見村って言うと村を出る際に言われた。
「遠いところから来たのね。く組にはもう寄った? 見たところまだみたいだけど」
女の人は、わたしの服を見てそう言った。
「まだです」
「あとで寄った方がいいわよ。そこで住まいとか護指定の服が貰えるから」
「服って指定だったんですか」
驚いた。本部を出入りする人々は、襟がついてたり袖が短かったり、違う服に見えた。それだけ種類があるのだろうか。
「ええ。ただ、指定の服を使えって約束があるだけで服をいじるなとは言われてないから、みんな好きなように改造するのよ。外に出る人も多いから、動きやすいようにね。私達はそのままの人が多いけどね」
女の人は華麗に一回転して服を見せてくれた。その服は、大口の袖と足元まで伸びた布地で、ほぼ着物に見えた。
「く組は後でいいとして、まずは担当の組にあなたを紹介するわ。少し付いてきてくれるかしら」
女の人が右手の奥を指差した。
「つ組は大所帯だから、たぶん組の中でもまた細かく分けられるわ。それが決まれば、またここに戻ってきて色々書類に記入することがあるから、また戻ってきてもらうわ」
「了解です」
わたしは女の人に案内されながら進んだ。ついでなので着くまでの間に、女の人にあれこれ聞いてみた。
「い組って何をするところなんですか」
「私達は護の運営を担ってるの。具体的に言うと、護の情報管理が主ね。あなたみたいなここにくるのが初めての人を案内するのも役目よ。ちなみに、さっき言ったく組は、護の財産管理をしてるの。給料もあそこが出すの」
「つ組ってどんなところですか」
「あそこは多忙ね。特に最近は変な時間が多いから。毎日遅い時間まで働いてる。もしかしたら今日からやることがあるかもしれないけど、ちゃんと後で来てね」
「お姉さん綺麗。名前なんて言うんですか」
「ちょっと、男達みたいなこと言わないでよ。名前は香織よ。でも、あなたもいい顔立ちしてるわね。本当は組織の顔のい組で働いてもらいたいわ」
「見えてきたわ」
香織さんが一つの部屋の前で立ち止まった。部屋には『つ組 御用の方はこちら』と書かれた垂れ幕がある。字がちょっと雑かも。
「嵐さん、新人さん連れてきたわよ」
香織が扉を開けて入っていった。わたしもそれに習って、中に入った。
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