蓮水 再開

 白水より先に旅立ってから一年、私は宮殿内に潜入するため、ひたすら功績を残すことに奔走した。宮殿内には、皇族や政治家、またそれらの世話をする上級の護しか入ることが許されてなかった。私が狙っているのはそのうち三番目の職。幸いにも、護は世襲制ではなく、実力主義社会だった。こうなればこっちのものだ。私は村で教えられたことを生かしながら、順調に出世の道を歩んだ。

 私は、護の中でも異例の早さで宮殿に入れる地位の一歩手前まで詰めた。そんな時だった。白水が、一年遅れてこの鳥の国にやってきたのだった。



「おい、蓮水。わたしだ、白水だ。中に入れてくれよ」

 夕刻、今日の仕事を終え家に帰ると、白水がいた。私が家にいると勘違いしているのだろうか、しきりに扉を叩いている。住宅があるだけの閑静な場所に、白水の声はよく響いた。白水の力強い目と後ろに束ねた髪は、ずっと一緒にいた村の生活を思い出させる。

 久しぶりに見た白水は、一年都にいた私には田舎くさく見えた。麻の小袖と袋に、右手には……

 ー骨?

「白水、久しぶりだな。随分とこっちにくるのが遅かったな」

「蓮水! 会いたかったぞ」

 白水の力強い目がこっちを見た。

「少し道に迷ってな。それにしても蓮水、おまえこんなでかい家に住んでたのか」

「これは借家だ。知ってるだろ、護には家も支給される。ここは護でも高等な人たちの住まいが集合している。ほら、周りの家もでかいだろ」

「たしかに」

 私の家は、というか高等の護の住まいは、一人には広すぎる。護に入った当初の家の二倍はある居間に加え、客室と寝室、さらに倉庫まであった。というのも高等になるまでには、本来十年はかかるものだ。私以外には、既に家庭を築いたものが多い。

 私は扉の鍵を開けてやった。家に入るよう促そうと白水を見たものの、彼女は近くで見ると汚れが酷かった。髪もぼさぼさだ。

「お前、どこでそんな泥つけてきた」

「言っただろう、少し道に迷ったと。いや、実は少しじゃなかったんだがな。数日野宿もしたんだ」

 数日野宿。相当迷ってたのか。私なんか村から一日半で着いたのに。

 さすがにこの汚れで家にあげるのは、私には耐えられない。

「銭湯行ってこい。そこの道まっすぐ行ったつきあたりにあるから。ほら、これ渡せば入れてもらえる」

 そう言って、私はお金を渡した。

「ありがとな。すぐ入ってくる」

 白水は走って通りに消えていった。白水の調子は村の頃と変わってない。よく喋り、走り、笑う。まるでわんぱく盛りの子供のようだ。

 白水が銭湯に行っている間に、私は荷物を部屋に入れた。いつも通りの行動だと、次は夕飯の準備。普段は自炊をするが、今日は白水も無事着いたことだし、特別美味しいものが食べたかった。

 美味しいもの、美味しいもの。白水はなんでも美味しく食べられるとして、私は今日鍋の気分だ。最近は、都周辺に生える鳥の国特産のトリキノコが豊作らしく、トリキノコと雑多な物を入れたキノコ鍋が流行らしい。それを思い出すと、俄然鍋気分になってきた。よし、鍋だ。きまりだ。


 囲炉裏の火が上にかけてある鍋を温める。二人でつついた鍋には少しの汁と具材が残るだけだ。

「お前、キノコ苦手だったのか」

 私が尋ねた。手に持つ取り皿には、まだトリキノコが残っている。

「いや、決してそういうわけじゃないんだが……」

 白水は言い淀んだ。

 結局、今日の夕飯はキノコ鍋を自分で作った。白水が銭湯に行っている間に、都の外につながる西門の前にある『大木名市』で食材を買って、家で調理をした。

「おどろけ、今日は鍋を作ってやったぞ」

 銭湯から帰ってきた時、白水に鍋を見せると。

「あ、キノコ、なんだ……」

 と、微妙な反応をされた。それから二人で食べている時も、白水は華麗にトリキノコを避けながら食材を取っていった。

 私がほとんどトリキノコを処理したとはいえ、二人で美味しく鍋を食べることができた。

「お前、まだ護の本部には行ってないよな」

 私が尋ねた。護は、北にある宮殿に並んで南に、広く本部を構えていた。

「行ってない。昼間はずっと蓮水を探してたからな」

「そうか。明日本部に向かってもらうからな。そしたら、お前も正式に護に入ったことになる。お前、まだ護がどんな構造なのかも知らないよな」

「知らない」

「じゃあ、一回説明するから覚えとけよ」

「わかったけど、わたしもう眠いから手短にしてくれ」

 白水があくびをする。食ってすぐ寝る気か。

 私は一つ咳払いした。

「まずはじめに、護は四つの位で分けられている。上の位から順に、宮殿専門、高等部、中等部、一般の四つだ。この中でもさらに細分化されるんだがな、今は必要ないからこれだけ覚えておけばいい。ちなみに、いまの俺は高等部でさらにその中でも最高位だ」

「すごそうだな」

 白水がぼやく。

「入って一年でこの位まで登りつめる人は稀らしい」

「流石は蓮水だな。さしずめ、村の時みたいに年寄りたちとうまくやれてたんだろう」

 白水がわざと意地悪に言った。年取りとは師匠方の事だろう。稽古は厳しかったとはいえ、それ以外では仲の良い人が多かった。それとは対極に、白水は老体相手に取っ組み合いをよくしていた。互いに貶し合いながら。

「残念ながら、護は上に気に入られたものが昇格、なんてことはなくてな、地道に功績をあげながら頑張ったんだ」

 護は、その人が何を成したのかを記した書類しか目を通さない。昇格に関しては誰も口出しできなかった。

「そうだったのか。どんな仕事をしてたんだ」

 白水が尋ねた。

「物品の輸送や宮殿に用事がある客人の護衛だ。幸か不幸か、最近豊かな人を狙った盗賊が沢山いてな、それらをばったばった切り倒していってたらここまできた」

「村での武術の稽古を役に立ったわけだ。じゃあわたしもそれをするのか」

「いや、違う。護のなかには『組』という区分もあってな。それによってやることが違うんだ」

 白水が首を傾げた。

「少々ややこしいんだが、一般から高等部の位では、組というもので職種を分けるんだ。『あ組』から『わ組』まであって、それぞれやることが全然違う。護がする仕事は幅広くて、そんな区分ができたんだ。宮殿専門になると、組分けはないが位の名称に職の名がつく。例えば、俺はいま高等部のき組だが、宮殿専門になると、このまま護衛職につけば位は宮殿護衛になる。わかった?」

「わからん」

 わからん気持ちは分かる。私も初めは慣れなかった。

「まあそのうち慣れるだろうし、今は分からなくて大丈夫だ」

「で、わたしは明日からどの組に入る」

「それなんだけど、普通新しく入ってきたやつの組は人数の少ないところに分けられるんだが、どんな組に分けられるか分かったもんじゃないから、知り合いの統括している組に頼み込んでおいた」

「なるほど。何組なんだ」

「『つ組』だ。宮殿外の都の警備および犯罪の取り締まりが仕事だ」

「つまりどういうことだ」

 要約するとこうだ。

「明日から悪い奴とっ捕まえてこい」




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