第33話

「ところでジュリエッタさんっていったいどういう人なんですか?」


 敵を知り己を知れば百戦危うからず。とはよく言うが、僕は彼女の事を全く知らない。これでは作戦の立てようも無い。

 すると、その一言で今までふさぎ込んでいたロメオさんが太陽の様に輝いた。


「ジュリエッタかい! ジュリエッタの事が聞きたいのかい!」

「あっ、はい、お手柔らかに」

「そうだね、僕はジュリエッタ以上に優しく気高く美しい女性を知らない。彼女は闇を照らす月の様に、闇に囚われた僕を優しくそして力強く導いてくれる。あるいはその笑顔は燦々と輝く太陽にも負けず、俯いた僕を照らし出してくれる。あるいは――」

「あーやー、いいです、ジュリエッタさんがどれだけ素敵な人かは良く分かりました、ではお二人の馴れ初めは?」


 まだまだ始まったばかりなのにと言いたげなロメオさんを無理矢理止める、僕は恋愛なんてしたことないけど、よくもまぁこれだけのエネルギーが出せるものだ。


「馴れ初めか、そうだね、馴れ初めと言えるようなことは無いよ」

「と言うと?」

「一目惚れ、そう、単なる一目惚れだったのさ」


 ロメオさんは照れくさそうに頬を掻いた。

 一目惚れか。まぁそう言う事もあるだろう。僕とイグニスの関係だってある意味では一目惚れ、いやお見合いか? いやまぁそんな事どうでもいいや。


「あのー出来れば、お顔が分かる何かをお持ちではないですかね?」


 それのあるなしでは、こっちのモチベーションやらなんやらが大きく変わると言うものだ。


「写真かい! 勿論あるとも!」


 写真? なんだろう、魔道機械の何かかな? 僕がそう思っていると、ロメオさんは懐に手を伸ばし、ネックレスを取り出してきた。それにしても懐に大切なモノをしまっておくのが好きな親子だ。


「ほら! これだよ!」


 ネックレスには赤ちゃんの拳位の大きさの宝石が一つ、多分とんでもない高級品だろうに、彼にとって大事なものはその下にあるようだ。パカリとそれを開けると中にはとんでもなく精巧に描かれた1人の女性の絵があった。あったのだが……。


「これは駄目でしょう」

「なっ! 何故だい!? どうして君まで父さんの様な事を言うんだい!?」


 その描かれた女性は確かに美人だった、美人だったけど……どう見ても年端もいかぬ女の子だった。おまけしてみても10代前半、20代後半のロメオさんとはどう頑張ってもつり合いが取れやしない。


「マスター、知ってるぞ、ロリコンと言う奴だな」


 その一言にロメオさんは地面に手を付いた。イグニスってば、どこからそんな言葉を仕入れたのやら。





「どうしようかねイグニス、犯罪臭がプンプンして来たよ?」

「ロリコンは犯罪なのか?」

「うーん、難しい所だね。手を出さなきゃ犯罪じゃないかもしれないけど、ロメオさんは手を出そうとしている所だからねー」

「あっ! 愛に歳の差なんて関係ない!」


 ロメオさんはそう力説するも、その考えはこの砂漠の街では受け入れられないだろう。男は男らしく、女は女らしくがこの街のスタンダードだ。

 なんだかロメオパパを応援したくなってきた。ここはロメオさんを真っ当な道に戻して上げる事の方が彼の為になるのではないだろうか?


「みっ、見捨てないでくれ! 君に見捨てられたらもう僕には後が無いんだ!」


 ロメオさんはそう言って僕に縋り付いて来る。なるほど、彼がこの街で孤独なのは色んな意味でよく分かった。何とも残念な美男子だ。


「分かりました、分かりました、約束は約束ですからね。キリがいい所までは面倒見ますよ」


 足にしがみ付いて来るロメオさんを何とか引き離す。さて、一体どうしたものやら。


「年齢差に目を瞑るとしても、やっぱり両家の対立を何とかしなきゃいけないですよね」


 ロメオさんにジュリエッタさんをかっさらっていく甲斐性があるとは思えない以上、これが正規ルートだろう。

 だがしかし、それはある意味では最も困難な道である。先祖の因縁に端を発した怨み合いは、現代においても元気に続行中で、なんやかんやと小競り合いが絶えないそうだ。


「そう言えば……」


 昨夜ロメオパパさんからの話では、教えてくれなかった事がある。


「問題の遺跡の場所ってロメオさんはご存知なんですか?」


 初代さんが見つけ出したと言う世紀の大発見、その遺跡についてはエミリッヒ家の秘中の秘と言う事で教えてはくれなかった。


「残念だけど、僕も知りはしないんだ。その場所については家督と共に代々受け継がれているんだよ、あの鍵と共にね」


 ロメオパパが肌身離さず持っている例の鍵。あれ無くしては、遺跡は決して開かないと言う事だけど、持っているのなら開けてしまえばいいのに。それとも開けられない理由があるのだろうか?


 僕がその事を尋ねてみると、ロメオさんは神妙な顔をしてこう言った。


「あの鍵は不完全なんだよ」

「不完全?」

「そう、それこそが両家の因縁、アレは一つの鍵を二つに分離したものなんだ」

「と言う事は、その半身は……」

「ああ、コーバイン家が所有している」


 成程、あの鍵は両家の因縁の象徴であり、またこれ以上ない和解の印でもあると。やっぱり鍵はその遺跡に在ると言う事か。


「んー、だったら取りあえずはその遺跡を暴いて見ましょうか」


 第三者が遺跡を暴くとなれば、両家は当然行動に出るだろう。敵の敵は味方。僕たちが悪者になる事で一致団結してもらうのだ。


「そっそれは……どうなんだろう」


 ロメオさんはごくりと唾を飲み込んだ。


「勿論、そんなにうまい具合に事は運ばないでしょう、下手すると両家の関係は今よりももっと悪くなるかもしれない。だけど、今のままコソコソと覗き見をしていてても物事はどうにもなりません」

「それは……確かにそうだけど」

「なーにご安心を。これはロメオさんとは無関係。僕たちが勝手に調べるだけです」


 鬼が出るか蛇が出るか、それは抜きにしても、人類史を覆す遺跡と言うものに多少は興味があるのも事実。そんな所に平和な世界があるとは思えないけど、どうせあてども無い旅だ、偶には寄り道もいいだろう。





 ロメオさんにこの街とその近郊の詳細な地図を用意してもらう。現在稼働中の遺跡、枯れてしまった遺跡、調査中の遺跡に、調査待ちの遺跡。正にこの街は魔道機械文明と共にある事を示している地図だ。


「うーん、この地図を見てどう思う、イグニス?」

「ふむ、中々壮観だな、マスター」


 うん、壮観だ。既存の遺跡の配置状態から何かヒントが得られないかと思ったが、やはりパッと見て直ぐ分るほど、僕の頭は優れちゃいない。

 やはり凡人は凡人らしく足を棒にして探し出すしかないだろう。

 それにまぁ、最悪遺跡が見つけられなくても、僕たちが遺跡を探していると言う事がロメオパパたちの耳に入ってくれればいいのだ。停滞している現状を動かすためのスパイス、それが僕たちの役割だ。


 取りあえず足を運んだのは街の観光案内所。僕たちはそこで情報入手に取り掛かる事にした。


「あのーすみません、エミリッヒとコーバイン、両家の因縁となっている例の遺跡について何か情報有りませんかね?」


「はぁ?」と言う受付のお姉さんの呆れ顔。うんうん、いい反応だ、旅の恥は掻き捨てとはよく言ったものだね。


「いえいえ、旅のうわさに聞いたんですが、何でもそこには物凄いお宝があるって話じゃないですか、土産話に一度でいいから見てみたいものなんですけどね」

「私もその噂は知っていますが、それは両家が固く口を噤んでいまして」


 お姉さんはそう言って口を濁す。


「そこを何とか、噂だけでもいいんですが」

「そうは言っても、私も知らない物は知らなくて」

「けど、興味が無いわけではないですよね?」

「それはもう、この街の住民ならば皆知っている話ですよ」


 成程、それは良い情報であり、悪い情報だ。例の遺跡についてこの街の皆が知っていると言うのなら、情報収集はしやすい。だけどそれだけ広がってしまっているなら、我こそはと言う人たちもいっぱいいただろう。だけども見つかっていないと言う事は、それだけ見つけるのが困難と言う事だ。


「じゃあやっぱりその場所は両家が抑えている所にあるんですかね?」

「私もそう思うわ。けど、そのガードは鉄壁よ、もしかしたらそんなものは始めからないんじゃないかって言う人が居るほどにわね」


 始めは面喰っていたお姉さんも、段々話に熱が入ってきて、身を乗り出して話してくれる。


「へー、それは興味深い。だったら何故その存在を隠しているんだと思います?」

「それについても諸説あってね、その遺跡は呪われていて、扉を開いたら子孫代々呪われちゃうとか。あまりにも強力過ぎて、とても人類に扱えたものじゃ無いとか。後はそうねー……」


 ノリノリのお姉さんは調子に乗ってすらすらと話をしてくれる。星の数ほど噂はあれど、どれが本命かは分からない。木を隠すには森の中、おそらく両家はあえて噂を放置しているんだろう。しかしそこまで念入りに隠すほどの物なのか。一体例の遺跡には何が隠されているのか。ここまで隠されてしまったら、ロメオさんの事をほって置いても気になってしまう。

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