第32話
むずがるロメオさんと、色恋沙汰なんて全く分かっていないイグニスを何とかなだめすかす。
ようやく落ち着いて話が聞けるようになったが、話を聞いて何となると言うんだろう。幾ら砂漠の文化が助け合いの文化だと言えど、他人の色恋に手を突っ込むのは馬に蹴られて死んでしまう。いやここの場合はラクダだろうか? それとも魔道兵器?
「と言う訳で、お力になれずに済みません」
「そっそんな、見捨てないでくれよー。もうこの街で僕を相手にしてくれるのは君だけなんだよー」
知らんがな。
「マスター、この男は困っているんだな?」
「う……うん、そうみたいだけど」
嫌だ、嫌だ、その先を言わないでくれイグニス。
「ならば私が手をかそう」
イグニスはそう言って右手を伸ばしたのだった。
宿屋はキャンセルして、ロメオさんのお家へ行くことになった。大部屋での雑魚寝から街でも1、2を争う大豪邸にお世話になれるのだ。この部分だけを見れば彼の相談に乗るのは良かったかもしれない。
「お坊ちゃま! またコーバインの娘の所に行かれていたのですか!」
だが、僕たちを出迎えたのは、ダンディな執事の怒声だった。
「ひっ、ごっごめんよ、バルサ」
「全く、あれほど……おや? そちらの方々は?」
「あははは。どうもお邪魔になります」
「バッ、バルサ、彼らは僕の客人、いや恩人だ。窮地に至った僕に救いの手を差し伸べてくれたんだ」
ロメオさんはそう言って僕たちを案内してくれる。助けたと言うか巻き込まれたと言うかは微妙な所だけど。
「おお、それはそれは、このバルサ、当主様におかわりして感謝いたします」
バルサさんはそう言って完璧な礼をしてくれる。流石は大金持ちの執事さんだ。
「それでは坊ちゃまいかがいたしましょうか、歓迎の宴を用意してよろしいですか?」
「いえいえそんな、もう夜も遅いですし」
「何をおっしゃいますお客人。砂漠の夜はこれからですぞ。おいお前たち!」
バルサさんはそう言ってパンパンと手を鳴らす。
「「「「及びでしょうか執事長様」」」」
すると何処からか出るわ出るわ、エキゾチックなメイドのお姉さんたちがずらりと現れて来た。
「宴の準備を。エミリッヒ家の名に相応しいものを。私はご当主様にお伝えして来る」
「あっ、いやほんと、些細な夜食でも頂ければ……」
「「「「了解いたしました、執事長様」」」」
僕の声はお姉さんたちにかき消される。
「良かったなマスター、食事だぞ」
あっけにとられる僕を他所に、イグニスは満足そうに頷いていたのだった。
「はっはっは!君がロメオを助けてくれた客人か。ようこそリンドバーグへ歓迎しよう」
なよなよとしたロメオさんとは正反対。立派なひげを蓄えた堂々とした偉丈夫がロメオさんのお父さんらしい。
「いやもうほんとに、突然の事で済みません」
小市民の僕は目の前に並ぶご馳走の数々に恐縮するばかりだ。こんな時間にこれだけのご馳走を用意するのはとんでもなく面倒くさかったのではないだろうか。
「ええそうですわ。それにしてもロメオ、貴方は未だにコーバインの娘の所に行っていたのですって」
そう言ったのはロメオさんのお母さん。ロメオさんの年齢から考えると40前後の筈なのに全く年齢を感じさせないその若々しさは、お姉さんと紹介されても分からないだろう。
「ふむ、旨いぞ、マスター」
イグニスは平常運転、全く臆することなくむしゃむしゃとご馳走の山と格闘していく。まったく、こんな時は彼女の事が羨ましい。
「所で主人」
「ん? 何だねお嬢さん」
「コーバインと言うのはどういった人間なのだ?」
イグニスは、これまたドのつく直球を投げ込む。コーバインの名前にロメオパパは眉を顰めつつこう言った。
「コーバインか、その名を聞くだけでも忌々しい。我が家とコーバインは不俱戴天の仇とも言っていいだろう。そもそもの始まりは遥か昔の話だ、この街の開拓の歴史と共に遡る」
昔々の物語。発掘調査隊のリーダーである初代エミリッヒは、歴史に名の残る超特級のとある品を魔道機械文明の遺跡を発掘したらしい。それは正しく人類にとっての大いなる変革をもたらすほどの歴史的大発見だったそうだ。だが、それを独り占めしようとしたのが副リーダーであるコーバイン。彼は欲に目がくらみ、エミリッヒを無きものにしようとしたのだ。
調査隊は2派に分かれて大乱闘、いや血で血を洗う大抗争を勃発してしまい、結局その余波を得て、遺跡の扉は閉ざされてしまったと言う事だ。
「閉ざされたって……破壊しちゃったんですか?」
「いやそうじゃない」
ロメオパパはそう言って胸元に手を突っ込む。そして、ネックレスに吊り下げられた奇妙な物体を取り出した。
「それは……」
「これは、我がエミリッヒ家の家宝。楽園へと向かうための奇跡の鍵だよ」
ロメオパパはそう言ってニヤリと笑ったのだった。
宴会は明け方まで続いてしまい、僕たちが起きたのはお昼前。メイドさんに呼びかけられフカフカのベッドで目を覚ました僕は、のろのろと食堂へと足を運んだ。
「やぁやぁ昨日はすまなかったね」
「いえ、此方こそあんな夜更けにあんな豪勢な催し物を開いて頂きどうもありがとうございました」
「ははっ、あんなものは父さんにしてみればおままごとみたいなものさ」
ロメオさんはそう言って知からなく笑う。あれがおままごとだったら本気の宴会は一体どの程度の規模何だろうか? 流石は街一番の大金持、レベルが違う。
「それにしても、ご両親のコーバイン家に対する憎しみは大変なものみたいですね」
昨夜の宴会は、ロメオパパによるコーバイン家に対する罵詈雑言がそのほとんどを占めていた。よくもまああれだけ悪口のレパートリーが尽きないものだと感心してしまったほどだ。
「全く、父さんにも困ったものだよ」
ロメオさんは手で顔を覆いながらそう呟いた。確かにまぁ彼からしてみれば彼の父親は困った存在だろう。遠い先祖が負った恨みを何時まで経っても律儀に引き継いでいるのだ。
……僕はどうなんだろう。僕は陰謀に巻き込まれて全てを失った、そう全てだ。血を分けた家族を失った、記憶を失った、感情を失った。そして残った空っぽの器に約束を詰め込まれたもの、それが僕だ。
あるいは、姉さんたちならどうなんだろう。ミコット姉さんは元盗賊、普段はお茶らけているがその芯はシニカルで冷静な人だ。自分たちが生き残っている事自体が復讐だと嗤っていた。
オネリア姉さんは、普段は大人しいが、秘めた熱さを持っている人だ。彼我の戦力差を冷静に分析し、どうにもならない事と諦めているのだろうか?
「なあ聞いてるかい?」
「えっ? あー済みません少し考え事を」
おっと失敗、今はロメオさんの問題が先だ、全く興味はないが、イグニスが請け負ってしまった事には、彼女のパートナーとして責任を持たなくちゃ。
「えーっと。それでなんですか?」
「うん……僕はね、ジュリエッタの事は脇に置いたとしても、エミリッヒとコーバインこの両家が対立しあっている今の現状はなんとかしなきゃいけないと思ってるんだ」
「へー、それは立派な考えだとは思いますよ」
どうやらロメオさん、恋愛脳と言うだけではなく、ちゃんと先の事も考えている様だ。残念ながら持ち前の弱気をいかんなく発揮しているせいで、そこの事を他人に理解されていないと言った所だろう。
「ははっ、もっともこんな大層なお題目、ジュリエッタと何とか結婚するためにひねり出した考えかもしれないけどね」
ロメオさんはそう言って遠い目をしたのだった。
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