第31話

「マスター、あれは何だ?」

「さーて、何だろうねぇ?」


 僕はイグニスが指し示す方向をよーく目を凝らして見てみる。するとそこには確かに人影があった。その人影は立派な建物の裏側であっちへウロウロこっちへコソコソ、お行儀悪く右往左往。


「何だろうね? 下手糞な泥棒かな?」


 何にしろあまり関わりにならない方がいいだろう。好奇心は猫を殺したりするもんだ。「まぁほっとこうよイグニス」僕はそう言おうと隣を向いた時には、既に僕の相棒の姿は無かった。その代り……。


「おい、そこで何をしているのだ?」

「ひっひゃあああ!?」


 と言う声が、何処からか聞こえて来たのだった。


「猫は殺せるけど、剣は殺せないか」


 僕はため息を吐きつつ、声の元へと歩いて行った。





「ごっごめんなさい! つい出来心で! いっいえ冗談ではないです! 本気です! 本気で僕は!」


 僕が、イグニスの所に着いた時には、ぺこぺこと土下座をする男の人とそれを無言で見下ろす彼女の姿があった。


「いったいどうしたの? イグニス」

「不明だ、マスター」


 おお、珍しくイグニスが途方に暮れている。


 僕は珍しいものが見れたと思いながら、平謝りを続ける男の人に声を掛ける。


「あのー、一体どうしたんですか? イグニスが何か粗相をしてしまいましたかね?」

「ひっ、すっ済みません!」


 うーんこの低姿勢。なんだか妙に気が合いそうだと思いつつ。誤解? を解くべくそして何より、土下座を辞めてもらうべく、僕は優しく声を掛ける。


「僕たちはただの旅芸人です、驚かせてしまって申し訳ございません」

「ごめんなさい! ごめんな……へっ? えっ? 旅芸人」


 やっとの事で顔を上げてくれたその人は、立派な服を着た、いい方に言えば繊細そうな、悪い方で言えば頼りなさそうな顔をしたとても美形な男の人だった。


「たっ旅人? なんだよ、驚かさないでくれよー」


 その人は安心しきった顔で細い目をさらに細めて苦笑いをする。


「はぁ、申し訳ございません。それでえーっと」

「ああ、自己紹介がまだだったね。僕の名前はロメオって言うんだ。みっともない所を見せてすまないね」


 ロメオさんはそう言って、埃を払った手を僕に差し出してくる。


「はぁ、それはどうも。僕たちは先ほど言った様に、今日この街に来た旅芸人です」


 僕はなんやかんやと2人分の自己紹介を返し、差し出された手を握る。


「あのーそれで、ロメオさん? こんな所で一体何をしていたんですか?」

「ああ、それはね――」


 ロメオさんがそう言葉を続けようとした時だった。がやがやとさっきまで彼がウロウロしていたお屋敷の方が急に騒がしくなってきた。


「あっあっあっ、大変だ、逃げるよ君!」

「えっ? あっ? はっ?」


 ロメオさんがそう言った時だ、ゴンゴンゴンと、打ち付けるような音と共に昼間の様な灯りが僕たちを照らし出した。


「ひっひいぃいいいい!」

「わっわっわっ、そんなに引っ張らないで下さいよー」


 僕たちは明りに追われる野生動物の様に、すたこらさっさとその場所を後にしたのだった。





「はぁはぁはぁ、こっ、ここまでくれば、大丈夫、かな?」

「はぁ? そうなんですか?」


 暗い夜道を西へ東へ、あれから随分離れた所で、息も絶え絶えなロメオさんがそう言った。


「だそうだよ、イグニス」

「了解した、マスター」


 イグニスはそう言って小脇に抱えたロメオさんを地面に下ろす。旅慣れた僕たちとは違って体力が無いのは分かるが、華奢な見た目通り体力の方も繊細そうな人だ。


「ふぅ。迷惑かけたね君たちに」

「いえいえ、そもそも何がどうなってるのかさっぱりと分かりませんが」


 何とか呼吸を整えたロメオさんは、女性に抱えられていたと言う事実に幾分へこみつつも、取りあえず頭を下げてくれる。うーんこの親近感。


「まぁまぁ兎に角頭を上げてください。説明が無理と言うなら僕たちは何も言わずにここから立ち去りますけど」


 ロメオさんがヘタレ属性なら、僕は淡泊属性だ。慌てず騒がず頭を下げて、何とかその場その場をやり過ごしてきた。


 僕がその様に言うと、ロメオさんは泣きそうな顔をして僕の手を握ってくる。


「ごっごめんよ、でも見捨てないでくれ」


 うーん、幾ら美形とは言え男の人に手を握りしめられてもうれしくとも何ともない所だ。


「だったら事情を説明して頂けませんか?」


 そうして彼が語ってくれたのは次のような話だった。





「はぁ、ロメオさんは発掘会社のご長男ですか」


 そいつは羨ましい事で、しかもその会社名は食堂で耳にしたことがある、この街を二分する大会社の名前だ。


「それで……ライバル会社の長女さんに恋をしてしまったと」


 この街には大小様々な発掘会社が存在するが、元をたどれば二つの会社にたどり着く。西のエミリッヒと東のコーバイン。

 二つの会社はこの街の成立に関わる古い会社だ。今よりも数世代前に、この街に訪れた発掘隊、その中のリーダーと副リーダーがエミリッヒさんとコーバインさん。どっちがリーダーで、どっちが副リーダーかは歴史の経過と罵詈雑言の向う側に流れてしまって分からないけど、ともかくそんな感じ。

 ともかく二つの会社はとてもとても仲が悪いと言う事だ。


「それは……どうなんでしょうかねぇ?」


 他人の色恋沙汰なんて正直心底どうでもいい。お好きにやって下さいと言う以外他は無い。


「そっそんな、見捨てないでくれよー」


 ロメオさんはそう言って僕に縋り付いて来る。今日来たばかりの旅人に一体何を期待してるのやら。って言うかなんでこんなに懐かれているんだろう? 僕が彼に親近感を抱いている様に、彼も僕に親近感を抱いているのだろうか?

 砂漠の民は基本的に男らしいマッチョ思考の人が多いと言う。そんな力強い風土の中になよなよした僕が現れちゃったんで、引きあっちゃったんだろうか?


「マスター、結局どういうことなのだ?」


 そして、僕以上に訳が分かってない人が1人。


「さてねぇ、一体どういう事なんだろうねぇ」


 左右から追い詰められた僕は途方に暮れるのだった。

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