第25話

 ここは、タレックスの対岸の街、港の傍にあるエミリーさんの家の倉庫だ。


「調子はどうなんだい?」

「何とかご希望の奴を手に入れましたよ」


 ミスコン当日の朝。僕は、とびっきりセクシーな格好をしたエミリーさんにそう報告をした。

倉庫には檻に入った巨大な亀。イグニスの説得(物理)によって、僕たちの仲間となった存在だ。


「へーえ。こいつがねぇ」


 エミリーさんは興味深そうに、その亀を見る。ちょっと背をかがめたら、何かとは言わないが飛び出してきそうだ。ちょっとセクシー過ぎたかもしれない。


「ああ、弱らせているからと言って油断しないでくださいよ」


 なんせ、人間大の巨大な亀だ、その強靭な顎は、人間の腕位容易に噛み千切ることが出来る。


「ははっ、了解了解。けどこんな大物、まだこの河に居たんだね」

「ええ、何とかギリギリで釣り上げることが出来ました」


 落ち着いた河なので船酔いはさほどでもなかったが、それでも長期間船の上とは慣れない物だった。


「さあ準備は上等! それじゃー、さっそく乗り込もうか!」


 エミリーさんはそう言って号令を発する。この亀は船にこっそりと隠していく。僕たちは裏方担当で、タイミングを見計らって、こっそりとこの亀を会場付近に解き放つのだ。


「イグニス、この亀の操作は大丈夫?」

「問題ない、マスター。会場の方に向けて投げ飛ばせばいいのだろう?」

「……怪我人出しちゃ駄目だからね?」


 それが出た時点で、計画は失敗だ。まぁ人の守護者であるイグニスなので絶妙極まるコントロールで、亀を解き放ってくれることだろう。


 計画は簡単だ、イグニスが、亀を押し出す。エミリーさんが説得する。イグニスが亀を引っ張り込む。

 これも全て、呼吸を必要としないイグニスがカギになっている。彼女にはステージ付近の川底に亀と一緒に潜んでもらい、僕の合図で、一連の行動を行う予定だ。





 大きな山車がミスコン会場にたどり着く。それと同時に花火が打ち上げられる。ミスコンの開幕だ。





「あれが、噂の町長ですか」

「ああそうだ、いけ好かない奴だろう?」


 ラックさんが苦々しげにそう呟く、ステージの上では神経質そうな痩せた男が開幕の挨拶を行っていた。


「姐さん、大丈夫かなぁ」


 プラックさんは、大きく出っ張ったお腹をさすりつつそう呟く。立派な体に似合わずに、きめ細やかな神経をしている様だ。


「まぁ、やるだけやったし、後はなる様になれですよ」


 上手く行けば報酬に色が付くかもしれないが、まぁ上手く行かなくても僕たちには関係が無い。所詮は旅人、あまり一つの街に深入りすべきではないのだ。


 ミスコンはつつがなく進行していく。色々な人が出てくるが、事前にマリーさんを見ている僕には、悲しいかな前座にしか見えなかった。


 進行がやや中だるみをしてきたころ、いよいよ本命の登場だ。マリーさんの名前が呼ばれると、会場が一気に盛り上がった。


「姐さんは、この後か……」

「まぁ、お先に場をあっためてもらったと思いましょう」


 ステージの上ではマリーさんが自己アピールを行っている。それは何処かやる気のないようなフワフワとしたものだ。


「まぁ、やる気が無いのは本当だしね」


 彼女はその外見に反して目立つことを好まないタイプの人間だ、神輿として担ぎ上げられても、迷惑以外の何物でもないだろう。


 そして、自己アピールがひと段落して、司会者が観客に対し、質問を投げかけた。

 その時だった。


「あれ? 今山車が動きませんでした?」


 ステージの横に付けられた悪竜を模した巨大な山車、それが動いた様に見えたのだが……。


「ん? 何言ってんだ? 風でも吹いたんじゃないのか?」

「いや、そう言う訳では無さそう――」


 バターンと言う音がして、その山車がバラバラになる、そして中から、覆面を被り武装した人たちが飛び出してきたのだ!


「「「!?」」」


 その人たちはステージに掛け上げり、あろうことか、マリーさんを始め、審査員たちに剣を突きつける。


「ここまでだ! この茶番劇は中止してもらおう!」


 犯人の声がステージ上に鳴り響いた。


「なっ、何者だ! 貴様ら!」


 泡食ったのは町長だ。彼は、上ずった声で、犯人たちに問いかける。

 犯人格のリーダーと思しき人は、手に持つ剣を町長に向けながらこう言った。


「何者? 何者か……それは貴様の胸に聞いて見ろ!

 貴様が起こした悪行の数々、その恨みが今ここに我々と言う形を伴い結晶化したのだ!」





「町長さんって、ホントに悪人だったんですねー」

「ばっ、何を呑気な事言ってんだ坊主!?」


 お兄さんたちは慌てふためくものの。そう言われてもエミリーさんの言葉だけで判断しろと言うのは無理と言うもの。まぁ村長が真に悪人かどうかは置いておいて、こうしてテロを起こされる程度に恨まれているのは本当のようだ。


「準備、無駄になっちゃったなー」


 船に揺られた日々は何だったのか、全てはおじゃんになってしまった。


「ぼっ坊主!?」


 ラックさんが僕を揺さぶってくるが、僕にどうしろと。


「マスター、なにやら騒がしいが、どうしたのだ?」


 騒ぎを聞きつけて、イグニスが水面から顔を出した。


「凄いねイグニス、大当たりだよ」


 イグニスイヤーは地獄耳と言った所だろう。


「……これは、どういうことなのだ? マスター」

「うーん、要するに先を越されちゃったって事かな」


 サプライズイベントを用意していたのは、僕たちだけじゃないって事だ。


 ステージ上では、犯人たちが不正の証拠の資料を掲げ、町長への恨みつらみや、自分たちの要求を色々と好き放題に言っている。


 一応警備の人たちも居る事はいるが、不意を突かれて人質を取られた今、手を出せずに右往左往するばかりだ。


「さて、どうしたものなんですかねー」

「マスター、悪はどっちなんだ?」

「どっちだろうねー」


 原因は町長さんに在るそうだが、実力行使に出た時点で犯人たちの罪は確定だ。もうめんどくさいので、全部ほっといて、この街を後にしたい所なのだが。


「むむむむ……」


 駄目だ、イグニスが知恵熱を出しそうだ。彼女の中では町長が絶対の悪だったのだ。だが、正義をなそうとして居る筈の犯人たちは、町長だけでなく、マリーさん達にも剣を向けてしまっている。


 色々な意味で硬直状態になったその時だ。ステージの脇から声が響いて来た。


「何だい、何だいふざけんじゃないよ!」

「「あっ姐さん!」」

「人にこんなこっ恥ずかしい恰好をさせといて、コンテストはお開きだ!? ふざけんじゃないよ!」


 わーお、空気が読めない人があそこにも1人。エミリーさんは剣を向けられるのにも構わずに、のっしのっしとリーダー格の人の方へと向かっていく。


「大体アンタら気に入らないねぇ、言いたいことがあるなら小細工せずに、直接いいなよ!」


 小細工満々でグランプリを取ろうとしていた人が、よく言ったものだ。まぁエミリーさんの小細工は可愛らしいものだったんだけど?


 エミリーさんは無数の剣を付けつけられながらも、ピンと背筋を張って、犯人を糾弾する。

 糾弾と言っても、罵詈雑言、聞くに堪えないスラングのオンパレードだが。


「イグニス、悪が誰かは分からないけど、正義はあそこにあるみたいだよ」

「そうだな、マスター」


 イグニスはそう頷くと、水底へと戻っていく。


「さて、ラックさんに、プラックさん。少々予定外の事になってしまいましたが、彼らは無視して、僕たちは予定通りに行きましょうか」

「「は? 何言ってんだ? 坊主?」」


 僕は、お兄さんたちを無視して、イグニスに合図を出す。

 ザバンと言うか、ボンと言う爆音が鳴り響き。水面から亀さんが飛び出していった。


「「!?」」


 イグニスに放り投げられた亀さんは、回転を加えつつ、ステージまで一直線。あまりの事に慌てふためく犯人たち。突然の事に硬直する観客たち。


 飛来する亀さんは絶妙の進路を取り、犯人たちだけをなぎ倒していく。


「はぁあ!」


 それを止めたのは、エミリーさんだ、彼女は、大きくスリットの開いたスカートから惜しげも無く足を掲げ、一直線に、亀さんの甲羅へと振り下ろした。


 ゴガンと硬いもの同士がぶつかった音が響く。蹴り潰された亀さんは、ステージにめり込んで、その衝撃で、ステージは大崩壊。

 犯人も人質もあったもんじゃない、全ては瓦礫の山となる。


「タラスク、撃ち取ったり!」


 エミリーさんは、タラスク亀さんの上に跨り、勝どきを上げる。その手の中にはマリーさん、崩壊するステージから無事に助け出したようだ。


「「あっ姐さーーーーーん!」」


 エミリーさんを称賛する野太い声が客席より上がる。

 こうして、一切合切を埃の下に、ミスコンは爆散したのだった。

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