第22話
「悪ならば、私が切って捨てる」
「いやいや、イグニスには無理でしょうに」
彼女は人間には手を出せない。まぁ間接的には出来ないことは無いが、大騒ぎすると僕が疲れるので止めて欲しい。
「はっはっは。その気持ちだけで十分さね。なーに、私らだって、実力行使に打って出ようって訳じゃない。要は奴の鼻を明かせれば十分だ」
お姉さんの話によると、今回初めて行われる、ミス聖女コンテストは、件の町長の娘に決まっているそうだ。その記念すべき第一回の優勝をよりによって隣町の町長の娘が取ったとなれば、そりゃあ確かに鼻を明かせるだろう。
「けど、どうやってお姉さんが優勝するんですか?」
確かに、黙っていれば美人なお姉さんだけど、お姉さんの話によると、審査員連中は、町長から色々と接待を受けているそうだ。それを逆転するのは難しいだろう。
「確かに、審査員は買収されちまっている。だが、全ての客を奏するってのは無理な話さね」
「……そのー、こっちの町長の娘さんって言うのは、そんなに特徴的なお顔何ですか?」
僕は、お兄さんたちにそう聞いてみる。
「いやいや、お嬢さんは正に、野に咲く可憐な花、三国一の美女だって評判でさぁ」
「余計な事を言うんじゃないよ! この田吾作ども!」
頷き合っている2人のお兄さんの頭から、スパーンと言う良い音が鳴る。
なる程、それじゃあ益々絶望的なんじゃないのかな?
「はん、そこで秘策があるのさ」
「秘策ですか?」
「ああ、悪竜とまではいかないけどね。要するに、悪者を退治できりゃー、良いってこったろ?」
お姉さんはそう言って、ボキボキと指を鳴らす。あーこの人思考だけじゃなくて行動までもがイグニスにそっくりだ。
「あー、それじゃ。お兄さんたちを悪者に、お姉さんがそれをやっつけて、観客のハートを奪うって事ですか?」
「はっはっは、良いアイデアだろ坊や」
良いか悪いかで言ったら、駄目だと思う。この人はミスコンをなんだと思っているのだろう。
「おい坊主」
僕の微妙な顔を察したのか、お兄さんが僕に耳打ちをしてくる。
「姐さんどういっても聞いちゃくれないんだ。大道芸の専門家である坊主からも何とか言ってくれよ」
うーん困った。お姉さんの頭の中じゃ完璧に決まってしまっている。どうやってそれを覆したものか?
「そう言えばお姉さん。あっちが審査員を買収したと言うなら、こっちはサクラを野盗ってのはどうなんですか?」
お姉さんの話が正しいのならば、この街の町長は随分と不評を買っている。ならばあまり弄せずとも。大量のサクラは準備できそうなものだ。
「ああ、それがな坊主。そっちはそっちで難しいんだ」
僕の案に、お兄さんが反応する。
「それと言いますと?」
「向うの嬢ちゃんにはファンクラブが存在しててだな。それも結構な数が居るらしい。坊主憎けりゃ袈裟までと言えない状況って訳だ」
「ああそうだ、あの性悪な町長の娘とは思えないほど出来た子だ」
お兄さんたちはうんうんと頷いた。やっぱりこれ、どうあがいても勝ち目なんかないんじゃないのか?
「あのー、ではお姉さんの方は……」
「姐さんは、俺たちの様な、むさくるしい港湾連中には評判がいいんだが……」
お兄さんはそう言って言葉を濁す。うーん黙っていれば美人なんだけど。お姉さんは自分からその長所を潰す計画を立てていると言う事か。
「いやいや、ウチの連中の中にも、嬢ちゃんのファンってのは多いらしいぜ」
「マジかよ。まぁ隣の芝生は青く見えるって言うか、自分にはないものをありがたがるって言うか……」
「まぁ、かく言う俺も、あの嬢ちゃんの清楚さには一目置いているぜ」
「ああ、そっちの面では姐さんからっきしだからな……」
お兄さんたちは、頭を合わせてうんうん唸る。お姉さんがイグニスと悪者トークに夢中なのを良い事に言いたい放題だ。
まぁお姉さんたちの悩みは分かった。とは言え僕たちは一介の旅芸人。この話がどう転ぼうと、正直な所どうでもいい。
「マスター、やはり町長は悪だ。悪は正さねばならぬ」
……僕はどうでもいいのだが。イグニスにとってはどうでもよくない事らしい。
僕は盛大なため息一つ。イグニスの為に、この問題に介入することにした。
「やはり、サクラは大事です」
場の空気が大切な街道芸、それはミスコンでも同じことだ。
「ああ、勿論俺たちもその事は承知だ。船員連中には声を掛けてある」
お兄さんはそう言って胸を張る。大漁旗片手に応援に来てくれるのだろうか。
「それじゃ、お姉さんはどんなアピールをするつもりなんですか? 例のアトラクションは抜きにして」
「ん? 私かい。そうさね、クルミでも握りつぶそうか?」
「わーお、それはビックリしますね。却下です」
最強戦士決定戦でもあるまいに、腕力をアピールしてどうしようって言うんだ。
「なんだいなんだい、じゃあロープワークでも見せようか?」
「一部の層にはヒットしそうですが却下です。最強船員決定戦でもありません」
「じゃあどうすればいいってのさ」
お姉さんは肩をすくめるが、それをしたいのは僕の方だ、彼女はミスコンをなんだと思っているのか。
「セクシーです」
僕はそう言いきった。お兄さんたちは動揺の声を上げる。
「お姉さんの最大の武器はそのセクシーさです、そこで勝負しなくて何処で勝負すると言うのですか」
「セクシー?私かい?」
「そうです、下品になり過ぎないギリギリまで攻めてください。具体的に言えば、もっと肌面積を増やしてください」
お姉さんが着ているのは船員服。しっかりと同に入ったそれは、確かにカッコいいものの、ミスコンの視点から見れば大外れだ。
「おっ、おい、姐さんになんてことを」
「そうだぞ、姐さんにセクシーさを求めるなんて、魚に陸上で行動しろって言っている様なものだ」
「あんたら、ぶっ飛ばされたいのかい!」
言葉と同時に放たれた拳によって、お兄さんたちは地に付した。素材は十分なんだ、後はちょっとした気持ちの持ちようで何とかなるはず。
地面に広がる血を見ながら、僕はそう考えていた。
「……マスター、セクシーとは何だ?」
「うーん、イグニスには関係のない話かな」
彼女も十分にセクシーだとは思うけども、彼女に刻まれた個性が、それより先にカッコいいと感じさせてしまう。
まぁそれ以前に彼女は僕の相棒だ。あまり性的な目で彼女を見たことは無い。
いや、とってもチャーミングなんだけどね。
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