第21話
悪竜を模した、大きな大きな山車が街を練り歩く。子供たちはキャッキャと笑いながらそれに、豆を投げつけている。
この行為は、悪竜退治を示したものだろう。もしかすると、遥か昔にも、同じような光景が繰り広げられたのかもしれない。まぁその時住人が手にしていたのは、豆じゃなくて石だったのだろうけど。
「なんとか、許可を得れて良かったね、イグニス」
「そうだな、マスター」
イグニスの軽業は本職であるサーカス団のお墨付き。身体的な個性が強いのと、愛想ゼロの鉄面皮が多少足を引っ張るも、客受けは十分にするだろう。
僕たちは、指定された場所に向かって歩を進める。
「地図だとここだけど……やっぱり、ギリギリだったせいで、場所はよくない所みたいだね」
「そうなのか? マスター」
その場所は、メインストリートから大きく外れた隅っこだった。人通りは少なく。街の歓声が離れて聞こえて来る。
「まぁいいや、下見はオーケー」
どこであろうと、この陽気だ、財布の紐も多少は緩んでいるだろう。この街に入った時の僕たちみたいに。
指定された時間まではまだ少しある。その間は竜神祭を楽しもう。僕たちは祭りの陽気に誘われて、フラフラと街を探索したのだった。
「なーにが、竜神祭よ。なーにが聖女よ」
うらびれた人気のない路地裏で、そう呟く人影があった。
「姐さん、本当にやるんですかい?」
「当ったり前でしょ、この田吾作!私たちがあのくそ野郎にどんな目に合わされたと思ってるの!」
そう、怪気炎を上げるのは、美しい女性だった。腰まで届く青みがかった黒髪は、流れる水の様に艶のあるストレートで、きりっとした目鼻立ちは意思の硬さを臭わせた。
そんな彼女に付き従うのは、ノッポと太っちょの2人の男。彼らは不安げな顔をしながら、女性の顔色を窺っていた。
「けどこんな、せこい事をやっても……」
「う……しょ、しょうがないじゃない。今の奴の地位は不動、小さなことからコツコツとよ!」
男たちの指摘に、女性は少々たじろぎながらも、不安を消し飛ばすように、そう言い放つ。
「だからって、姐さん。ミスコンを荒らすことに何の意味があるんですかい?」
「はん、今回のミスコンは出来レース。奴の娘が優勝するのにきまってる。そこを私がかっさらう、なんとも痛快な話じゃないの!」
男二人が、頭を抱える傍らで、その女性は高笑い。なんとも微妙な空気が路地裏に漂っていた。
「愉快な話なのか? マスター?」
「しー! イグニス! しー!」
「だっ誰だい!?」
寄り道し過ぎて、予定時間に遅れそうだった僕たちは、街の住人に教えてもらった抜け道を通って、指定場所への近道を試みていた。
そんな時に出会ったのが彼女達だ。彼女たちは、人気の少ない路地裏で、何やらひそひそ内緒話。
道幅狭い路地裏で、何とか彼女たちに気付かずに通り過ぎる方法は無いものかと、考えていたら、素直なイグニスの呟きによって全てがおじゃんになってしまったと言う事だ。
「あははははー。僕たちは急いでいますので、それじゃー」
「お待ち! 話を聞かれてしまったからには、ハイそうですかと行くものですか!」
「いや、そんな事を言われても」
聞かれるのが嫌ならば、天下の往来で話してないで、秘密基地にでも籠っていればいいのに。
「マスター、もうそろそろ時間だぞ?」
空気を読まないイグニスがポツリとそう呟いた。
「そうだね、イグニス! それじゃーしょうがない!」
僕はそう言って彼女の背中におぶさった。
「むっ? 良いのかマスター」
「いいよいいよ、これも芸の内と言う事にしておこう」
イグニスが聖剣であると言う事がばれてしまうのは、色々と面倒くさい面もあるのだが、そんな事よりも、目の前のお姉さんの方がもっと面倒くさそうだ。
ギャーギャー喚くお姉さんを、お兄さんたちが止めてくれている間に、とっととこの場所から立ち去るとしよう。
「けして言いふらしたりはしませんから、それじゃ!」
彼女の背中に回った僕はイグニスに合図をする。するとイグニスは弓の様な勢いで、壁を掛け上げり、目的地まで一直線に進んでいった。
「きー! ちょっと待ちなさいよこの小僧ー!」
お姉さんの金切り声を後にして……。
「ご清聴、ありがとうございましたー」
「うむ、感謝する」
イグニスの空前絶後な軽業、そして僕の平々凡々なリュートが終わり、観客からのおひねりが飛んでくる。
「ありがとうございましたー、ありがとうございましたー」
「うむ、感謝する」
「ありが……やっぱり来ますよねー」
「はん、ちょっと面貸な小僧」
僕の目の前には、先ほど路地裏に置いてきぼりにしたお姉さんたちの顔があった。
僕たちはお姉さんに連れられ、先ほどの路地裏へと舞い戻る。だから、こんな公共の場所で内緒話なんてしなけりゃいいのに。
「あのー、僕たちは、僕たちなんでここに連れてこられたんでしょうか?」
「はん、言っただろう? 聞いたからには唯じゃおかないって」
「いやいや、僕たちはただの旅芸人。お姉さんたちの悪いようにはしませんって」
「信用できないねぇ、私達の事をあいつらにちくる気だろう?」
人を呪わば穴二つ、自分が後ろめたい事をしている時には、全てがそう見えてしまうものだ。
「いや、だからですね」
「マスター、あいつらとは誰だ?」
「はん、
お姉さんはそう言うと、お兄さんたちが止めるのも聞かずに、ぺらぺらと話し出す。あーこの人、悪い事が出来ない人だ。でなきゃとんでもないおっちょこちょい。色々と損ばかりしてるんだろうなぁ。
「はぁ、町長ですか」
お姉さんの話によるとこの様な事らしい。この街の町長は、町人には重税を課し、隣町には水利権を始め様々な嫌がらせ。自分がこの街、いやこの地方の領主だとばかりに、やりたい放題の好き放題やっているとの事らしい。
「それで、お姉さんは隣町の町長の娘さんと」
なんでそんな良家の娘のガラがこんなに悪いのかは知らないが、まぁ港町とはこう言うものだろう。
この街は悪竜伝説でかなりの知名度を誇っている。そのしわ寄せをご近所さんに押し付けていると言う事らしい。
「それで、このお祭りを台無しにして、件の町長さんの評判を落とそうと?」
「ああそうさ、奴は領主よりもでかい顔をしてやがる。まるでこの街が世界の中心だって顔でさ」
「けど、こんなに賑わっているお祭りですよ。それを台無しにしちゃったら、そちらの街にも色々と被害があるのでは?」
「はん、そこら辺は上手くやるさ。台無しにするのはあくまでも奴の評判。ご近所さんに迷惑を掛けちまえば、奴の二の舞だからね」
お姉さんは、そう言って不敵に忍び笑う。うーん、どうやっても上手くいく未来が見えないけど。
「……要するに、この街の町長が悪なのか?」
「あっはっは。そうさね、そうさね。分かり易いねぇアンタは」
お姉さんはそう言ってバンバンとイグニスの肩を叩く。単純思考者通し、通じ合う所があるようだ。
けど、普通の人間が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます