第2話

「いやー、良いお店だったね」

「そうだな、マスター」


 食事は美味しかったし、大将の人当たりも良かった。そしてなりより、誰もイグニスに絡んでこなかったのが大正解だ。彼女は冗談が苦手なのだ、ちょっとしたことを切っ掛けに大乱闘になってしまえば、来たばかりのこの村を、回れ右しなくちゃいけなくなる。

 これも強面の大将が睨みを聞かせているおかげで、平和が保たれているんだろう。悲しい事に、平和の陰には武力ありと言うのはこの世界の真実の一つだ。


「さてさて、それでは教えられた場所に行ってみますか」


 村長の家は、この村の最奥にある一番大きな家だそうだ。僕たちは村の様子を見物しながら、ゆっくりとそこを目指す。

 そして、目当ての場所までたどり着いた、その時だった。


「何か変だぞマスター。騒動の音がする」

「イグニスがそう言うのなら、そうなんだろうね」


 彼女は目が良ければ耳もいい。鈍い僕には良く聞こえないが、彼女がそう言うのならそうなんだろう。


 ドアをノックする前に聞き耳を立てる。なるほど、中では何かの議論の真っ最中みたいだ。


「確かに取り込み中なみたいだね、少しここで待たせてもらおうか」


 僕は、門から少し離れた所に腰を下ろす。まぁ別に急ぐ旅では無い。待ちぼうけも旅の醍醐味、ゆっくりとこの村の景色を楽しむとしよう。


 道端に座り込み、リュートの調律をする僕の傍らで、イグニスは直立不動で村長の家を睨みつける。

 傍から見れば、押し込み強盗の下見か、何かよっぽど恨みがあるのかとも思われてしまうが、これが彼女の平常運転。集中すると人相が悪くなるのは彼女のチャームポイント。因みにスタンダードは無表情だ。

 不審な顔をして僕たちの前を横切る村人たちに、精一杯の愛想笑いとリュートの音をサービスする。そうこうしている内に……。


「ふむ、終わった様だぞマスター」


 イグニスの分も通行人に愛想笑いをサービスする事暫く、イグニスイヤーによると、議論は終わり、静寂が訪れたようだ。


 村長の家のドアが開き、中からぞろぞろと村人たちが出て来る。その足取りは苛立たしげで、納得のいく結論が出た訳じゃなさそうだ。

 ふーむ、やれやれ。些細な事とは言え頼み事をするには逆風と言った所だろうか。

 僕がそんな風に観察していると、先頭の人と当然ながら目が合った。


「おい、何だ貴様ら。そんなところで何をやっている」

「ああすみません。ちょっと村長さんに頼みごとがありまして」


 僕はリュートを軽く持ち上げながら、そう言って会釈をする。


「村長だと?」

「はい、ご在宅でしょうか」


「ちょっと待ってろ」彼はそう言うと、仏頂面のまま奥に入る。

 さてどうなるものか、僕はそう思いつつ、爽やかな風を楽しんでいた。





「吟遊詩人か?」


 気難しそうな顔をした村長は疑惑のこもった視線をイグニスへ向けた。


「ええ、そんなところでございます。この村で芸を披露する許可を頂きたくて」


 僕はイグニスを突いて一緒におじぎをさせながらそう言った。


「ふん、怪しい奴らだ。お前らみたいな剣呑な吟遊詩人があってたまるか」


 彼の視線は頭を下げっ放しのイグニスに注目している。まったく見慣れた光景だ。


「いえいえ、彼女は元冒険者の軽業師です、決して怪しいものではありません」


 僕はそう言うと、ポケットに入っているコインを取り出した。


「イグニス、行くよ」


 彼女はそれに無言で頷き、僕はそれを合図に握り込んだコインを放り投げた。

 一瞬、彼女の外套がはためいた。地面に落ちたコインは一つも無い。全ては彼女が開いた右手の中に。


「ほおー」と言う声が上がる。右手1つで、宙に浮いた10枚ものコインを、一瞬のうちに回収したのだ。

 これで、彼女の身体能力の一つが垣間見れるだろう。

 二つの意味でつかみは上々、これで理解できたかな、と僕がそう思った時だった。


「元冒険者と言ったな?」


 さっきから僕たちを訝しんでいる村長は、低い声をそう響かせた。





「はぁ、近くの森に野盗が住み着いたですか」


 村長から伝えられた話はそんな事だった。


「ああそうだ、大戦が終わり、職にあぶれた傭兵ゴロツキたちが住み着きおった。

 このままじゃ危なっかしくて、森に入れないどころか、隣町に行くのだって一苦労だ」

「国に話を通して、追っ払ってもらうのはどうなんですか?」


 僕は、善意の第三者として、至極当たり前の事を言ってみる。こんな時の為に税金を納めているんだろう。

 だが、そんな事は至極当然とばかりに、村人たちは渋い顔をする。


「少しは賑わってきたからとは言え、所詮は辺境の村、騎士団の派遣など、何時になるのか分からない物を待っている訳にはいかん」

「それじゃ、冒険者ギルドに話を通すのはどうですか?冒険者なら少しは腰が軽いと思いますが」

「そうしたい所なのだが、奴らは足元を見る」


 村長は苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。おかしいな、十分に儲かってそうな村なのに。


「ここは、つい最近風車を新設したばかりなんだ。自由に動かせる金はそう残っちゃいない」


 僕の疑問が顔に出ていたのか、村長は愚痴をこぼす。


「あのー、もしかしてイグニスにそれを何とかしろって言ってます?」


 村長たちからイグニスに向けられる視線に根負けして、僕はため息まじりにそう言った。

 案の定、村人たちはすがる様な視線を僕に向ける。


「無茶ですよ、イグニスはあくまでも元冒険者、今は引退している身です」

「だが、さっきの技は見事だった。儂らの様な唯の村人より数段上だ」

「あんなものは、ただの大道芸です。本来の彼女ならまだしも今の彼女には荷が重い」

「ほんの少しでいいんだ、何だったら偵察だけでもいい。どんな奴らが何人いるのかそれさえわかれば交渉に幅が出る」


 金勘定に五月蠅そうな村長は、ここぞとばかりにグイグイと押してくる。

 成程、ただ単に野党が出たから何とかしてくれ、と言うのと。これこれこう言う奴らが何人いるから何とかしてくれと言うのでは、値切り交渉も力が入ると言うものだろう。


「その腰の物は飾りじゃないんだろう?」


 村長はそう言って不躾な視線をイグニスの腰に寄越す。そうは言っても、彼女が吊り下げてるのは、何処にでもある唯のブロードソード。十把一絡げの安物だ。


「私は構わんがマスター」

「イグニス……」


 今度は僕が苦虫を噛み潰したような顔をする番だ、彼女の迂闊なその一言に、それ見た事か村人たちの目は輝く。


 イグニスは僕の言う事に大概は従ってくれる。だが僕は彼女に命令なんてしたくはない、彼女の思うがままに、感じるがままに行動してほしいと思っている。

 そう、思っているのだが……。


「そうか! やってくれるのか!」

「あー、いやー」

「何を言いよどむことがある。偵察、ただの偵察で良いのだ」

「そうは言っても、危険ですよね?」

「なーに、奴らの大体の居場所は掴んでおる、付近までは村人に案内させよう」


 そんなら、自分たちで行けよ、と言うセリフを必死で飲み込む。彼女はもう十分に戦った、これ以上は戦わせたくないんだが。


「…………偵察だけですからね」

「おお! そうか! やってくれるのか!」


 グイグイと執拗なほど押してくる村長に、僕はたっぷりとそう念押ししつつも、渋々と頷いた。





 偵察は明日行うと言う事で、今晩は村長の家で豪勢な食事を振る舞われた。


「はっはっはー、嬢ちゃん、こっちはどうだ!」

「頂こう」


 赤ら顔の村人に進められるがままに、イグニスは無表情な顔でドンドン運ばれてくる食事をモリモリと平らげる。


「はぁ、全く調子の良い事で」

「あらあら、お兄さんはご機嫌ななめね」

「いえいえ。滅相も無い」


 愛想笑い120%、僕は「こんな金があるなら冒険者に廻せよ」と思いつつ、お姉さんからお酌を受け取る。


 村人たちは上機嫌、これで厄介ごとは片付いたとばかりに、夜遅くまで宴は続いたのだった。



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