巡る世界のグランギニョール

まさひろ

プロローグ

第1話

 顔に大きな傷のある隻腕の女性。

 僕は彼女と旅をしている。

 僕と彼女は炎の中で出会った。





 ―王国歴285年、風車の村トスカッチア―


「ようやく見えて来た」


 小高い丘の上。僕は、額に滲む汗を拭きながらそう呟いた。


「ふむ、その様だな」


 僕の呟きに平坦な声でそう答えたのは、僕の旅の共であり、唯一の友である存在だ。

 彼女の名はイグニス、色々な意味で衆目を集める様なすごく特徴的な女性である。

 その特徴はと言えば……。


 突風が吹き、彼女の左袖がパタパタと揺れる。


「良い風だね、風車があんなに回ってる」

「そうだな」


 そう、彼女には左腕が無い、それどころか、顔に刻まれた大きな傷痕を始め、全身至る所傷痕だらけだ。

 それは、ピンと張った背筋、完成されつくした大人のプロポーションには、ひどく不釣り合いな特徴と言える。


 その姿を見て、ある人は彼女の事を歴戦の戦士だと思うだろう。あるいは酷い拷問を受けた被害者だと思うだろう。

 それは、ある意味では、どちらも合っていて、どちらも違っている。


「しかし、長かったね。これでようやく休めるよ」


 前の村を出て、1週間の野宿生活。幾ら旅慣れている僕たちでも、少々キツイ道のりだった。

 そう、僕たちは世界の果てを目指す者。西から東へ、まだ見ぬものを求めて旅する旅人だ。


「それで、次の村はどのような村なのだ?」

「えっとね、トスカッチア村って言って。農耕や牧畜が盛んな、この辺りじゃ一番大きな村だよ」


 風車なんて大きなものを維持管理していくには、それなりのお金がかかる。それを賄える程度には大きな村と言う事だ。


 村が大きければ人も仕事も余裕も大きくなる。ここで多少は稼いでいかないと、今後の旅程に支障が出る。

 普段の食事は狩りで何とかなるにしても、人間それだけで生きていける訳じゃない。僕は背中に担いだリュートの感触を確かめる。

 僕たちは生活の糧として、行く先々で大道芸グランギニョールをやっている。このリュートはその大切な商売道具だ。


「平和な村だと良いねイグニス」

「ああ、そうだなマスター」


 イグニスは僕の事をマスターと呼ぶ、それは僕が大道芸の親方的ポジションに在るからだ。

 とは言え、僕が10代半ば、イグニスは20代半ばな事を考えると、この呼び方は如何なものかと思うが、彼女は一向にこの呼び方を改めちゃくれないので、今では好きなように呼ばせている。


 平和な村、平和な世界、それは魔族たちとの大戦の残り香が、強く香るこの時代においては、黄金よりも貴重なものだ。


 数年前に本格化した、魔族の一大進攻、それは世界に混乱と悲劇をまき散らした。

 それは鉄火を結ぶ最前線だけの話ではない、食料を始めとした物資の高騰は世界中で発生し、正に人類にとっての最大の試練だった。

 その戦いも、聖剣を携えたとある勇者の活躍により、幕を閉じた。

 かの勇者は少数の仲間と共に魔王城に乗り込みその討伐に成功した。それを機に人族と魔族の戦いの趨勢は決定したのである。





 通りには馬車が行きかい、その砂埃の向うからは客引きの声が木霊する。

 ここは村を縦断する大通り、活気あふれる大動脈だ。


「へー、やっぱり外から見るとおり、活気のある村だね」


 これでは、村と言うよりも町と言っていいかもしれない。

 人々から向けられる好奇の視線(主にイグニスに向けられる)を無視しながら、僕は一番派手な酒場を探す。

 高々大道芸と言えど、きちんとその町の顔役に筋を通しておかないと、大変な事になるのは勉強済みだ。


「マスター、あそこはどうだ?」

「ああ、良いかもしれないね。兎に角行ってみようか」


 僕たちは大通りの一番いい所に構えている酒場を見つけた。店のつくりは立派なもので、古さも上等、その割に看板はピカピカに磨き上げられている、立派なものだ。


「こんにちはー、やってますかー」


 僕たちは両開きのドアを開け、店内に入る。


「おうよっ!

 って……見ない顔だなあんちゃんたち」


 冒険者上がりなのだろうか、強面でがっしりとした体格の店長がそう返事をする。

 酒場と食堂を兼ねているのだろう。店内は真昼間だと言うのに大入りの賑わいだ。


「あはははー。今日この村に来たばっかりでしてね」


 香ばしい香りが鼻腔を刺激する。僕たちは開いている席に座ると、取りあえずメニューをお願いした。


「にゃん♪ ようこそトスカッチアへだにゃん♪」


 ウエイトレスのキャットピープルが、メニューとお水を持ってきてくれる。この村では亜人は珍しくない存在のようだ。

 フリフリと揺れる尻尾は上機嫌で、その好奇心あふれる視線はイグニスに注がれている。


 ペラリとメニューを覗く。内陸地な事もあり、魚料理は少ないが、肉料理は充実していた。


「どうする? イグニス」

「マスターと同じもので構わん」


 僕は、ぶっきらぼうに返事をする彼女に苦笑いをしつつ。ウエイトレスにお勧めの鳥料理を注文する。


「了解にゃ♪ マスター! 鶏肉のトマトソース煮込み二人前にゃ!」


 彼女は、そう言って元気な声で厨房にオーダーを飛ばす。スタッフの雰囲気はとてもいい、何よりこちらの事をあまり詮索してくれないのが助かる。芸事で衆目を浴びるのは大歓迎だが、それ以外なら御免こうむりたい。


 一仕事の前に腹ごしらえ、先ずはそれからだ。


 待つことしばし、待望の料理が運ばれてきた。もうもうと立ち上がる湯気と、真っ赤なトマトソースの甘酸っぱい香り、そしてタップリと掛けられたチーズの香ばし香りが食欲を大いにそそる。

 チーズをフォークで突っつくと、その下からは、大きめにカットされた鶏肉がゴロゴロと顔を出す。それは絶妙な加減で煮込まれていて。柔らかいのにプリッとした感触が残っており、コックの腕前をうかがわされる。


「いいね、当りだよイグニス」


 口に入れるとそれは確信に変わる。噛めば噛むほど鶏肉からジューシーな肉汁が溢れて来て、口の中を火傷しそうになる。鳥の旨み、トマトの酸味、チーズの香ばしさ、そしてそれを整える香辛料、それらが混ぜんとなり、これまでの旅の疲れが吹き飛んでいく。


「旨い! 旨いよ大将! ここに入って大正解だ!」


 感謝の気持ちは大きな声で。僕だって芸を誉めてもらえば嬉しいもの。それは誰だって変わらない。


 口の中の皮をべろべろにしつつも、僕はその最上の料理をどんどん押し込んでいく。


「がはははは。そう言ってもらえりゃ何よりだ」

「いやホント、旨いよ。欠点としたら口の中の皮がべろんべろんになっちゃうことだね」


 僕は水をがぶ飲みしつつ、そう笑った。


「がはははは。そいつは熱々を食うのが肝だ。辛抱しな」


 おべんちゃらじゃなく、本心からの賛美に店主が気を良くしたところで、僕は本題に切りかかった。


「ねぇ、大将。僕たちは旅の大道芸グランギニョールなんだ、ここで芸をするには何処に顔を通しておけばいいのかな?」

「グランギニョール?」


 大将は不思議な顔をする。まぁ確かに普通グランギニョールと言えば、見世物小屋や芝居小屋を拵えての、ある程度大規模なもの。僕たちならば大道芸人パフォーマーが精々だ。


「あははは、夢は大きくってね、何時かはどこかの街でグランギニョールを開くのが夢なんだ」

「へー、そいつは良いねぇ。若いうちは大きな夢を目指すのは何よりだぜ。俺だって若いころは――」

「にゃー、店長サボるなにゃー」


 話が長くなるのを察してか、ウエイトレスさんが店長さんに釘を刺す。きっと毎度毎度繰り返されている事なんだろう。僕はその事が微笑ましくなり、ついつい口角を緩めてしまう。


「あーおほん。で、この村の顔役の事だな。まぁ、最近賑やかになって来たとはいえ、元々は小さな村だ、村長の許可を得れば大丈夫だぜ」

「そうですか、ありがとうございます」

「おう、こんぐれぇいいって事よ」


 その後、食後のお茶を注文し、チップ代わりに一曲披露。語る内容は今までの旅路、穏やかな日もあれば波立つ日もあるその旅を、食後の緩やかな空気に乗せて喉を震わせた。


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