哲学するフクロウ。

赤眼鏡の小説家先生

『お喋りアウル』

 子供の頃の僕は、鳥はみんな人間の言葉を喋るものだと思っていた。


 理由は単純、オウムだ。


 テレビで見たカラフルな鳥が人と同じ言葉を話しているのを見て、そう思った。

 だから子供の頃の僕は、スズメにも、カラスにも話しかけたものだが、返事は「チュン」か、「カー」のどちらかであった。


 まあ成長した今は、人間の言葉を喋る鳥はオウムだけだと知っているし、そもそもオウムにしても正確には喋っているのではなく、人間が喋っているのと同じ音程の音を出しているだけであり、会話は成立しない。

 なのでも、もしかしたらそういう類なのかもしれない。


「ふむ、確かに私の発している言葉が、たまたま君の質問に対する答えに非常に似通った音という可能性はある」


 と、オレンジ色のクリクリと大きな目をしたフクロウは言葉を発した。

 とても、渋い声で。

 僕がそのフクロウをマジマジと見つめていると、そのフクロウはまたまた言葉を発した。


「先程の話を例えるなら、独り言を言ったら、たまたま道ですれ違った人も独り言を言っており、それがたまたま会話になったような感じだろう」


「それは、『腹減ったー』と独り言を言ったら、『肉食べたいー』とすれ違った人も独り言を言った感じですか?」


 謎の敬語。相手が––––いや、相手と言ってもフクロウだけど、そのフクロウがやたらとかしこまった話し方をするので敬語になってしまった。


「そうでもあるし、『掘った芋いじるな』に対して、『It’s 5 o’clock』という感じでもある」


 掘った芋いじるなという日本語は、英語圏の人からすれば『What time is it now』と聞こえるらしい。つまりよく似た音である。


「つまり、僕と––––あなたは会話をしているのではなく、お互いになんとなく言葉とも取れる音を発していて、それがたまたま会話となっていると?」


「そういう見方もできるというだけの話だ。現に君と私はこうやって意思の疎通を図り、コミュニュケーションを取れているではないか」


 このフクロウの事はよく分からないけれど、どうやら話を難しくする傾向があるというのだけは分かった。

 まるで、哲学するフクロウである。これで一人称が『吾輩』であったとするなら、まんま『吾輩はフクロウである』である。

 名前はあるのだろうか?


「あの、お名前はなんというのですか?」


「アウルだ」


 アウル、OWL、日本語でフクロウ。うん、本当に一人称が『吾輩』だったら、『吾輩はフクロウである』じゃないか。


「それであの、アウル……さんは、どうして喋れるんですか?」


「それを言ってしまったら、君もどうして喋れるのかと問わなければいけなくなる。君が喋れるのは人と人だけだと思っているその常識こそが、そもそも間違いなのではないか?」


「それはえっと、喋れない人もいる……みたいな?」


「そういう話ではない。例えるなら、猫と猫は喋れるかもしれないし、犬と犬は喋れるかもしれないという話だ」


 確かにそれは考えられる話である。それはあり得そうな話だ。同じ種族同士なら、案外『ワンワン』と『ニャーニャー』であっても、会話が成立している可能性はある。


「ふむ、君はどうやら私とよく似ているようだな」


「どこがですか?」


 似ている所などそりゃ、探せばあるかもしれないが、僕はこんな風に偏屈な物考え方はしない。


「いや、あくまでこれは私の考えに過ぎない。犬と猫は似ているし、烏と雀は似ている。それは共通項目があるという意味でだ。犬や猫は、人間に飼育されている動物の中では比較的に多い種族という共通点があるし、雀や烏は野鳥の中では、街中や市街地でも見かける品種だ」


「はぁ……」


「そういう意味では、物事にはいくつかの共通点が大小関係なく存在していると言えなくもない」


 僕にはよく分からない事をアウルさんは言っている。というか、なぜアウルさんはこんな所にいるのだろうか?

 今更になるが、ここは僕の家である。正確には僕の家の庭にある木の上である。

 僕は結構高い所が好きなので、時々こうして木の上に登っている。

 まあ木の上と言えば、フクロウが居てもおかしくはない場所ではあるのだけれど。


「あの、アウルさん。どうしてこんな所にいるんですか? その、野生のフクロウとかなんですか?」


「確かに私は自分の食べ物は自分で確保している為、君の言う所でもあるのフクロウに該当するが、それを言うなら動物という生き物は、人間を含め、元は皆野生だろう」


 その通りだ。人が野生では無くなったため、新たに『野生』という言葉を作り、野生動物と、野生ではない動物と言う括りを作ったに過ぎない。

 動物にとって本来の姿は、野生の方が正解なのである。


「君は見たところいい物を食べていそうだな、毛並みは綺麗だし、健康そうだ。だが、自分で食べ物を確保する術は必要だ。どうだ、今度一緒にハンティングに行くか?」


 フクロウから、狩りに誘われてしまった。だがフクロウという鳥は、昔人と一緒に狩りをしていた歴史を持つ。

 音を出さずに飛行する翼に、高い聴力と、視力。まさに野生のハンターと言っても過言ではない。

 でも、僕にはそんな事をする必要は無いのである。なので、丁寧にお断りしておいた。


「そうか、見たところ君にもハンティングのセンスがあると思ったのだがな……」


「いや、そういう事をしたことはないので、ちょっと分からないです」


 そもそも自分の食べ物を狩りをして確保する––––なんて概念は、僕には当然のようになかった。

 サバイバルな考え方。もし無人島に遭難してしまったのなら、流石にそういうのは必要かもしれない。


「ところで君の名前はなんというのだ?」


「福郎です」


「そうか、通りで君と私は喋れたわけだ。お互い、文字通りだったというわけだ」


「いや、僕はフクロウではなくミミズクというらしいですよ」


 フクロウではなくミミズクなのに、僕の名前は福郎である。

 まあ、この名前を僕に付けた人はそんな事を気にするような人ではないし、人でなしでもない。


「◾︎、福郎、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎、ご飯◾︎◾︎ー◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ー」


 その人が、僕の名前を呼んでいた。優しい声色で僕を呼んでいた。僕によくご飯をくれる人だ。

 僕はその人の所へ向かうため、羽根を広げる。

 空を飛んでその人の肩に着地した僕に対し、アウルさんは「また会おう」と、どこかへ飛び立っていった。

 また会えたのなら、ぜひまたお喋りしたいものである。

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