オレと神様

柚城佳歩

オレと神様


「おめでとうございまーす!!アナタは栄えある666人目の挑戦者に選ばれました!」


いきなり目の前に現れたそいつは、自分は神だと名乗った。


「…え?は?」




気付いたらオレは見知らぬ場所にいた。

床も、壁も、天井まで真っ白。

ついでに言うなら目の前の自称“神”の服や目や髪の毛の色まで真っ白。

辺り一面目が眩む程に明る過ぎて、自分が今いるこの場所が広いんだか狭いんだかすらわからない。


こんな意味不明な出来事、現実な訳がない。

夢の中じゃあるまいし。ん、夢…?

そこでふと、これは夢だと思い至った。

しかもこれは自分で夢だと自覚して見ている夢、明晰夢というやつなんじゃないかと。

それじゃあ今この瞬間も、思い描いた通りに出来るんじゃないのか。


例えば、空を飛んだりとか。

高所恐怖症だから無理。


肉汁たっぷりの極厚ステーキをお腹いっぱい食べたりとか。

食べた事ないから味がいまいち想像出来ない。


好きな子と遊園地デートに行くのもいい。

つい最近その子に失恋したばかりだ。

しかも相手は小学校からのオレの親友だった。


はぁー…。

自分の夢の中なのに、夢も希望もないな、全く。

そう途方に暮れかけた時、何の前触れもなくそいつは現れたのだ。




「最近だぁれも相手してくれなくて暇なんですワタシ」


だから、ワタシとゲームをしましょう。

ルールは簡単。この部屋からの脱出です。

脱出方法はひとりしりとりで。

見事外へ出る事が叶えばアナタの勝ち。


しりとりなんかでどうやって外へ出ろと言うのかと思っていたら、まるで思考を読んだようなタイミングでしりとりについても話し始めた。


「ただのしりとりでどうやって外へ出ろと言うのか。そう思うのは当然でしょう。でもワタシが言ったのはただのしりとりじゃあありません。言ったものの姿になれるのです」


説明されたら余計に訳がわからなくなるとはどういう事だ。ポアンカレ予想か。

そう思いながらも他にやる事もないので、取りあえず一方的な説明を聞いているオレにはずっと気になっている事があった。


真っ白ヤローの新種の貝みたいな髪型とか、古風なんだかエキセントリックなんだかよくわからない服とか、果てはしりとりの特殊ルールまで。

全部どこかで見覚え聞き覚えがある気がするのだ。そう言ってやると


「それはそうでしょう。だってここはあなたの夢の中なんですから」


と開き直ったかのような言葉が返ってきた。

つまりその胡散臭い格好は、オレの記憶の中にある様々なものから少しずつ寄せ集めたものの姿らしかった。


「さて、話を戻しましょう。制限時間はそうですねぇ、5分でどうでしょう。5分で100個のしりとり!」

「無理だ!」


即座にオレは言った。

5分で100個って事は、単純計算で1つの言葉に対して3秒しか掛けられない。


「おや、計算は早いですねぇ」


そいつはちょっと驚いたように軽く目を見開いた。計算“は”って何だと思ったが、余計な事を言ってこれ以上難題を増やされたくないので黙っておいた。


「じゃあ今回はゾロ目特別ボーナスという事で3分で60個なんてどうでしょう!」

「さっきと変わってねぇ!」


またもやオレの即座の抗議に、不満そうに唇を尖らせていたが、無視だ無視。


「ふぅ…、仕方ないですねぇ。久しぶりのプレイヤーお客様ですから、超スペシャル特別ボーナスですよ。3分で33個!これ以上の譲歩はなしです」


3分で33個。中途半端な数字はさっきの“ゾロ目ボーナス”を引きずっているのだろうか。

1つの単語に約5秒。まだ難しい事には変わりがないが、これ以上の交渉は聞いてくれないだろう。

渋々その条件を受け入れた。


「他に何か質問は?」


質問も何も、そもそもこのゲーム自体参加したくないのだが。

だけどもしも。もし本当にこいつが神だったとしたら。これがただの夢じゃないのなら。


「…このゲームをクリア出来なかったらどうなるんだ?」

「さぁ、どうなるんでしょうねぇ?」


この質問にそいつは、意味ありげに口許を緩めて微笑んだだけだった。


「ここをただの夢の世界だと思っていると、きっと後悔しますよ」


ゾゾゾッと背中を冷たいものが駆け抜けた。


「さぁ始めましょう」


そいつがパチンと指を鳴らすと、周りの壁が外側に向けて一斉に倒れた。

辺りは一転、先の見えない真っ暗な世界で、床だけが変わらず白く光っていた。

その床の端が、闇に溶けるように音もなく消えていくのが見える。


「早くしないとアナタも奈落の底に落ちちゃいますよー?頑張って逃げてくださいね」

「おい待て。逃げろったってどこに向かえばいいんだ。肝心の出口の説明抜けてるぞ」

「そうでしたか。これは失礼。出口はあちらです」


指差した先を目で追うと、頭上の遥か上、ぽつりと小さな黒い点のようなものがあった。

呆然と見上げていると、再びパチンと指を鳴らす音がする。

今度は何もない空間に、大きな秒針付きの時計が出現した。あれで時間を計るのだろう。


「では今度こそ。最初の単語はベタにしりとりの“り”からにしましょうか。それではいきますよ!1ワン2トゥー3スリー!」


心の準備も整わないままに、ゲームが始まった。

もうこうなったらひとりしりとりでも何でもやってやる。

まず真っ先に思い付いたのがリンゴだった。ベタだ。


「リンゴ」


途端に身体が下に引っ張られる感覚がして、亀が甲羅に引っ込むみたいに、自分の手足が見る見る縮んでいく。


視界がとても低くなったオレの目の前に「どうぞ」と差し出される鏡。

そこにはスーパーや青果店で見慣れたリンゴが1つ置いてあった。


「…なんだこれ」

「最初に言ったでしょう。姿と」


確かにそんな事を聞いた気がする。でもまさか本物のリンゴになるなんて。


「気を付けてくださいね。しりとりを続けて33番目に言ったものの姿で出口あそこまで辿り着かなければならないのですから」


そいつはさも楽しげに笑った。

嘘だろ。そんな事言ったら難易度が跳ね上がるじゃないか。最後の言葉まである程度逆算しなくてはいけなくなる。


それでも最初は順調だった。

これも火事場の馬鹿力なのだろうか。

次々に単語を繋いで、時間にも余裕があるように思えた。

これなら最初の条件でもいけたんじゃないか、なんて一瞬でも考えた自分の頭を全力で叩いてやりたい。


残り時間20秒。集中力も途切れてきたのがわかるし、さっきから何度も同じ単語を言いそうになっている。今だって、何度目かの“ふ”から始まる言葉が思い浮かばずに足踏みをしていた。


だけど、これで最後だ。次で終われる。

今まさに悩んでいる単語こそが、しりとりの33個目なのだ。


ふと下に目を向けると、どんどん削れて小さくなっていく足場。

このままでは本当に落ちてしまう。

いくら夢とはいえ、あんまり痛い思いはしたくないなぁ。死にたくもないし。

あれ、でも夢占い的には死ぬのは良いんだったっけ。と、つい現実逃避したくなる。


「おい、お前神様なんだろ!何とかしろよ!」


無駄だと思いながらも、堪り兼ねて時計の近くに同じように浮かんでいるそいつに向かって叫ぶ。


「ワタシ、神は神でも疫病神ですから」


愕然とした。でもどこかで納得もした。

災いをもたらすもの。

気紛れで災厄に巻き込まれてたまるか。

はなから期待はしていなかったが、そいつに頼らず自力でなんとかする事にした。


ふ、ふ、ふ…“ふ”から始まる浮くものってなんだ!

風船?でもそれじゃあ真っ直ぐに出口に辿り着く保証がない。他に何か自分の意思で自由に飛べるものは…。


チッ、チッ、チッ、と秒針の音がやけに大きく耳に響く。それが余計に気持ちを焦らせる。


3さーん2にーぃ1いーち…」


「フクロウ!!」


バサッ。

オレはカウントダウンギリギリのところでフクロウに変身した。


両手、もとい両翼を広げて上下に動かす。

飛び方なんて知らないし、鳥って確か風や気流なんかを使ってもっと上手く飛んでたはずだけど、とにかく今は無我夢中で空を目指した。


ふわっと内臓が浮くような、あの下っ腹がぞわりとする感覚が一瞬あって、身体が浮き上がる。

そのまま高く高く舞い上がって風を切って飛んだ。

目線を下に向けると、ついさっきまでオレがいた足場がぼろぼろ崩れて落ちていくのが見えた。


「うわー、ほんとにギリギリセーフ…」


ここまでとにかく必死で、自分が高所恐怖症だった事をすっかり忘れていた。

でも今は全然怖さを感じられない。

むしろ、身体を撫ぜていく風が気持ちよかった。

このまま何処までも飛んでいられそうだ。


点のようだった出口も、近付くにつれ、その形がはっきりと見えてきた。

真ん丸の黒い穴。

まるでブラックホールに思えて、正直あの中に飛び込むなんて御免被りたい。

でも、ここから出るにはそれしかないのだ。


もう出口に差し掛かるという時、なんとなく気になって後ろを振り返ってみた。

疫病神あいつは元の場所から動かず、オレに向かって手を振っていた。


再び前を向いて、飛び込むように穴をくぐった直後。今度は落ちる、落ちる、落ちる…




「…っ!」


強かに背中を打ち付けた。

痛みに顔を顰めながら目を開けるとそこは、見慣れた自分の部屋だった。

いつもより少し天井が高く感じるのは、ベッドから滑り落ちたから。


「やっぱりあれは夢、だったのか」


のっそりと立ち上がり、洗面所へ向かった。

鏡の中には見慣れた自分の顔。


「…まぁ、変な夢ではあったけど、案外面白かったかもな」


お湯を出して顔を洗う。その時、水の流れる音に混ざってあいつの声が聞こえた気がした。


「またのご参加をお待ちしております」






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