第30章 後日談
最終話
――こうして、私利私欲にまみれた母さんの実家の人たちは全員捕まえられ、今は裁判待ちになっているらしい。
そして、父さんの実家……つまり、兄さんも幼少期に受けたほぼ軟禁状態の話やら今回の件でも何か絡んでいるのではないか……と、今は色々な噂がたって大変だったらしい。
でも、そこはさすがの兄さん。それらの話が俺の方にこないように上手いこと防波堤になってくれていた。
だから、兄さんが対処している話はせいぜい刹那や龍紀が話してくれる程度の情報しか入ってこない。
それに兄さんから「しばらくは、お互い連絡を取らない方がいい」という助言も受けたから、内心。かなり心配ではあるものの、俺は忠実にそれを守っている。
だからなのか、俺はおかげさまで、今も何気ない日常を送ることが出来ている。
「はぁ、一応。今年中には終わったからよかったよかった」
「そうだな」
「龍紀も生徒会の仕事が終わったら、今度は勉強と体術に目覚めたみたいだし」
「たまに千鶴に手合わせをしてもらっているみたいだな」
「うんうん。そして、最終的には……いいね! そうなったら!」
「……そうか」
なんて刹那はそう言って何やら一人で楽しんでいるが、当の張本人である龍紀も、実はまんざらでもないらしい。
まぁ、それは本人たち次第の話だから俺たちがどうこう言う話ではない。何にしても、本人たちが楽しそうならそれでいいだろう。
「あっ、そうだ。空ちゃんも最近学校に慣れてきたみたいなんだよね」
「……そうか」
星川空はあの日。
光に包まれ、その場で倒れたまま三日は目を覚まさなかった。そして、目を覚まして最初に言ったのは……俺たちに対する『謝罪』だった――。
まぁ、俺たちは今回の件のほとんどを知っていたし、なんなら俺は空の過去も少しは知っていた……というか、知ってしまっていた。
それに、彼女もまた被害者だったのだから『謝罪』は別に必要はなかった。
でも、空本人がそうする事によって報われるのなら……と、その日。俺たちは空が入院している病院へと向かった。
そうして語られたのは、空が今までどういった生活をしてきたのか……という事と、どうして俺にあの時あんな提案をしたのか……という話だった。
「私は……多分、止めて欲しかったのだと思います。こんな事は止めて欲しい。こんな事をしても誰も救われない……と」
俺たちよりも年下の女の子が出来る事なんて限られている。だから、助けを求めた。
しかし、あの状況で『カード』がバラバラに散らばったのは、多分。俺が母さんと父さんの息子だったからだろう……と空は言った。
どうやら、普通はあんな事は起きない。それどころか、あの儀式をやっている事すら気がつかないらしい。
それは、たとえ『力』の強い本家の人間でも出来ない事の様だ。
「だから、私はあなたに必死に提案した。かなり強引だったとは思います」
「……」
確かに、言われてみればかなり強引だったとは思う。
しかし、俺にも落ち度があったのは事実だ。それを考えると、いわゆる『お互い様』というヤツではないだろうか。
「で、空ちゃんは正式に俺の妹になりましたー」
そんな話の流れを遮るかのように、刹那はサラッととんでもない事実を口にした。
「え」
「は?」
当然、俺も龍紀も目を点にした。まさか本当に言っていたとは思いもしなかったのだ。
しかし、刹那の父親から聞いた話では、空は相当引き取られた家では冷遇されていて、今回の件でも『生け贄』とすら言われていたらしい。
ちなみに、今回の件でそれらだけでなく、家の不祥事も色々出て来ているらしく、とても空が戻れる状況ではないらしい。
「なんか、父さんも介した話し合いで空ちゃんはうちで引き取るのはすぐに決まったけど、色々変な提案された上に、その家のお姉さんやら妹さんやらすり寄ってきたみたいだけど、父さんはその態度に完全に怒ってさ。それで縁を切るって事ですぐに話を終わらせたみたい」
「そっ、そうか」
「……」
刹那の家は『病院』しかも、大きい。
「まぁ、その後日。テレビに出ていたのには驚いたけどね。汚職……だったかな」
だから、相手方が変な要求してくるのは目に見えていたが、まさかそこまでお金を欲しがるとは……空には失礼だが、本当に残念な家である。
でもまぁ、キチンと書類を介して手続きしたのだから、大丈夫だろう。それに「また下手な事をすれば、すぐに警察を呼んで裁判するだけだから!」と刹那のお母さんは笑っているらしいし、空をたいそう可愛がっているらしい。
「えと、お世話になります」
空はそう言って刹那に向かって頭を下げていたが、俺としては内心微妙だったのだが、兄さん曰く「僕の家……っていうのも考えたんだけど、そうなるとこれからの事を考えると……ねぇ」と、なぜか含みのある言い方をしていた。
この間から、一体みんなは何の話をしているのだろうか。教えてもらおうにも、少し呆れた表情をされるだけで教えてくれない。
どうやら「自分で気がつけ」という事らしいが……。
「でさ、今度は全員で天体観測に行こうよ。せっかくだから、場所は瞬と空が会ったあの場所で! いっ、色々一区切りがついたらさ」
「……そうだな。色々区切りがついたらな」
今回の一件が全てキレイに終わりを迎えるのはまだまだ先だろう。それでも、今回の事を経て、俺の中では色々な事に区切りが付いたように思う。兄さんの事にしても、両親の事についても……。
まぁ、俺の周囲の状況はかなり変わった。
そして、俺自身も変わった……と言われるが、残念ながら全くその実感はない。ただ、多少は人と話す事が多くなった様に感じる。
どうやらそれが、周囲の人たちには新鮮に写って見えるだろう。兄さんに言わせると、それはいい変化らしい。
「あっ、そうだ。そろそろ進路決めなきゃいけないんじゃなかったっけ?」
「ああ」
「どうするのさ」
「そうだな……。兄さんの仕事の手伝いはしたいと思っているから、そういう事が出来る大学……だな」
「ふーん」
「なんだよ」
俺が怪訝そうに聞くと、刹那は「なーんでもない」と意味あり気に答えた。
確かに、今までの俺では考えられなかった答えだろう。そもそも俺は、将来に何も感じていなかった。特に何かをしたい訳でもない。
だから「このままただ人生を過ごして行くのか」と、将来について話している同級生たちをただ眺めているだけだったのだ。
そこから考えると、確かに劇的な変化だろう……とは思う。ただ、刹那のこの言い方はいささか腹は立つが。
「じゃあ経済学とか経営学とかそういう系か」
「そういう事になるな。まぁ、学校が違ってもいつでも会えるだろ。今、刹那が志望校としてあげている学校は実家から通えるモノばかりだからな」
「まぁね。でも、俺はてっきり天文学とか勉強したいっていうのかと思ったよ」
「ははは、期待に添えなくて悪かったな。でも、趣味として天体観測とかは続けたいと思っている」
今回の事を経て、俺はさらに天体観測や星座に興味を持った。でも、それは俺自身が楽しめればそれでいい……それくらいでいいと思っている。
「あっ、そうなんだ。それに、今いつでも会えるって言ったという事は、瞬も今のいる家から通える範囲の大学を候補としてあげているって事だよね?」
「……まぁな」
ちなみに龍紀も、今いる自宅から通える範囲の大学を希望している。上手くいけば、全員実家から通えるというワケだ。
「そうなるように頑張らねば!」
「そうだな。今の刹那の成績、ギリギリだからな」
何が起こるか分からないのが『人生』というヤツだ。
それは、これから先だけでなく『今』もそうだ。察しが良い兄さんですら分からない。それが普通なのかも知れないが、俺は兄さんにはそれすら分かっていると思っていた。
でもまぁ、こんな事がいくら何が起きるか分からないとは言っても、この長い人生そうそう起きるとは思わない。
ただ、これからも今の様にこうして刹那や龍紀。兄さんや空。宗玄さん、千鶴や実苑さんと聡さんとみんな仲良く過ごしていければ……と、心の底から俺は願っている。
「分かっているって」
「ははは」
そんな事を考えながら、俺はふくれている刹那に向かって笑った――。
星を紡ぐ少女 黒い猫 @kuroineko
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