第5話


 ――そして、放課後。


「さて! これから探しに行くけど……」


 刹那はそう言いながら、後ろを歩いている俺たちの方を振り返った。


「はっ、はい……」


 その表情は『笑顔』である。


「ぶっちゃけ『ご予算』はおいくら?」


 刹那は笑顔のまま問いかけているが……その笑顔が少し怖い。


「……えっと、五万もいかなければいいかな……と」

「……」


 正直、俺は『人にプレゼント』を渡した経験があまりないから、下手な事は言えない。


 だが、あまりにも高価なモノを渡してしまうと、相手も困ってしまうのは……容易に想像出来る。


 でも、その『ライン』が果たして『五万』なのか……と、聞かれると、そこはやはり『人それぞれ』になってしまうのではないだろうか。


「なるほどね。でも、今朝見たとき、ジュエリーを買おうとしていなかった?」

「あっ、あれは……ちょっとした『参考』に……」


 なぜか健はそう言うと、小さくなってしまった様に見える。そんなに緊張するような事を刹那は言ったのだろうか?


「ふーん。まぁ、そのおかげで何となくの渡したいモノのイメージはついたんだけどさ」

「ん? そうなのか?」


 一体、どんなイメージを持ったというのだろうか。


「うーん。とりあえず……ショピングモールの雑貨屋から見ていくか」


 刹那は空を見上げながら小さくそう呟き、カバンを持ち直した。


「……そうだな」

「はっ、はい」


 俺は行った事がないが、そういった雑貨屋には比較的女子や女性が行きやすい。


 つまり『女子や女性が行きやすい』という事は『欲しいモノ』が見つかりやすいという事なのだろう。


 大体『欲しいモノ』というか『渡したいモノ』があるのであれば、その方がいい。


「ジュエリーショップと比べて安価だし、いいデザインも多い。選択肢が多いと悩む……っていうところもあるけど、この方がいいだろ」

「なっ、なるほど」


「…………」


 ――元々、刹那は結構マメな人間だと思う。


 それでいて察しもいい。別に、友人だから……という訳ではないが、調子にのりやすいところさえ直せばかなりモテる人種だとは……思う。


 ただ、それが悲しい事にそういった『悪い部分』というのはなかなか直らない。


「それで?」

「はい?」


「ジュエリーを参考にしていた……って事は、その人の欲しいモノがジュエリーに似た物って事じゃないかなーって、俺は思ったんだけど?」

「……確かにな」


 それならば、健の言っていた事も分かる気がする。


「あっ……その」


 ただ、なぜか健は言い淀んだ。


「ん?」

「どうした?」


「じっ、実は……あいつが『欲しい』って言ったのは……ジュエリーとかの『アクセサリー』ではないんです……と言いますか『アレ』は『物』というか……」


「……というと?」

「??」


 俺と刹那は健の言っている事が分からず、お互い首をひねってしまった。


「えと……実は、そのあいつが『欲しい』と言ったのは……この『雪』なんです」


「え?」

「は?」


「お二人がそうリアクションするのも分かります」


 健自身がそう言うという事は、直接本人からその事を聞いた……という事だろう。


「ん? ちょっと待て」

「……つまり、その子がそう言ったという事はひょっとして……」


「……はい。あいつは物心がついた頃からずっと病室で生活してきた。本人はそう言っていました」


「……」

「……」


 それは、つまり俺たちがごくごく一般的に『普通は知っている』とされている事も知らない可能性がある。


 そういう事を意味している様に感じた。現に彼女は『雪』というモノを知らない様だ。


「雪を病室から見る事はあっても直接触れた事がないらしく、本物の雪を触れてみたい……と」


 俺たちからすれば「そんな事」で話がすむ。


 だが、彼女の場合は「そんな事」が『大事』に発展してしまう危険性を秘めているというなのだろう。そうでなければ、そんな事を『願う』必要もない。


「うーん、ちなみにその『彼女さん』がいる病院って……どこ?」


「なっ、彼女……って」

「いや、刹那はそういうつもりで言ったわけじゃないから反応しなくていい」


「ん??」


「あっ、すみません」

「気にするな」


 どうやら健は『彼女』という単語自体に敏感になっている様だ。


「それで? どこにいるの?」


「あっ、はい。確か『宮ノ森病院』です」


 健のサラリと言った病院名に俺たちは思わず固まった。


「え……」

「マジか」


「……? はい」


 ただ、健はどうやら刹那がその病院の医院長の息子だという事は知らないらしく、不思議そうな表情を浮かべている。


「はぁ、そっかぁ。それで小さい頃からずっとその病院で入院生活を送っている訳ね」

「はい」


 刹那としては「ここは黙っておくべきだ」と思ったのか、あえて自分の事は口にせず、話を続けた。


「ところで思ったんだが」

「ん?」


「何も難しく考えずに普通に病室に持っていけばいいだろ。クーラーボックスに入れるなりして」

「あー、それは難しいかも」


「なぜだ?」

「多分それ、みんな考えたんじゃないかな。でも、出来ていないって事は何かしらの制限がかかっているのかも知れない」


「……」


「そうか、なるほど」

「うん」


 自分の姉も色々苦労をしてきた。だからこそ、その答えが出るのだろう。現に、健も俯いている。


「そうは言っても、欲しいモノが分かっているのならそれが一番いいよね」

「……さっきまで『考えたっていう気持ちが大事なんだよ』とか言っていなかったか?」


「でも、やっぱり欲しいモノをもらった方が嬉しいじゃん。それに、俺が言ったのは『欲しいモノを知らない』っていう前提があっての話だから」

「…………」


 確かにそうかも知れないが……なぜか解せない。


「まぁ、その『雪』に関しては任せてよ。どうにか出来るかもしれないから」

「え、任せる?」


「うん。それでもしどうにも出来そうになかったら、その時は『アクセサリー』とか別の方法を考えよう」


「え、でも……」

「……まぁ、大丈夫だろ。それに、その『アクセサリーを買うためのお金』はまた別の機会のためにとっておけ」


「そうそう……という訳で、今日はこのまま解散!」


 刹那が元気よくそう宣言する様に言うと、健は困惑したような表情だったが、すぐに「はっ、はい!!」と言って帰って行った。


 いや……もう本当に、同級生と大喧嘩をする様には見えないとても素直な子である。

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