第4話


「あれは……」


 一体何だったのだろうか。違和感があったのには間違いない。でも、あの『感じ』は……。


「おーい。はぁ……瞬っ!」

「うぉ! びっくりさせるなよ。刹那」


 ふと気がつくと、目の前にはいつ現れたのか刹那がいた。


「何度も呼んでいるのに反応しない方が悪い」

「……」


 その通りである。


「それより、どうかしたのか?」

「いや……別に何も」


「何も……って感じじゃないけど」

「……いや、本当にたいした事じゃない。それにコレはどちらかというと俺の気のせいって可能性もある」


 だからこそ、安易に口に出せない。


「その言い方だと……もしかして『カード』関連?」

「……」


 まぁ、大体の事情を知っている刹那であれば、簡単にあの『カード』という事に行き着くだろう。


「……俺も最初はそうかと思った。だが、今回のはちょっと……違う。いや、なんか妙だ」


「妙?」

「ああ、なんというか……何か邪魔をされている……そう感じる」


 そう、まるでもやでもかかったかの様に、その実体が見えない。しかも、意図的に……。それに、なぜか『懐かしさ』も感じる。


「……それって一体」

「……」


  俺たちが首をひねっていると……。


「あっ、瞬。刹那!」


「おう、龍紀」

「ヤッホー……って、何だよ。この大量のプリントは」


 目の前には大量のプリントを持った龍紀が現れた。


「ああ、コレは今度の全校集会で使うプリントだよ。さすがに全校生徒分ってなると、どうしても多くなるさ」

「……いや、それ以上に重いだろ」

「うん」


 俺たちの学校では『全校集会』が毎月一回行われる。


 ちなみに『生徒会』は年に二回行われる『委員会』の活動方針、活動報告などの発表には参加せず、この『全校集会』に参加しているのだ。


 理由は……学校行事の大部分に関わっているから……という事らしい。


 ――本当に、大変だな。


「そんな事より、今朝は俺の後輩が世話になったな」

「後輩? でも、部活には入っていない……って」


「ああ、あいつは中学の後輩。高校でも部活には入りたかったらしいが……まぁ、色々あって……な」

「……そっか」


 龍紀の悲しそうな表情を見れば、なんとなく『良くない事があったな』という察しがつく。


「ああ、それに仲のいい友達の事を弄られまくって最終的に大げんかになった……なんて事もあったらしい」

「そんなに!?」


 大人しそうな見た目に見えたが、意外だ。


「その時、俺が止めに入って事情を知ったんだが……確かにあれは、ちょっと弄ったとかじゃないな。暴力はいけないが」

「…………」


 なるほど、だから頑なに同級生に相談するのを嫌っていたのか。納得。


「何かあったらまた頼ってくれ……って言っていたんだが、俺も何かと忙しくてなかなか時間がな」


 龍紀は申し訳なさそうな顔をした。


「まぁ、それは仕方ないと思うよ。龍紀はいつも忙しいから」

「……だな」


 俺たちも龍紀の忙しさは知っている。だからこそ「仕方ない」と言えるのだ。


「でも、え? じゃあ、そのたけるに俺たちのこと教えた?」

「いや? 言っていないはずだけど……まぁでも、よくここには来ているから、俺がよく話している姿を見てなんとなく知ったんじゃないか?」

「そんなモノか?」


「それに元々観察力のあるヤツだから」


「ふーん」

「そうか」


「ああ、っと……そろそろ行かないとな」


「ああ」

「うん」


 そう言うと、龍紀は「じゃあ、あいつをよろしく。何かあったら言ってくれ」と言って、大量のプリントを生徒会室へと運びにいった。


「……」

「……」


 俺と刹那はしばらく黙っていた。


「大喧嘩……ね」

「いや、刹那も言っていたがそんな事をするヤツには見えなかったがな」


「よっぽど大事って事なんじゃない? 人間、何がキッカケで怒るか……なんて分からないし、人それぞれだし」

「……まぁな」


 意外と温和そうな人が怒ると怖い……。


 なんて事はよくある話で、そういう人には『限定的』に「ここ!」という沸点のポイントがある。


 健の場合は、プレゼントを贈ろうとしている『友人』だったのだろう。


「でも、何を言ったらそこまで怒るんだろうね」

「さぁな」


 龍紀の話では「俺が聞いても言い過ぎだ」と言っていたのだから「ただの冗談」で済まされない事を言ったという事だ。


「ましてや相手は『女子』みたいだしな」

「そうだねぇ」


 そんな中学時代の苦い思い出もあってか、健は『冷やかし』や『いじり』が相当苦手な様だし、言動には細心の注意を払った方がいいだろう。


「でもそれなら尚更の事、プレゼント選びは慎重にしないと……」

「ああ、ただ……」


「ん?」

「どうせならその本人が欲しいモノを渡してやった方がいいんじゃないか?」


 その方が確実なはずだ。相手が誰であれ最初から「欲しい!」と分かっているのであれば、準備をする方も比較的楽になる。


 ただ、それはもちろん。自分で準備することが出来ると分かっている場合に限るのだが……。


 聞くだけ聞いて、準備が出来ません……という状況になり、相手を悲しませてしまう……という可能性も秘めている。


 だから、コレは『一種の賭け』とも言える方法ではあるのだが……。それでも、返答に困る『プレゼント』よりはまだいいのではないだろうか。


「はぁ……分かっていないな。瞬」


 しかし、刹那の反応を見た限り、どうやら俺のこの考えは間違っているらしい。


「何がだ」


「そこは『自分のために頑張って選んでくれた』っていう気持ちが、大事なんだよ」

「そう……なのか?」


 俺としては、欲しいモノをもらった方が嬉しいのだが……刹那の口ぶりから察するに、それはどうやら違う様だ。


「でも、まずは本人からいくつか候補を聞かないと……」

「……そうだな」


 それこそ『予算』など……というより、そもそも『予算』を聞かないとこちらも選びようがない。


 ただ……刹那の言う『気持ち』が大事なのであれば、正直なところ『お金』なんてあまり関係ない様に思えてしまう……。


 いや、もちろん。その相手には『プレゼント』を渡している時点で『気持ちは伝わっている』とは思うが……。


「……」


 でも、今。それを言うと余計に話がややこしくなりそうだったので、俺はあえて口をつぐんだ。

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