第4話


「……それでは想様」

「うん、後は任せた」


 宗玄さんは兄さんの言葉に「はい」とだけ言うと、気絶したままの聡さんを車に乗せ、どこかへ行ってしまった。


「……はぁ、全く。逃げた人を追いかけてきたら、まさか襲われている弟に出会うなんてねぇ」

「逃げた?」


 兄さんとしては独り言のつもりだった様だが、耳の良い刹那はその言葉を聞き逃さなかった。


「……どういう事ですか?」


「ん? あっ!」

「どういう事ですか? 何か知っているんですか?」


「…………」


 刹那の矢継ぎ早な質問の欧州に、兄さんにしては珍しく「うっ、えと……」なんて言いながらうろたえている。


 いつもであれば逆の立場になりがちなだけに、意外と兄さんは『責められると弱い』という事が分かった。


 しかし、なぜ兄さんはここまで言い淀むのだろうか……。


 俺としてはそこまで言いにくい事でもなさそうだし……なぜか兄さんが俺の方をチラチラと様子を窺っているのか……という事も気になる。


「はぁ……」


 兄さんは本当に「仕方がない」という表情で、小さなため息とともに下を向き……。


「仕方がない、ちゃんと説明するよ」


 そう言って俺たちの方を見た。


「説明……ですか?」

「うん、なんで僕がここにあの人を追って来たのか……とか」


「……」

「君たちが帰った後、何があったのか……とかね」


「…………」

「…………」


 確かに兄さんは俺が帰る時、兄さんはついて来なかった。


 まぁ、兄さんだって働いている『社会人』でなおかつ『社長』である。だから忙しいのは知っているのだが……。


 俺としては、兄さんがついて来なかったのは、意外だと思った。いつもであれば、喜んでついてきそうなモノなのに……と思っていたからだ。


「まぁ、とりあえず場所を変えよう。ここは……寒い」


「……分かりました」

「了解です」


 俺たちはそう言って、歩き出した兄さんの後について行ったのだった――。


■  ■  ■  ■  ■


「さて、話を始める前に……」


 兄さんはなぜか刹那の方をチラッと見ている。


「……?? 何か?」

「いや、こんな時間だからさ。ご家族の方が心配するんじゃないか……って、瞬はともかく」


「…………」


 ここで俺の名前を出すあたり、本当に兄さんはさすがだ……と思う。本当に、兄さんは俺を絶妙にイラッとさせる天才である。


「あっ、大丈夫です。ここに来る前に軽く連絡しておきましたから」

「……」


 いや『軽く連絡』って、なんだよ……なんてツッコミを入れたい気分だが、ここはグッと堪えて我慢しよう。


 ――話が進まない。


「それで、わざわざ場所を近くのファストフード店に移したって事は、ある程度時間がかかると判断したから……という事でいいのですか?」


「ああ、まぁね。ただ、あの人がなんで『あの本』を探していたのか……って事は知らないけど」

「……本?」


「…………」

「え、あっ……もしかして、刹那君は知らないんだっけ?」


 刹那の様子と俺の沈黙から兄さんはすぐに察したようだが、もう遅い。


「…………」


 それにしても、さっきから兄さんらしくない失敗ばかりだと思う。それとも、コレが普通なのかも知れないし、今は仕事じゃないからなのかも知れないが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る