第3話


「えっ……」


 俺は本能的に後ずさりをしながら逃げていたのだが……何分、今は雪が降っていなくても、積もってはいる。


「うぉ……っ!」


 つまり、雪に足をとられやすい……という事だ。


「――――」


 しかも、聡さんは何やらブツブツと小さく呟いているから、とにもかくにも怖い。


「瞬!」


「……っ!」


 刹那の声は俺の耳に届いているのだが、当の刹那も俺と同様で雪に足をとられて上手く動けない様だ。


 ただし、俺も刹那も動きにくい……という事は、当然聡さんにもいえる事で……。


 何とか聡さんから一定の距離は取れている……。


「ん?」


 しかし、危険な状態には変わらない……と感じていると、俺は何やら聡さんの手元に『光るモノ』が握られている事に気が付いた。


「…………」


 ただ『包丁』にしては小さ……かなり小さい。


 それは俺がついさっきまで聡さんが『刃物』を持っているなんて気が付かなかったほどだ。


「うぉっ!」


 でも、そんな観察をしながら……なんて事をしていると、どうしても注意力は散漫になってしまう。


 つまり何を言いたいかというと……俺は、雪に足をとられ、その場で転んでしまったのだ。


「っ! 瞬っ!」


 刹那が俺を呼んでいる――。


「……」


 しかし、それに答える暇もなく、聡さんは俺に向かって走ってきている。俺は抵抗も出来ず、その場で固まっていると。


「あぁっ!」


 もはや言葉にもなっていない叫び声と共に、その刃が俺に向かって振り下ろされ……。


「っ!!」


 ――――なかった。


「??」

「えっ?」


 すぐにくるはずの衝撃も痛みも……何もなく、思わず閉じた目を開けると、そこには……。


「っ……! ぐっ……」

「…………」


「そっ、宗玄さん……」


 宗玄さんが、俺に振り下ろされるはずだった刃……だけでなく、聡さんの拳ごと押さえつけている。


「……」


 そして、押さえつけいた手の力をスッ……と抜いた。


「……なっ!」


 突然力を抜かれた聡さんの体が前かがみになった瞬間を狙った様に、宗玄さんは自分の拳を固く握りしめ……。


「っ!」


「……許せ」


 体制を崩した聡さんの開いた腹部に……宗玄さんは思いっきりその拳を叩きこんだ。


「……」


 宗玄さん自身、こういってはなんだが、結構お年をめしている。だが、武術……体術という事に関しては、かなりの腕だ。


 俺も昔は少しだけ教えてもらった事がある。だから、俺は何度かあの拳を受けた事があるのだが……。


 今のを見て分かったのは……あの時、宗玄さんはかなり手加減をしていた……ということを知った。


「……ッ……クソッ」


 そして、聡さんはそう小さく言い残し、待ち構えていた宗玄さんに抱きとめられ、気絶した。


「えっ、あの……どうして宗玄さんが?」

「……想様のご命令、および判断です」


「命令……ですか?」

「はい」


 宗玄さんがそう言ったすぐ後――。


「しゅーん!」

「あっ、刹那……と、兄さん」


 心配そうに近づいてくる、刹那……と兄さんの姿が見えた。


「僕はついで……と、うん。安定した扱いをありがとう」


 そして、兄さんは俺が「ついで……」という感じで言葉を区切った事に対し、小さく愚痴をこぼしつつ現れた。


「……」


 本人は『独り言』のつもりだったのだろうが「俺の耳にはバッチリ届いていましたよ……」なんて、あえて言葉にはしない。


 一応、そんなに小さな子供じゃないから……と、心の中でそう呟いた。

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