第6話


 勉強会を終え、無事雨宮さんの伝言を伝えた俺は、達成感に満ち溢れて……なんていなかった。


「…………」


 まさか二人そろって「見覚えがない」と言われるのは、正直計算外だった。


 そもそも刹那はあまり図書室を利用するタイプではない。でも、朝早くに来ては図書室で勉強している事もある。


 特にここ最近は、三年生の雰囲気もあってかより一層勉強に熱が入っている様に感じるくらいだ。


 それに、龍紀は『見えない』から仕方ないとしても、刹那は『見える』人間だからてっきり……。


 いや、本当に見覚えがあればもっと早く言ってきているだろう。


 それに、俺が『カード』を探している事やその『カード』が星座に由来するという事も知っている。


 だったら刹那の事だ。逐一俺に報告してきてもおかしくない。


 そうなると……俺が見たものは『偶然』だったのだろうか。しかし、それにしては俺が見たときは『毛』の様なモノまで見えたのだが……。


 あれも『見間違え』だったという事になるのだろうか。


「……」


 なんて考えていると、家の近くにある神社に見覚えのある姿が見えた。


「…………」


 ここでの選択肢は二つだ。声をかける、もしくは……かけない。


「……」


 通常の俺であればこの場合は選択肢なんて存在しない。それこそ『声をかけない』の一択だ。


 しかし『彼女』ならば俺が図書室で見た『動物』に関して何か知っているかも知れない……なんて、淡い期待をしてしまう。


「つーか、相変わらずタイミングのいいやつだな」


 本当に、それは毎回思っている。


 それくらい星川空が現れるタイミングは、いい……のだが、なぜかそのタイミングの良さがかえって、俺に新たな疑問を与えてしまっている……という事を彼女自身は知らない。


「あっ」

「……」


 ただまぁ、俺が『声をかける』前に空が俺に気が付いたから、ここは三つ目の選択肢という事にしよう。


「こんなところで何しているんだ?」

「……お参り」


「初詣も完全に過ぎたのにか?」

「別に初詣じゃなくてもお参りはする」


 確かに、特に行事じゃなくてもその神社などに行けば、大体はお参りをするモノだ。間違ってはいない。


「……それよりも、どうしたの?」

「何がだ?」


「何か考え込んでいる様に見えたから……」

「……!」


 そう空に指摘されて俺はハッとした。


「そんなに……表情、出てたか?」


 俺は今までどんな顔をしてここまで歩いてきたのだろうか……と。


「私はそう思った。でも、普通の人はそんなに気にしない」

「……そうか」


「それで、何を考えていたの?」

「ん? ああ、実は……」


 空に尋ねられ、俺は図書室で偶然見かけた『動物の様なモノ』について話した。


「パッと見た感じは『動物』だと思ったんだが、学校の……しかも図書室でそんな『動物』がいるはずがない」

「それに、二人とも見覚えがない……と」


「ああ、言われてみれば確かに、俺がそれを見たのは『雨宮さんと話していた時だけ』だ。それ以外では確かに見たことはなかったんだが……空は分かるか?」


 そう俺は逆に空に尋ね返した。


「……思い当たる『星座』が一つある。それと、その『カード』がどの人の周辺にいるのかも」

「分かるのか? どの人って事も」


「うん……。でも、なんで分からないの?」

「は?」


「なんでどの人の周辺にいるのか分からないの? 今、自分で言ったのに」

「…………」


 怪訝そうな顔で空は俺の顔を見ている。


「いや、今自分で……って、あっ……」

「分かった?」


「まさか、雨宮さんか?」

「はぁ……」


 空は「ようやく分かったの?」という呆れの表情とともに、小さくため息をついた。


「いや、そもそもあの場にはたくさんの人がいた。それに、雨宮さんだから……」


 そう俺は言ったが、言われてみれば、雨宮さんの様子がおかしかったのは、龍紀や雨宮さん本人が証言している。


「それで、多分その『星座』なんだけど……」

「サクサク話を進めるんだな」


 空はそんな俺の言葉……というか気持ちなんて気にせず、何事もなかったかの様にサッサと話を進めたのだった。


「多分、偶然見たというその『動物の様なモノ』は『おおいぬ座』だと思う」

「おおいぬ座って言うと、あれか? 冬に見ることの出来るっていう……」


 俺の記憶が正しければ、冬に見ることが出来るという事と、あとは……由来が多く存在している。


 ――それくらいか。


「うん、それ」

「でも、由来が結構ある……とか書いてあったはず」


「うん、おおいぬ座には由来がたくさんある」

「じゃあ、一概に『おおいぬ座』とは限らないじゃ……」


 それだけ由来が多ければ、雨宮さんの近くにいる理由が余計に分からなくなる。


「ただ、その中でもおおいぬ座の元になったとされているのは優れた猟犬で、駆けるのも大変速く、どんな獲物も決して逃さなかったと言われていて、中でも、もっとも速いキツネを捕まえたことから、星座として天に上がったと伝えられている」

「……つまり」


 今の雨宮さんは『受験生』だ。


 だから、数多くある由来の仲でこの『由来』のために雨宮さんの近くにいるのであれば……。


「獲物を決して逃さない……と言うことは、失敗することはない……と、とらえていいのか?」

「多分……」


 それに、今の勝幸さんは随分落ち着いている。


 ただ、龍紀が会った時はタイミングが悪かったのだろう。獲物を得るために必死に追いかけている途中だったのだから。


 でも、龍紀はそんなの分からない。タイミングが悪かった……と言ってしまえばそれまでだが、龍紀も雨宮さんも決して悪気があったわけではない。


 言い方はあれ、なのだが「ただ、二人はすれ違っていた」だけなのだろう。


「そういえば、最近分かった事があるんだが」

「??」


「いや、この『カード』って、言い方はあまり良くないかも知れないが、自分の気が済んだら、自分から戻るんだな」

「…………」


 それはまるで……この『カード』自身が何か『意思』を持っている様にも感じるほどだ。


「そう……ね」


 俺がそう言うと、空は何か含みのある言い方をした。


「どうかしたか?」

「ううん」


 その言い方に若干の引っかかりを俺は覚えたが、本人が「なんでもない」と言う事を深く追求するのは……あまりよくはないだろう。


 誰にだって、深く聞かれたくない事はある。


「あっ、そういえばコレ……」

「え、二枚も? どうしたのコレ」


「まぁ……ちょっと……な」

「…………」


 俺も含みのある言い方をしてしまったが、空自身もついさっき似たような事をした後ろめたさがあったからなのか、それとも本当に気にしていなかったのか、特に深くは聞いてこなかった。


「……」


 それに、俺は同じくカバンに入れていた『あの古びた本』もあえてこの時、空の前には出さなかった。


 ただ「なぜ?」と聞かれても、答えられない。


 そう、ただ……ただ「今はまだ出すべき時ではない」そんな気持ちが、一瞬過ぎり、空の前に出そうした手を自分で止めたのだ。


 本当に、俺としても「なぜ?」とは思う。


 空は俺以上に『カード』を知っているであろう人間だ。それならば、この本についても何かしら知っている可能性は十二分にある。


「……」


 結局、俺は自分自身が分からないまま、新な『カード』を手に入れ、空のどこか嬉しそうな表情を見ながら「また今度でいいか……」と思うのだった。

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