第5話


 雨宮さん教えてくれた話の大筋は、龍紀が話してくれたのとほぼ一緒だ。そこに相違はない。


「一通り話を聞いた後、俺はその『頼まれ事』を預かった……というわけだ」

「そんな事が……」


「まぁ、本人もそんな態度を取るつもりはなかったみたいだ」

「そっか」


「でもさ、それってわざわざ龍紀が話さなくても瞬はその話をしていた……って事だよね?」


「……!!」

「はぁ……」


 突然、龍紀の隣から聞こえてきた声に俺たちはその場で固まった。


「……刹那、せめて部屋に入る時はノックをするとか、戻ったとか、飲み物入れたとか……何かしらワンクッション入れてくれないか?」

「なんで?」


「普通に驚くから、龍紀なんて見てみろ、驚いたまま固まっているだろ」

「えー、ちゃんとノックしたのになぁ」


「それなら、気づかなかった俺たちが悪いが、今度はもっと俺たちが気づくくらいで頼む」

「そうしたら、今度は『うるさい』って言うのがオチだと思うけど」


 なんて憎まれ口をお互い言い合っていたが、刹那の意見もごもっともである。


「そっ、それはそれとして」


「ん?」

「何?」


「あの、雨宮さんはなんて?」

「ん? ああ、そうだった。雨宮さんは……」


 俺は雨宮さんとの話を思い出しながら、話を続けた。


『多分、俺は疲れていたんだと思う』

『疲れていた……』


『うん、毎日必死に勉強していて……自分の中じゃいっぱいいっぱいになっていたんだと思う』

『…………』


 自分大好きで、自分に自信を持っている雨宮さんですらこの状態になるのか……と俺はその話を聞いて驚いた。


「えぇ、そんなに大変なのかぁ」

「まぁ、それは人によってはそこまで大変じゃないって人もいるだろうけどな」


「そういえば雨宮さんから聞いた事がある。雨宮さんの家は入学する大学が最初から決まっている……と」

「最初から?」


「でも、その大学より偏差値が高ければ高い方を受けられるらしいとは言っていたけど……」

「それよりも偏差値が低い場合はいくら本人が行きたいと言ってもダメって事?」


 刹那は驚いた表情でそう尋ねたが、龍紀も雨宮さんから「聞いた話だから」とは言ったモノの……多分、そうだろう。


「確か雨宮さんの家は……」

「ものっすごいお金持ち」


「いや、そうじゃなくて……だな。もしかして、家の関係でそうなっているのかって話だよ」

「あぁ」

「確か、昔の話だけど雨宮さんの父方の……誰かがお医者さんで、その人の出身校だったから受ける様になった……とか」


 雨宮さん本人がどう思っているのかは分からないが、ただその話だけを聞くと……何となく微妙な気持ちになる。


『龍紀と別れて、家に帰ってからすっごく反省した。いくら疲れていたとは言え、俺らしくもない……と』

『……』


 雨宮さんはずっと必死に頑張っていたのだろう。それに対して龍紀の「頑張れ」という言葉は……雨宮さんにとって悪く聞こえてしまった。


「ここまで必死に頑張っていた雨宮さんにとって、龍紀の言葉は『もっと頑張れ』という風に聞こえたんだろうな」

「でっ、でも龍紀は……」


 もちろん、龍紀はそんなつもりで言ったわけじゃない。それは雨宮さんもよく分かっている。


『君には龍紀に「雨宮が謝っていた」と伝えておいてほしい』


 だから、雨宮さんは俺にそう言ってきたのだと思う。


「俺に……?」

「ああ。もちろん、試験が終わってから改めて言うつもりだとも言っていた」


「そんな、俺は……そんなつもりじゃ」

「まぁ、その気持ちは分かるけど、雨宮さんも言わないと気が済まない感じがするけどねぇ」

「……」


 まぁ、それは俺も思う。 それに、龍紀だって元々悪気があったわけではない。ただのすれ違いだったのだ。


「まぁ、何にせよ。よかったじゃないか、雨宮さんも怒っていた訳じゃないし、むしろ反省していた」

「そうだよ、もう気にしなくていいじゃない?」


「……そう、だな」


 龍紀さんは少し戸惑いながらもそう言って笑った。


「あっ、そういえば……」

「ん?」


「図書室に『何か動物』って見たこと、ないか?」


 俺は図書室で見かけた『動物の様なモノ』に見覚えがないか尋ねたが……。


「えっ?」

「??」


 どうやら二人とも見覚えがないのか、二人揃って顔を見合わせ、首をひねっているところを見ると……どうやら見覚えはないようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る