第4話


 たとえば、普通に休日を過ごしていて偶然知り合いに出会った場合、大抵の人はどういうリアクションをするだろうか。


 ちなみに俺の場合は、相手が話しかけてこない限り自分からは声をかける……なんて事はしない。


 それは、その相手も休日を謳歌している最中だから……というのが、一番の理由である。


 もちろん、俺が気づいた場合はそうするが、逆の場合……相手が先に俺に気が付いた時は、その人次第だ。


「…………」


 しかし、ここは学校である。


 それに、実は少し『気になっている事』もあったため、俺は珍しく……本っ当に珍しく、自分から声をかけようと思った。


 ――ただ、いざ声をかけようとして、俺は一瞬戸惑った。


「…………」


 どうしてか……。


 それは俺が声をかけようとしている『人物』である『雨宮さん』が何やら不思議な行動を繰り返していたからだ。


「何しているんだ……?」


 雨宮さんは本棚に入っている本を適当に取っては入れ、取っては入れを繰り返している。


 ただそれだけなら何もおかしくない。


 しかし、雨宮さんは取り出したその本を一瞥して元に戻している……というわけでもなく、ただ取っては入れを繰り返しているだけ……。


 まぁこれを行っているのが図書委員なら、整理のために……tかで、そこまで変には見えないのだだろう。


 でも、それをしているのが、委員会活動のない三年。しかも、元生徒会会長となると、やはり不思議な光景に見える。


「あの……」

「ん? あれ、君は……龍紀が倒れた時に話した……」


「瞬です。天野瞬」

「あっ、瞬くんね」


 人と言うのは本当に忘れやすい。


 毎日顔を合わせていれば、間違える……なんて事はないだろうが、関わりというか『接点』がそこまでなければ、すぐに忘れる。


 それもまぁ、人によりけりなのかも知れないが、違う学年で部活動もしていなければ生徒会の役員でもない。


 でも、顔を一度見て思い出してくれたのだから、やはり雨宮さんは記憶力がいいのだろう。


「……ん?」

「??」


 一瞬だけ『何か』が俺の足元を通り過ぎたような気がした。


「いえ……何も」

「そう?」


 しかし、それの姿は俺が確認する前にサッサと走り去ってしまい、結局『何なのか』分からず仕舞いになってしまった。


 ただ、一瞬走り去った時の『毛』の感じから、何か『動物』ではないか……という事は分かったのだが、詳しい事は分からない。


「えと、雨宮さんもここで勉強ですか?」

「うん? ああ、まぁね」


「……そうですか」

「おっ? 意外に見える?」


「いえ、全然。むしろ、その勉強に勤しんでいる自分に酔いしれてそうです」

「……君が、俺に対してどんな印象を持っているのかなんとなーく分かったよ」


 そう言って雨宮さんは、苦笑いをした。


「……違いますか?」

「いんや、違わない」


 ただ、俺がそう問い返すと、雨宮さんは真顔でそう答えた。


「…………」


 本当に、この人はそういうところでブレる事がない。それはもう「さすが」の一言である。


「それにしても」

「はい?」


「いやさ、君がここに来た理由は教師に頼まれ事をされたからって事は分かるよ」

「えっ、あっ……はい。そうですけどって、なぜそれを?」


 それが分かったのだろう……と、驚いた。だが、雨宮さんはおもむろに受付の方を指さした。


「ここから受付の様子、見えるんだよね。だから、さっきの様子を見ていれば何となく分かるよ」

「あっ」


 さすがに会話の内容までは聞かれていなかったようだが、普段図書室を利用しない人間が来る理由としては、比較的ありがちな話である。


「でも、俺は君がここにいるって事の方が意外だなぁと思ったよ。だって、君って目的がなければ基本的に『ドライ』だと思っていたからねぇ」

「まぁ、クラスメイトなら多少は雑談もしますよ。これでも」


 ただし、コレが『女子』だった場合は話が変わってしまうが、わざわざ言う必要はないだろう。


「これでも……か」

「はい」


「でも、そんな君は多分。普段であれば俺の姿を見ても『あっ、雨宮さんがいる』とは思っても、基本的には声をかけるタイプではないと俺は思う。それなのに君は俺に声をかけた」

「…………」


「それは君が俺に何か『用件』があったから……違うかい?」

「…………」


 そう言っている雨宮さんのドヤ顔ぶりに若干の苛立ちを感じつつも、その的確な指摘は純粋にすごいと思う。


 ただちょっと『ナルシスト』の度が過ぎた表情はイラっとしてしまうが。


「どうだろう?」

「……いえ、おっしゃる通りです」


「ただ、俺としてはその『理由』までは分からない。一番肝心なところだとは思うんだけどねぇ」

「…………」


 雨宮さんはそう言ってこちらの方をチラッと見た。


 しかし、自分大好きな『ナルシスト』の雨宮さんにとって口では「一番肝心」と言っているが、


 多分。あまり気にしていない。ただ、自分自身が関わっているから無下にも出来ない……そんなところだろう。


「……実は、ちょっと俺と同じクラスの……生徒会会長の龍紀の様子が変だという話がありまして」


 雨宮さんには『俺と同じクラス』と言うよりも『生徒会会長』と言った方が分かりやすいはずだ。


 だから、俺はワザと言い換えた。


「龍紀? そういえば君は龍紀と同じクラスで『友達』だっけ?」

「友達……まぁ、そうですね」


 さっきも『同じクラス』と言ったはずだが……まぁいい。


「龍紀の様子がおかしい……って、もしかして『あれ』か?」

「あれ?」


 考え込むような表情をしていた雨宮さんが、ふとそんな事を口にした。


「ねぇ君さ、一つ頼まれてくれるかな?」

「頼み事……ですか?」


「うん、教師の頼みごとが終わったばっかりで悪いんだけどさ」

「……」


「まぁ、その『頼み事』って言うのは『龍紀に伝えて欲しい事がある』って話なんだけどさ、その前に君に話しておくことがある」

「俺に……ですか?」


 それは一体なんだろうか。


「うん、どうして龍紀の様子がおかしいのか……そうなった経緯を……ね。いや、コレは本当にただただ俺が情けないだけって話なだけなんだけど、俺に思い当たるのがそれだけだからさ」


 頬をちょっとかきながら照れている雨宮さんに対し、俺は淡々と「……分かりました。聞きましょう」と答えた。


 そう答えると、雨宮さんは「悪いね」と言って、刹那の家に着くまでに龍紀が話してくれたような『初詣での出来事』を俺に教えてくれた。

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