第9話


「ひどいなぁ……」


 兄さんは小さく呟いている声は若干寂しそうに聞こえたが、その顔は何か企んでいるかのような含みのあるの笑みだ。


「まっ、まぁとりあえず兄さんはこの……えっと」

『名はないから好きに呼べ』

「じゃあ、普通に『ライオン』で」


「…………」

『…………』


「えっ? 変……だったか?」


「いや、変というか……」

「そのまま過ぎ……かな?」

「……そうですか?」


 そう思ったがどうやら『ライオン』に『ライオン』と名前をつけるのは……どうやらおかしいらしい。


「えっと、うん」

「そうか、うーん……」

『……好きに呼べと俺が言ったのだから『その』呼び方で構わない』


「えぇっ!」

「本当にっ!?」


 悩んでいる俺を見かねてか『ライオン』はぶっきらぼうにそう言ってくれた。しかし、兄さんや夢は信じられない。という顔で『ライオン』に確認をした。


『ああ……』

「かっ、カッコイイ……」


 すぐに返した『ライオン』に兄さんは思わずそう呟いた。


『それで? 俺に何が聞きたい』

「そうでした。……兄さんをここまで連れてくるのは大変だったと……思うのですが……」


「…………」


「どうしたの? お兄ちゃん」

「……いや、なんでもない」


 兄さんから見ると今の俺の言葉はいわゆる『親が「家の子が何か悪いことしませんでしたか?」と尋ねている姿』に見えたのかも知れない。


『…………』


 ただ、ライオン自身もあまりにも思い出したくないのか、まるで苦虫でも噛んだかの様子で無言で俺たちから目を背けた。


「ふーん……。そっか」


 夢も何か察したのか……それとも何か思ったのか、正直分からないがとりあえずそう言って深くは聞かなかった。


 しかし……この『貫禄』とも言えるの様なモノを持った『何か』に俺は以前会った事がある様な気がする。


「………………」


 あっ、そうだ『鯨座』だ。


 そこまで考えて俺は前に会った『鯨座』を思い出した。だが、あの時の『鯨座』また違った『貫禄』の様なモノがあった。


 しかし、この『ライオン』が『鯨座』の様な『星座』の類いとは決まっていない。それに、俺はこれほどの『貫禄』を持ったライオンが苦虫を噛んだような顔になった『理由』が気になるところだ。


「……………」


 そして、どうやらそんな風に思っていたのがどうやら顔にも出ていたらしい。


「えー? 特に何もしてないよ?」


 いや、何もしていないのにこんな顔しないはずだ。


「想お兄さんは……えっと『ライオン』に何をしたの?」

「えっ?」


 しかし、俺がどうこう言う前に夢がそう兄さんに尋ねていた。


「えっ? じゃないよ。私はこの……『ライオン』と付き合いが長いけどこんなに思い出しくも無い……って顔を見たのは初めてだったから」

「うーん……」


 兄さんはそう言われて記憶を辿る様に天を見上げたのだが……。


 残念ながら兄さんにとってそこまで気に留める程もない事らしく首を傾げてそのまま動かなかくなった……。


「はぁ……」


 つまり、兄さんにはとっては何てことないことだった……という事だったのだろう。


 確かにその人にとっては『嫌な事』だったとしてもそれをやった人間は『何て事ない』という事は……残念ながらある。


 そのいい例がまさか自分の目の前で起きるとは思わないかったが……。


『…………』


 しかし当の『ライオン』にとってももう『過去の事』という事で処理したらしく、全く気にしていないようにも思える。


「どうかされましたか?」

『いや、どうやら夢は『ライオン』と呼ぶのになかなか抵抗の様なモノがあるようだ……と思ってな』


「……そうですか?」


 確かにさっき夢が話した時も『ライオン』と言うのに一瞬言葉に詰まった様に言いにくそうだった気がした。


 そうなると、ここはやはり……。


「夢が付けた方がいいんじゃない?」

「……えっ? でも……」


『そう言いながら……ちゃんと考えるんだな』

「あははっ♪」


 ――――結局、ライオンの名前は『レオン』で決定したのだが……。


「…………」


 何か言いたげな兄さんを『ライオン』は……いや、『レオン』は目線でたしなめいた……という何とも珍しすぎる光景を俺は無言で見ている。


『はぁ、全く……夢』

「なっ、何?」


 ライオンは夢を見た。その『ライオン』……いや、『レオン』の姿がもし普通の人間であれば片手で額を抑えていただろう。


 まぁ、そんな風に見えたというだけでとりあえず『レオン』はさっきまで笑顔で俺たちのやり取りを見ていた夢に突然話を振った。


『話が完全に脱線しているから言うが、一体、何のために自分の兄たちをここに呼んだのだ?』

「うっ……」


『わざわざ自己紹介をするためだけ……ということはないだろう』

「うぅ……」


 その言い方は「当然」と暗に言っている様だ。


 それはどうやら夢も分かっているらしく、気まずそうに『レオン』と目を合わせないようにしている。


「それは……そうだけど……」

「…………」


 先ほどのどこか気の抜けた雰囲気とは打って変わって『レオン』は真剣な顔で夢を怒っているようにも見えてしまう。


「う~ん? どういう事?」


 そう、何も事情を知らない俺たちはここに連れられ……というかただ寝ていただけなのに、気が付いたら俺たちはこの場にたどり着いていた。


「夢……。やっぱり、お前が俺たちをここに連れてきたのか?」

「えっと……」

『俺は少なくともそう聞いていたのだが?』


「うっ……」


 夢はさらに後ずさりをした。まぁ、形的に『レオン』に責められたようなっていた訳なのだが……。


「まぁまぁ、あまり怒らないでさ……。ねぇ?」


 意外にも早く兄さんが止めに入った――――。


『……なんだ? 知りたくないのか?』

「そりゃあ、当然知りたいよ? でも……さ」


 チラッと兄さんは夢を見た。夢は突然向けられた視線に思わずビクッと身を震わせていた。


「…………」


 この癖は直っていないんだな。いや、突然視線を向けられれば誰でも驚くけども……そう思いながら、俺は夢が生きていた小さい頃を思い出した。


 確か、夢はかなりの引っ込み思案なところがあり、しかもかなり周りの目を気にしていた。そう、それはもう気にし過ぎな程だった。


 まさか兄さんも……それを知っていたのか?


 今までの会話や、やり取りからは昔の夢はあまり感じられない。だから夢が生きていた頃ほとんど会話を……いやもっと言えば会ってすらいなかった兄さんがこの頃の夢の性格を知っているのは、正直驚きだ。


「うーん。正直さ、何も無理強いして自分の妹からその無理強いをしている『それを』聞く……っていうのも何か違う気がするんだよねぇ」


 なるほど……。どうやら兄さんは常識的にそう思っただけらしい。


「……想お兄さん」

「お前はどうなの? 瞬」

「はっ? いっ、いや俺は……」


 ――知りたい。確かに俺はそう思った。だが、兄さんの言っていることもよく分かる。


 ただ、理由は分からないが、夢は確実に『何か』を隠している。


 そして、その『何か』が俺たちをここに連れてきた『理由』と関係がありそうなのは確かだ。しかし、兄さんの言う通り無理に夢から聞くのは……違う気がした。


「瞬お兄さん……」

「……確かに知りたい。というのが本心だ。だが……」


 俺は少し怯えている夢の方を見た。


「もちろん、夢が嫌だ。というのであれば無理強いはさせない」

「…………」


 俺の言葉に夢は一瞬嬉しそうな顔をした。だが、すぐに考え込むように俺と兄さんから視線を外した。


「むー。俺よりもカッコよく言っていることに若干イラッとするね」

「何ですか。イラッと、って……」


「言葉のまんまだよ」


「……そうですか」

「うん。そう」


「……………」


 夢は最初、無言のまま俺たちの様子を見ていたが、すぐに何かを決心した様に拳を握った。


「えっとあのね、お兄さん。私……二人はすれ違いをしているんじゃないかって思っていて」

「すれ違い?」

「?? いや、そんな恋愛みたいな事はないよ?」


「そっ、そうじゃなくて!」

「はぁ、兄さん」

「あはは、ごめんごめん」


 俺の言葉に兄さんは笑いながらも、キチンと謝ったのだった。

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