第8話
「おっ、前……夢? なのか……?」
俺は未だに「信じられない」といった顔で目の前にいる人物を見ていた。
「うん。本当に……久しぶり」
その目の前にいる人物は目を潤ませていた。だが、それでも笑顔でいようとしていた。
「…………」
確かに目の前にいる人物は『龍ヶ崎夢』にそっくりだそう、たしかに『そっくり』なのだが……俺はもう一度『夢』を見た。
「…………」
やはり、俺が最後に見た時と比べて若干……大人びて見える。普通なら色々思うところがあるだろう。しかし、それが俺には……。
「おかしい?」
「えっ……」
夢にそう言われた俺は思わず驚いてしまった。
「なぜ……。そう思う」
驚いてしまったことを隠すように俺は平静を保つように夢に尋ねた。
「なんで……って、そりゃあ死んだはずの人間が突然目の前に現れたら驚くのはむしろ普通じゃないかな?」
「普通……か」
確かにそれが普通の反応で……もっと言えば泣いてもおかしくないかもしれない。ただ、少し冷静になった今、分かったのだが……。
「夢がここにいる……って事は……」
俺の言葉に夢は首を縦に振った。
「うん。ここは……私の世界だよ」
「……なるほど。言うなれば『夢の世界』ってやつか」
「……そうだね」
俺がそういうと夢は少し可笑しそうに笑った。そりゃあ、俺自身も自分で言っている事が可笑しいという事は分かっていたけど。
「……自分で分かっているからあまり笑わないで欲しいんだが……」
「うふふ……。ごめんなさい」
「……はぁ」
そして俺は盛大なため息をついた。
「……それで?」
「えっ?」
俺が夢に尋ねたが、夢は「えっ? 何の事?」という顔で俺を見た。
「……はぁ」
「えっ、あの、えっと……」
夢はため息をついた俺に若干戸惑っていた。どうやら本当に分からない様だ。
「えっと、ごめんなさい」
「いや、俺は別に謝ってほしい訳じゃなくてな」
「……でも」
しまった……。
どうやら夢は俺がため息をついて顔を逸らしてしまった事にどうすればいいか分からなくなり理由も分からなくなったようだった。
「あのな……」
だが、俺が視線を戻しても夢と視線は合わなかった。
なぜなら俺が視線を戻した時、夢は自信無さそうに地面を見つめていたからである。
「…………」
まぁ、いいか。
「俺自身、何の理由も無いのに夢がこんなところに呼ぶわけない……って事は分かっているつもりだぞ? 一応」
「えっ?」
「何を驚いているんだ?」
俺は「意外か?」という顔ではなく心底「心外だ」という顔で驚いた顔でようやく俺と視線を合わせた夢を見た。
「いや……でも、だって」
しどろもどろになって何を言いたのか若干分からなくなっていたが一応、夢の言いたことも分からなくはなかった。
「まぁ、確かに夢が死んだのはまともに会話が出来ていない時だったけどな」
「うん」
夢は肯定した。
そう、確かに夢が言葉を喋れるようになり、まともに言葉を覚え始めたばかりの時期だった。
だからよく言葉は言っても、正直会話にはなっていなかったのだ。
しかし、俺はそんな夢の言葉を聞くのが嫌だった……なんてことはなかった。むしろ『元気に話してくれる』それがとてつもなくうれしかった。
そして、いつかはちゃんと面と向かって色々話をしたい……なんて思っていた。
でも、そんな俺の小さな願いは叶うことはなかった。なぜなら、夢がまともに会話をするようになった頃に家族はバラバラになり、母は亡くなってしまった。
それ以降、夢は黙ったまま空を見ることが多くなった……。しかも、その時期から夢の体は弱り始め、そのまま……。
「……でもな、夢」
「…………」
「会話をしてなくっても多少は……お前の事、分かっているつもりだぞ?」
「…………」
「そりゃあ、『お前がなにを言わなくても全部分かる』って言えた方が恰好も付くだろうが……」
「うん」
「でも、いくら兄妹でも分からない事は当然あるだろ?」
「それは……うん」
俺の問いかけに一瞬口ごもりながら夢は首を縦に振った。
「それを踏まえて……だ。お前は何か理由があって俺を『ここ』に連れて来た……違うか?」
「ううん……。違わない。私は、ちゃんと理由があって……」
「そんじゃあ。その理由を話してくれるとありがたいんだけど……な?」
「……それ……は」
『それはぜひお聞かせ願いたいものだな』
「……!」
そう言いながら『それ』は茂みをガサガサと音を立てながら俺たちの前に……いや、正確には『一匹』と『一人』が現れた。
「…………」
「なんで無言なのさ」
「…………」
「何か言いたいことがあるんじゃないですか?」
俺は兄さんに言いたことがある。だが、それ以上に気になる。
「いや、それ以上に……なんで兄さんがいらっしゃるんですか」
「いやまぁ……俺もイマイチ理解出来てなくてね」
「…………」
「……」
「まっ、まぁ全然状況が分からなかったからこの素晴らしい毛並みを持っているライオン様が今の状況を知っている人に会わせてくれるらしいから付いて来た」
「…………」
兄さんの話し方に若干のイラ立ちを覚えたがそれ以上に今兄さんが言ったことに違和感を覚えた。
「そうですか。でも、よく兄さんが……付いて来てくれたね」
『……まぁ、色々あったがな』
「…………」
俺はもちろんライオンと会話をしたことなど一度もない。
いや、もっと言えば人間以外で『会話』というものをしたことがない。だから表情を読み取るのも難しい……はずだ。
『…………』
しかし、そのライオンの表情は心なしか……疲れていた。
なんというか……その表情を見ると若干の親近感と謝罪の気持ちの両方を俺はそのライオンを見ながら感じられた。
「……」
まぁ、それはそれとして……俺はもう一度『ライオン』その姿を見た。
どう見ても見まごうなくことなく『ライオン』だ。しかし、俺はこのライオンに見覚えがある。
「……」
実は、俺が昔たった一度だけこの『ライオン』を見たことがあったのだ。
「……なぁ」
「ん? どうした、瞬?」
「いや、兄さんじゃなくて……」
『……なんだ?』
不思議そうに俺の顔を見た。俺はほぼ偶然ながら覚えていたが向こうが覚えているとは限らない。
ただ『ライオン』は不思議そうに首を傾げている。
その姿自体はまぁ、カッコイイ……というよりは可愛いという表現が合っている様にも見えてしまうから不思議だ。
「よく、兄さん無傷でしたね」
「えっ?」
「いや、兄さんのことだから大声で騒いだりとかペッタペタ触ったりとか……」
「……瞬はあれかなぁ。自分のお兄さんをいくつだと思っているのかなぁ?」
いや、俺としては「正直、小学生以下に近い気が……」なんて言うのもかなり失礼な気もしてしまう。
こう見えても一応、自分の兄で何より『年上』だ。
「…………黙秘で」
その時の状況を思えば頑張ってひねり出した結果……だったのだが、今にして思うと、最悪な答えを出してしまったのかもしれない。
なぜなら、その言葉を言った後、兄さんは……。
「……泣いていいかな」
小さく呟いて顔を伏せてしまったのだから。
「……」
しかし、それで慰めでもあれば多少はマシだっただろう。
だが、それで『慰める』ということをここにいる人間と一匹にそういった心はどうやらしないらしく……。
「うるさくなるから止めてほしいかな」
『俺も夢に同意だな』
「…………」
「えー」
ここまでキッパリと言われるとむしろ清々しいくらいだが、そう言われた兄さんの姿が……何とも言えない気持ちになったので俺は、フイッ……と無言で顔を背けたのだった。
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