第10話
「どうかしましたか?」
『いえ……。なんと言いますか……お優しいんですね』
優しく『ヘラクレス座』は言ってくれた。だが……
「違いますよ……。それはただの……俺の勝手な……」
『??』
そんな『ヘラクレス座』に対し、俺は小さく呟くような声で言った。
「……いえ、なんでもありません」
俺は自分の気持ちを言わずに口をつぐんだ――――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ねぇねぇ、お母さん!」
俺は椅子に座っている母親に向かって大きな声で話しかけた。
話は遡ること数年前―――――
「僕ね。今度生まれてくる子のお手本になれるように頑張る!」
俺はそう母親に宣言した。なぜ、こんな宣言をしたのか……正直、全く憶えていない。だが、そんな宣言を聞いた母親は優しく微笑んでくれた。
「そうね。弟でも妹だったとしてもカッコいいお兄ちゃんにならないとね?」
「うん! 瞬にもこれから生まれてくる子にも『カッコいいお兄ちゃん』って言われたいもん!」
母親が妊娠をしてお腹が大きくなった頃……。俺、龍ヶ崎想はそんな会話をした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……っ! なんだ……夢か」
俺、『龍ヶ崎想』はブランド会社の社長を務めている父方の祖父の家の『とある部屋』にずっといた。
小さい頃は弟の瞬と一緒に遊び、妹の『夢』が生まれてからもよく三人で遊んでいたものだ。
だが、夢の物心がついた頃には……俺は『真っ白い部屋』から出ることは出来なくなっていた―――。
そして、そんな俺が瞬や夢の事を唯一聞けるのは両親が俺に会いに来てくれた時だけだ。
『瞬と夢だけど……』
『うん』
『今は毎日元気に楽しく生活しているぞ……』
そんな普通には程遠い生活を送っていても、俺はその言葉を聞くだけで嬉しい気持ちになれた。
ある日、両親は一枚の写真を見せた。
写真の中の瞬と夢は楽しそうに微笑んでいる。そして、夢は眩しいくらいの笑顔で綺麗なオッドアイが特徴的な美少女だった。
『あれ? この子は?』
そして、その写真には見覚えの無い少女が写っていた。
『あら? 会ったことあるはずよ?』
『……?』
俺は脳の中にある記憶の引き出しを必死に開けたり閉めたりした……。だが、探し方が悪いのか引き出しの中にはなかった……。
『この子はね。千鶴ちゃんっていうの……』
『あっ!』
その名前を聞いて俺はようやく思い出した。
その子は龍ヶ崎家にずっと仕えている執事……卯崎 宗玄さんの娘さんだ。しかし、俺が憶えている『千鶴さん』はほとんど赤ん坊でようやく歩ける様になったくらいだった為、その成長に気づけなかった。
『なんか、変わったね……』
俺は自分の言葉に苦笑いをした。それだけ人の成長は早く、それだけ忘れてしまうのか……と自分の身をもって感じてしまったからだった。
『想……』
俺の苦笑いがどうやら両親には痛々しく見えたらしく申し訳なさそうに顔を背けながら言った。
だが、俺は別に謝って欲しい訳では無い……ただ、それ以上に……。
『……会ってみたいな』
『……………』
俺は目の前にある『窓越し』で両親に向かって微笑んだ。
誰が見ても頑丈そうな窓と、この窓を設置した人間は思っているかもしれない。でも、実のところを言えば『この程度』の窓は俺にしてみればどうってことなかった。
いくら頑丈そうに見えようともやり方次第でいつでも外に出ることは出来た。しかし、俺がそれをしなかったのは、両親の存在があったからだ。
『また連れて来てよ。いつでも……機会があったら……でいいからさ』
『……ああ』
『ええ……、もちろんよ!』
そう両親は答えてくれたが、その答えに俺は不思議と確証を持てないまま両親と別れた……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
なんて話をしたなぁ……なんて思いながら俺は天井を見上げた。
「はぁ……」
出ることが出来るのに出れない……。
俺はそんな状況の中にいる。それは俺が『じいさん』と呼んでいる父親の父つまり祖父の策略だと……俺は思っている。
「だから今は……」
出たところで父親が責められるのは目に見えている。
もし、そんな事になれば被害を受けるのは母親に弟や妹だ。俺だけ一人助かるかもしれない。
だが、意味がない……。
そんな『じいさん』も最近体調を崩しがちだ。こんな事を言えばバチ当たりだ。だが、俺が大人になるか『じいさん』が先に逝くか……どちらかになるまで俺は動かないでおこうと心に決めていた……。
「また四人で遊びたいな……」
そんな気持ちが無いと言えば、それは完全な嘘だ。だから俺は誰にも聞いていない『真っ白の部屋』の中もう一度天井を仰いで呟いた――――。
それから数か月後『あの出来事』が起き、俺は『自由』を手に入れた。ただその代償も大きく……未だに『溝』は深まったままだ。
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