第9話


『……この家の家主もあなたもとても頭がよろしいのですね』

「俺は兄さん程、先を読んで行動できませんよ」


 俺は自虐的に『ヘラクレス座』を見た。


「あなたは……兄さんがなぜ星座について調べているのか。その理由を知っていたのですね。だから、この家からその手がかりになるようなモノをどこかに隠していた」

『……そうです』


 そう言った『ヘラクレス座』は俺が一度も見たことの無い程怒った表情をしていた――――。


『僕が怒っているのは……僕に関連している何か……という顔ですね』

「……違いますか?」


『いいえ、間違っていません。僕の神話……という言い方はおかしいですが、神話では当初、僕は結婚して幸せだったのですが……』

「…………」


 さっきの記述によりは確か、『呪い』で家族を亡くしてしまい、その後十年の大冒険を終えた。そして、伝説となった――――。


『僕自身も含まれますが、カードにはとても不思議な……強力な力があります。もちろん、それはあなたの方が分かっていると思います』

「……はい」


 よく分かっています……俺は心の中でそう呟いた。あえて声にしなかったのは、なぜか……それは自分でもよく分からない。


 いや、分かっているからこそ言わなかったのか、どうしてか分からない……。


「気になったのですが……」

『はい?』


「あなたは、千鶴さんを知っていますか?」

『……どうしてそう思うのですか?』


 一瞬、間が開いたがすぐに『ヘラクレス座』は俺に聞き返した。


「……先程、宗玄さんが『千鶴さん』の名前を出した時、驚いていたので」

『…………』


 俺があまりにもハッキリと言ったからなのか『ヘラクレス座』は「なぜそんなにハッキリと言えるんだ?」と思ったかも知れない。


 しかし、『ヘラクレス座』は何も言わずに苦笑いをした。


『まさか、そんなに顔に出ているとは思いませんでした』

「じゃあ」


『…………』


 無言のまま『ヘラクレス座』は頷いた。


『僕の目が覚めた時、彼女、千鶴は俯いた……どこか冷めた表情が特徴的な少女でした』

「…………」


 一瞬、俺は驚いた。なぜなら『ヘラクレス座』が話した千鶴さんは、俺が知っている千鶴さんとは思えなかったからだ。


 でも、当然と言えばそうかも知れない……。


 何せ俺が最後に千鶴さんと会ってから十年以上時間が経っている。だが、『ヘラクレス座』に千鶴さんの特徴を『どこか冷めた表情が特徴的』と言われた。


『でも、千鶴さんは僕の存在に気づいていませんでした……』

「それは……」


『分かっています。自分の事ですから……』

「……」


 どこか寂しい表情だった。


 通常、彼ら『カード』は普通の人間には見えない。だから、千鶴に見えない……というのも分かる。


『千鶴さんはある写真を大事に持っていました。かなり古いものでしたけど……』

「…………」


 最初から『ヘラクレス座』の声は全体的に小さかったのは、伝えたいのに伝えられない気持ちの裏返しかもしれない……と感じた。


『ただ、先程の方は「千鶴さんは星空が嫌いになった」と仰っていました。ですが、そんな事はありません』

「……そうなんですか?」


『はい。口で言っていても心の中ではやはり嫌いにはなれなかったのでしょう』

「…………」


 この言葉には正直、驚いた。だが、娘が自分の部屋で何をしている……という細かい事まで知っている家族はなかなかいない、珍しい事だろう。


『ちなみに一応、説明しますけど、僕が降り立ったのは千鶴さんの庭にある木でした』

「だから、千鶴さんの事が分かったのですね」


 一瞬、「何の説明だ?」と疑問に思った。が、決して千鶴さんの部屋の中ではない。という事を説明したかったのだろう。


『そして、龍ヶ崎 想さんを知ったのはこれもつい最近です。彼が彼女の家の近くを通ったんです』

「面影……ありましたか?」


『はい。それであの大切にしている写真があなた方と撮ったモノだと分かりました。あっ、面影があるといえば、もちろん、あなたも……ですよ?』


 そう言って『ヘラクレス座』は俺を見た。


「そっ、そうですか」


 俺は素っ気ない返事をしたものだと思った。


 だが、いきなり「昔の面影がありました」と言われてもどう反応すればいいか正直、分からない。


『想さんが千鶴さんの家の近くを通ってしばらくして彼女の父、宗玄さんがよく書斎にあった本を持ち出して行く姿を見ました』

「……千鶴さんは何も言わなかったのですか?」


『はい』

「それは……おかしいですね」


 普通、大切な本を勝手に持っていかれたら怒ってもおかしくない。


 俺は不思議な気持ちになった。だが、『ヘラクレス座』は何か分かっているかのように呟いた。


『……もしかしたら千鶴さんは本がどこに持っていかれてあるのか分かっていたのでしょう。あなた方は全員察しがいいですから』

「そう……ですかね」


 俺は何とも歯切れの悪く答えた。


 でも、なんとなく『ヘラクレス座』がそう言うのだから想かも知れない……。俺は『ヘラクレス座』に見えないように小さく笑った――――。


「……っと、もうこんな時間ですね」


 あっという間に時間は過ぎ、気がつけば日付が変わるか変わらないか……という時間になっていた……。


『そうですね』

「それはそれとして……あなたにとって千鶴さんは妹の様な感じですね」


『そう……なんですかね?』

「……」


 いや、質問返しされるとそれはそれで困る……。


「ですが、兄さんが『カード』に関して何かを知っていて。しかも……」

『あなたにこのカードを送ってきた……』


 結局最初の話に戻ってしまう。だが、結果的に分からないこと……。


「結局……兄さんは何が目的なんだ?」

『…………』

「あっ……」


 どうやら俺は知らないうちに、口に出していたようだ。その証拠に『ヘラクレス座』が呆然とした顔で俺の方を見ていた。


「いっ、今のは!」


 俺はすぐに訂正をしようとしたが、『ヘラクレス座』は全然気にしていないように首を左右に振った。


『分かりますよ。思わず思ったことが口に出てしまったのですね?』

「……あえて言わなくていいですよ」


 俺はガックリと肩を落とした。真面目と言えばいいのか分からないがこの人も変な所で真面目だ。


『でも、僕にも何が目的なのかは分からないです……』

「……そうですよね」


 星川空が探している『カード』は確かに色々な効果がある……という事は何度も身をもって体験している。


「……はぁ」


 俺は深いため息をついて顔を伏せた。


「……」

『僕は……』


 そう呟いた瞬間何を考えたのか分かった。


「まだカードに戻らなくていいです」

『でも……』


「結果がどうであれ、悔いの残っている状態でカードに戻って欲しくないだけです」

『……!』


 俺の返事に驚いたのか『ヘラクレス座』は少々面食らっていて……それが少し笑えた。

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