第5話
「……」
俺は花を置き、手を合わせた。
宗玄さんの言葉を聞かなくても、俺は母さんはあの世で一人ではないだろうか……寂しがっていないだろうか……そんな事を前に俺はここに来た時に感じた事を思い出した。
そして、今も母さんはここで一人で眠っている。それは紛れもない事実だ……。
「おい……」
「っ!」
俺は突然肩を叩かれ、思わずその手を振り払い、その肩を叩いた人物を見た。
「はぁ、一声もかけずにいきなり人の肩を叩くなんて……相変わらずですね。兄さん」
「それはこっちのセリフだよ。いきなり手を振り払うなんて……本当に『ごあいさつ』だねぇ」
俺の肩を突然叩いた人物……それは俺の兄さんだったのだが、俺は見た目以上に内心ではかなり驚いていた。
なぜなら、俺は兄さんが近づいて肩を叩かれるまで全く兄さんの存在に気がついていなかったのだ……。
本当に、相変わらずの『神出鬼没』ぶりだ。
「……」
あの時、俺たちの前に現れた時も……兄さんは音も気配もなく現れた。
そして、今回も同様だ。しかも、俺と宗玄さんが歩いた道に足跡があり。兄さんの『足跡』はどこにもない……。
いつも神出鬼没でどうやって現れているのか……俺はそれを今も昔も分かっていない……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「…………」
しかし、なんだ……この状況は……と言いたくなるほど俺たちは無言のままその場で突っ立ていた。
目の前にいるのは俺の『実の兄』で、俺たちの間に挟まれるようにして立っているのは……かつてお世話になった『執事』……と、なんとも奇妙な状況が出来上がっている。
「ところで……仕事はどうしたんですか」
とりあえず、ただ突っ立ているだけでは何も始まらない……と感じた俺は兄さんに尋ねた。
「うーん、一応世間的には『仕事納め』というものがあるらしいし……。それになんとなぁーくそろそろ瞬が来ると思ってさ」
「……それでわざわざ出て来られたのですか……。そう考えますと、例年よりは仕事が少ないのでは?」
俺の『棘のある言葉』に兄さんは少し、悪そうな……でもなぜか笑顔で俺の方を見てきた。
「へぇ……、言うようになったね。でも、残念。今年仕事が少ないのは他の仕事を前倒ししていたからなんだよねぇ」
「………………」
何が『残念』なのか正直分からない……のだが、兄さんはどこかうれしそうだった。
そんなに暇が出来るなら毎年しとけばいいだろ……ってと言いたいところだけど……俺が兄さんの仕事の量を知るはずがない。
毎年来ているならともかく、俺がここを訪れたのは十年以上ぶりだ。つまり、俺の口から「例年」という単語が出て来た時点でおかしい話だ。
つまり、何事もなく返答したということは……読んだのだろう。
「……」
そう、俺の兄さんは『人の心を読める』いや、読めてしまう。
つまり、何を考えているのか……。どうしたいのか……。それらが全て手に取る様に分かってしまうのだ。
だから、俺がさっきの様に『棘のある言葉』を言ったところで兄さんにとっては痛くも痒くもなく、平然と答えを返せるのだ。
まぁ、すぐに返答出来る辺り、それなりに頭もいいのだろうけど……。
「……」
正直、どういった原理でやっているのかは本人でないから分からない。
しかし、こういった力のある人は自分で制御出来ないもの……とか、使い放題やりたい放題みたいなのが物語などのセオリー……というか『定義』と位置づけられているのだが、兄さんは聞きたい時にしか力を使わない。
ただ、本人は悪用するつもりがなくても周囲の人たちはどう思うだろうか。
多分、周囲の大人たちは兄さんを『驚異』と感じたに違いない。だから兄さんはこの『能力』とも呼べる目に見えない『力』のせいで部屋に閉じ込められていたのだから……。
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