第10話


「ところで、瞬……これって……」


「ああ、蟹座だろ? 調べた……」

「あっ、なんだ調べていたんだね」


 俺は、届いた手紙の中に『カード』があることに気づき、すぐにそのカードの意味を調べていた。


 ただまぁ、最初は「手紙が届いた事」自体に驚いてしまい、カードの存在に気がつかず『幽霊たち』に言われてようやく気がついた。


 ここ最近は『幽霊たち』の話を聞くほどの余裕がなかった。しかし、幽霊たちはそんな俺を見ていてくれたのだ。


 それ自体は、本当にありがたいことではあるのだけれど……。


 参考になりそうな資料が気がついたら目の前に置いてあったり、そして実は図書室にあるはずの本が俺の部屋にあったりするのは……正直、どうかと思っう……。


「それで、その……蟹座がどうかしたのか?」

「…………」


 龍紀の反応このは……そうか。


 まぁ、分からないのも仕方ないだろう。龍紀はつい最近『カード』の存在は知った……。


 でも、このカードに描かれている絵が『何を意味している』のかは知らないはずだ。


 それがましてや『星座』だなんて思わない……だろう。


「……」


 しかし、理解してもらわなければ話が進まない。


 そこで半ば強引ではあると理解しながらも俺は『本人に話を聞いてもらいながら理解してもらう』という強硬手段を取ることにした。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「つまり……」

「ああ、この『カード』に書かれている絵は、実は『星座』を意味している」


「そして、その『星座』の由来が重要になってくるんだな」

「そういう事」


「じゃあ、まず……『蟹座』なんだが、ヘラクレスがレルネの化け蛇ヒドラ(海蛇座)を退治した際に、ヘラクレスを憎む女神ヘラによって遣わされた『化け蟹』だとされている。英雄ヘラクレスは大神ゼウスと、ミュケーナイの王女アルクメネとの間にできた子供だ……っていう話なんだが……分からないか」

「……悪い」


 俺はサラッと説明したが、申し訳なさそうに言っている辺り、イマイチ分かっていないのだろう。


 まぁ……そうだろうな。


 龍紀のリアクションは想定の範囲内だ。なぜなら実際、俺も最初は分からなかったからである。


「まぁ……ギリシャ神話だから、普通の『物語』を聞いている感じで大丈夫だ」

「そ、そっか。分かった……」


 俺の言葉に龍紀は小さく頷いた。俺は龍紀の頷きを確認した後、話を続けた。


「ヘラクレスはエウリュステウス王の命令で、レルネの化け蛇ヒドラを退治することになった。このヒドラは恐ろしい怪物で、九本の首を持ちいくら切り落としても再生してくるので、さすがのヘラクレスもかなり苦戦していた。ヘラはヘラクレスを殺す好機と考え、ヒドラを手伝わせるために、一匹の巨大な化け蟹を遣わせた」


「………………」


「ところが化け蟹はあっさりとヘラクレスに踏み潰されて死に、ヒドラもヘラクレスの甥イオラオスの機転で倒されてしまった。ヘラは嫉妬深くはありましたが決して邪悪な女神ではない。そこで、死んだヒドラと化け蟹の二匹の怪物を哀れに思い、天に昇げて星座とした。こうしてヒドラは『海蛇座』となり、化け蟹は『蟹座』になった……っていうのが『蟹座』の由来だな」


「………………」


 俺の話を無言で龍紀は聞いてくれた。そして、この話を知っている空と刹那は「合っている」といった顔で俺の方を見ていた。


「……まぁ、これが『蟹座』の神話なんだけど……」


 刹那は重い雰囲気を変える様に「気を取り直して!」という感じで話を進めた。


「……なんでこれを瞬に渡したのか……という事だな」

「うん。ギリシャ神話の由来では特には……」


 確かにそうだろう。


 女神ヘーラにヘラクレスを殺させるために『ヒドラ』を退治させるようにし、その『ヒドラ』の手伝いをさせるために『化け蟹』を遣わせた。


 しかも、『化け蟹』はあっさりとヘラクレスに踏みつぶされている。結果的には『星座』になったが『化け蟹』は何もしていない……。


「うーん?」

「……」

「……」


 不思議そうな表情で首をひねっている刹那、龍紀、空を見ながら俺は分かっていた。


「………………」


 刹那たちにはきっと分からないだろうな。俺が兄さんにどう思われているなんて……。


「……」


 きっと兄さんにとって俺はこの『蟹』の様に遣われてあっさりと捨てられる……そんな存在でしか……ないのだから……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る