第2話


 しかし、刹那の場合――。


「なんとっ!? ついに瞬が『天体観測』に興味を持ってくれたんだね!」

「はぁ……」


 いつもなぜか人の細かいところを観察し、オーバー過ぎるくらいの……このリアクションが、俺は苦手だった。


「……何か悪いか?」

「いやっ! 全然! ただ嬉しいだけ!」


「そうか」

「うん、そう!」


 ただまぁ、自分で言っている言葉の通りこいつの趣味は『天体観測』だ。俺自身も刹那と仲良くなった時からよく公園などで刹那の部屋にある望遠鏡を借りて星を眺めていたものだ。


 その時、刹那は色々な情報を収集した上で観賞していたが、俺の場合はただ星を眺めているだけで、特に何もしていなかった。


 ただ見ているだけでも、十二分じゅうにぶんにキレイに見えたものだ。


 俺にだってそういった「キレイ」と思う感覚はある。だが当時、俺が知っているのは本当に『星占い』で出る程度しか知らなかった。

 しかし最近になってようやく少し面白いかも……と思い始めている。そんな事はこいつには言っていないが……。


 でも、いくら小さい頃から付き合いがあるとはいえ「なんでもかんでも全て言わなければならない……という決まりも特はないだろう……」というのは実はただの建前で、本当は俺がただただ恥ずかしかっただけである。


 でも、これを言うつもりも……当然ない。


「で? で? 何に興味を持った?」

「…………」


 それにしても、こいつのしつこさは……本当に面倒臭い。


 昔からの『縁』で長い付き合いとはいえ、やはり何かを打ち明けるということは、なぜだか変な緊張感を漂わせるモノだ。


 しかも、付き合いが長いせいか尚更言いにくい……。


 だが、こいつは俺よりも確実に『星座』について詳しい。もしかしたら『星座』の由来についても詳しいのかも知れない。

 でも、こいつに借りを作るのはかなりしゃくだ。しかし、こいつに聞いて話を参考にすればもしかすると、早くカードを見つけられるかも……。


 この『星座の由来』がカード探しの参考になるという事は、あの少女、空が言っていた事だ。


 ――そう彼女は確かに「星座の由来を辿れば見つかるかもしれない………」と。


 あくまで「かもしれない……」という話ではあったが、どんな形であれカードが見つかり、持ち主である空の手元に戻すことが一番大切な事で最優先事項である事には違いないはずだ。


 そう考えたら、色々考えている今の状況の俺は……かなりちっぽけに見えるだろう。

 ただ……モノは考えようではあると思う。しかし、その考え方も変えると……違った見方が出来ることもある。


「……少し……星座の由来について……な」

「なるほどぉ。星座に興味を持ったのかぁ。あっ、だからそういった関連の本を持っているんだね」


「まぁ、そういうことだな」

「じゃあ、もし分からないことがあれば聞いてね。結構難しい内容とかあるから」


「ああ。お言葉に甘えて、そうさせてもらうよ。だが……」

「ん?」


 俺は、一拍おいて言葉を切った。


「その……素晴らしい熱意を文系の科目に回せ」

「あっ、えーっと……それは……その」


「しかも今。そういったモノには『結構難しい内容がある』……って言ったな? つまり、そういった事を知っているってことは、刹那はその難しい文章を理解出来る力はあるって事になるはずだが?」

「えっと……。あっ、あれだよ。そっ、それはそれってヤツだって!」


 本当にモノは言いようってヤツだと思う。俺の睨みつける様な視線に刹那は、少し焦ったような様子で、必死に大声でそう言った。


「はぁ……。まぁ、そういう事にしておくか」

「そういう事にしといて……」


 少しグッタリとした様子ではあったが、刹那は小さく息を吐いている。そこまで必死にならなくてもいいと思うのだが……本人としてはそれくらい必死になる事だったのだろう。


「だがまぁ。さっきも言ったが、頼りにさせてはもらうよ……」


 俺の言葉によって、この話は終わらせようとした。

 しかし、今の様子でも分かるようにこいつは言葉攻めに弱い。自分から話をする時は、グイグイと話すのだが、逆は案外弱い。


 そういう人は、結構いると思う。


 要は、自分が言う分には問題ない。だが、攻めが強いにも関わらず、守りは存外『ザル』なのだ。だから、その人は強そうに見えてかなりもろく……弱い。


「うんっ! これでいつもの勉強みてもらっている借りがやっと返せるからな!」

「…………」


 そんな事を思っていたとは……意外だな……なんて言い方によっては、かなり失礼な事に思われてしまうだろう。だが、刹那の今の言葉には、正直驚いた。


「……」


 しかし、今の心で思った言葉を「刹那が喜んでいるのだから……」と、ワザと言わずに黙る事にした。


「そういえば……。さっきから思っていたんだけどさ」

「何だ?」


「いや……。なんか瞬。最近ため息ばっかりだなぁと思ってさ……」

「……そんなにため息ついていたか?」


 俺が尋ねると、刹那は無言でうなずいた。


「そう……なのか?」


 しかし俺自身、大声で「自分のことは、俺自身がよく分かっている!」と断言することは出来ない。

 でも、ここ最近ため息が多くなった『理由』は……やっぱり、『あれ』のせいだろう。


 だが、実はあの『牡羊座のカード』の以降、あの少女。空とは会っていない。しかも、電話番号どころか、彼女が住んでいる場所も何も分からない始末だ。


 このままではどこかで偶然バッタリ会わない限り、俺がカードを見つけても渡す事も出来ない。

 それに『保存する』という選択肢もあるかも知れないが、普通のカードみたいに輪ゴムで止めるわけにもいかないだろう。


「…………」

「瞬も、大変そうだな……」


 そんな重々しく沈黙している俺の姿を見た刹那は、気の毒そうに声をかけた。


「まぁ……色々な」

「まぁ、その……なんだろ。何あったら言ってくれ。まっ、言いたくないならそれでいいけど」


「悪いな……心配してくれたんだろ?」

「いいって! いいって!」


 こいつの……引き際を心得ていさぎよく引くところや、テンションが高いところ……たまに暴走にしてしまうこともあるが、そういったところはなんだかんだ言いつつ、俺はいつも助けられている。


 もちろん、そんな事は口が裂けても言うつもりはない。そんな事を言おうものなら、こいつは調子に乗るだろうから――。


「それにしても……」

「ん?」


「なんか……。ここ最近の教室の雰囲気、暗くないか?」

「あー」


 辺りを少し見渡したが、ここ最近の教室の雰囲気……いや、学校全体の雰囲気がなぜか『暗い』のだ。

 ただひとクラスが暗いのであれば、そのクラスで何やら『問題が起きた』という予測も出来る。


 でも、学校全体……となれば、何か『大きな理由』があるはずだろう。


「ああ……これな」

「何か心当たりでもあるのか?」


「あるといえば……ある。というか、これ系統の問題は、俺としては瞬じゃないと出来ないかも知れない……というか瞬にしか分からないかもなぁ……」

「……俺にしか分からない?」


「うん。先生たちには……多分、いや無理だろうなぁ。そもそも見えないだろうから」

「見えない?」


 先生たちには無理……というよりも、あの先生たちの中にそもそも見える人なんていないだろう。こういった話は『見えない』と話にならない。


「……なるほどな。そういう事か」

「……うん。お察しのとおり『その』たぐいの問題だよ」


「まぁ、刹那が言いたい事はなんとなく分かった」

「そっか……」


「で、場所はどこだ?」

「本当、察しがよくて助かるよ」


「まぁ、大声でする内容じゃないだろうからな」

「そんじゃ、今から案内するよ」


 そう言って俺たちはお互い帰り支度を始めた。こいつがこういった話をした後は大体一度はその場所に行く。


「あっ、ところで」

「ん?」


「今日、時間……ある? 時間かかるかも知れないけど……」

「それは大丈夫だ。今日は特に予定はない」


 俺がそう答えると、刹那は「よかった」と言って笑って立ち上がり、俺も刹那の後に続いてカバンを持ち、教室を後にした。

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