第5話


『君……そんなに暇なら、手伝ってよ』


 高校に入学して……しばらく経ったある日――廊下を何気なく普通に歩いていた俺は、突然そう声をかけられた。


「……」


 普通にしているだけで「怒っているの?」と、なぜか言われてしまう事で定評のある表情で振り返ると、手には何やら『資料』の様なモノを持っている結構身長の高い男子生徒が立っている。


「……はっ?」


 正直今まで、こんな風に声をかけてきた人間はいない……。


 ただ……いくら何でもこんな風に話しかけてくる人間なんて……いや、そもそも俺に話しかけてくる人間なんて……入学式が終わってクラスにも馴染み始めた今では、ほとんどいないに等しい。


「何、言ってんだ? あんた」


 あまりにもその言葉に不謹慎を覚えた俺は吐き捨てる様に言って、その場を去った。


「……」


 クラスになじめず、今さら「誰も話しかけてこない」という現実に悲しくなったり、憤りを感じたりする事はない。


 正直「そんなの今に始まったことはないのだから……」と思ってしまう。小学校も中学校も……なじめず、俺からしたらそれこそ今さらな話だからだ。


「……珍しい人だったな」


 少し歩いてふと立ち止まり……そう呟いた。


 まぁ、あんな風に話しかけてきた人も珍しかったが、そもそも話しかけて来たこと自体、珍しい。


 窓に映った自分の姿を見ると……。少し悲しい気持ちになる。この……父さんに似ている見た目が……。


「……」


 周囲が話しかけてこなくなったのは、俺の『見た目』が大きく関係していると思う。


「…………」


 ただ一言だけ言わせて欲しいのは、この『見た目』の通りではなく……決して『ヤンキー』の友人がいるわけではない。


 たまに遅刻しそうになった事はあるが、それは……まぁ家の事情……だ。


「はぁ……」


 小さく息を吐くと、俺はまた歩き……下駄箱へと辿り着いた。


「……」


 俺は……小さい頃、父さんを病気で亡くした。それから母さんは女手一つで俺を育ててくれた。


 そして、俺には保育園に通っている弟がいる。忙しい母さんに変わって、俺がその弟の送り迎えをしている。


 だから、それを知っている教師の数人は俺を変な『色眼鏡』で見ることはない。


 でも、それもぶっちゃけ昔からしているから……慣れていることもあり、開き直っているのだが……周囲はどうしてか変な想像をしているらしい。


「あっ、そういえばあの人……」


 帰り道、ふと思い返してみると……俺に声をかけてきた『あの人』は……。


「確か、部長で生徒会長だったな」


 なぜ、今更になって……とも思ったが、それは多分。俺があまり他人に興味がないからだろう……と思う事にした。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……」


 目を覚ますと、少し古びた天井が目に入った。しかも、どうやら寝ているようだ。


「……ん?」


 ふと横を向くと……あの時に声をかけてきた『男子生徒』で『部長兼生徒会長』の雨宮あまみや数刻かずときがジーッと、俺を見ていた。


「え……っとぉ」


 ――正直、気まずい。


 最近、雨宮さんに推薦してもらって『生徒会長』になったばかりである。それに加え、部活動でも『部長』になった。


 そして、実は雨宮さんから……。


『何でも自分で抱えるな』


 生徒会の仕事の引き継ぎをしている途中、そう言われていたのだ。


「…………」


 そう言われていたにも関わらず……この有様である。


「その様子じゃ、どうしてこうなっているのか分かっている様だな」

「うっ……」


 冷たく……冷ややかな視線が痛い。どうやら雨宮さんは『全て』知っているようだ。


 ――そう、全て。


「はぁ、全く。お前はあの時から一切変わってないんだな」

「……返す言葉もありません」


 俺が一度、遅刻した時……雨宮さんは俺をかばってくれた。


 雨宮さんは『全て』知っていたのだ。俺の家庭の事情も、周囲の俺に対する視線も全て……。


「ったく、クラスメイトにすら心配されて」

「え……」


「まさか……知らなかったのか?」

「……」


 意外そうな顔で雨宮さんは最初見ていたが、すぐに「それだけ周りが見えていなかったんだな」という表情になった。

 でも、確かに同じクラスの天野瞬と宮ノ森刹那は最近何かと俺の様子を窺っていたような……。


「いくら見た目を変えようが、態度を変えようが中身は一切変わっていないんじゃ意味ないだろ」

「…………」


 ――本当に返す言葉もない。ただ俺は……あの時この『雨宮さん』に憧れた。


 でも、心のどこかでは「髪の色が明るいのも、この性格も俺自身なのに……」と思っていたのも事実だ。


「……」


 それを窮屈に思っていなかったかと聞かれると……嘘になる。その上、そんな自分を隠すように最近はワザと忙しくして目を背けていた。


「とにかく、クラスメイトのヤツらには自分から言えよ。それに……」


 なぜか雨宮さんはチラッと扉の方を見ている。


「あの、あの扉に何か……?」

「いや? でも、ちゃんと周りと協力しろよ。手助けを頼むのは決して『恥』じゃなからな」


「……はい」

「まぁ、最初は難しいかも知れないけどな」


 そう言って雨宮さんはニッと笑った――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「はぁ……」

「ただの思い過ごしだった……」


 なぜか空は残念そうな表情……というか「つまらない」という表情を浮かべ、空を見上げている。


「…………」


 俺としては「面倒にならなくてよかったぁ」という気持ちの方が大きいのだが、空は違う様だ。


「ところで……その『カード』はなんだ?」

「コレは『小馬座』」


「へぇ『小馬座』か」


 分かった様なリアクションを取ったが、残念ながら初耳の星座である。


「それにしても……本当に何もしなくても簡単に手に入ったよな」

「今回のは……本人次第だったから」


「本人次第?」

「うん。この『カード』がついた人が……自分の弱さを受け入れられるか……というのが問題だったから」


 空は淡々とそう告げたが、正直空が言っているような簡単な話ではない様な気がしてならない。


 今回の件が一見簡単そうに見えたのは……小林が自分の弱さを受け入れる『強さ』があったからだろう。


 でも、人によってはそう簡単にはいかない。


「……」


 そう……俺の様に――。


「??」

「いや、なんでもない」


 不思議そうな表情で俺の方を見ている空に、そう言って俺は無言でもう一度空を見上げたのだった。

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