第4話


 この学校に限らず、大体の学校が生徒会を決めるには『選挙』という形が取られる。


 しかし……その度に教師たちは頭を悩ませている。誰も『立候補』してくれない……と。


「……それで、なんで龍紀を気にかけてくれているのかなぁーって」


 でも、ごくたまに自ら『立候補』してくれる人がいる。


 ただ、俺が思うにそういう人たちは本当に「やりたい!」という人たちなんだろう……と、彼らを見ていつも思う。

 そして「俺には無理だ……」といつも行事の度、前に出ている彼らを見て感じているのだ。


「なんでって……なっ、なんでだろ?」


 そう言いながら、刹那はおずおずと俺の方をチラッと見てきた。


「……」


 正直なところ。自信をなくすと途端に俺に助け船を求めるのは止めて欲しい……が、助けないのもかわいそう……というヤツだろう。


「別に深い意味はありません。ただ……」

「ただ?」

「??」


「このままいくと、倒れてしまうのではないか……と思っただけです」

「そっか……。じゃあ、君も?」


 突然返ってきた問いかけに、刹那は一瞬驚きながらも「はい」と答えた。


 でも、本当にただの『クラスメイト』である俺たちですら気になり、心配になってしまうほど、ここ最近の小林は大変そうだ。


「最初に言ったんだけどなぁ……」

「え?」


「うん? とても一人で全部は出来ないだろうから、周りと協力しろよって、そうじゃないと倒れるかも知れないだろ?周りに迷惑かけたら意味ないってな」


「……」

「……」


 確かに、雨宮さんの言うとおりである。


 いくら自分が頑張って……いや、いくら自分が納得出来なくたって周囲に助けを求めるのは決して恥ではない。


「でも、あいつは『助けを求める』って事が『恥』だと思っているのかなぁ……」

「どっ、どうでしょう?」


「あいつ、結構頑固なところがあるからなぁ」

「へっ、へぇ」

「…………」


 本人のいないところで……と一瞬思ったが、「言われてみれば……」とついこの間手伝った時の事を思い出した。


 あの時も結構頑なで、結局のところ折れてくれたが……。


「……それで、心配になってワザワザ来たんですか?」

「ん? まっ……まぁ、後輩だしな……先輩としてもやっぱり気になるんだよ」


 なんて、雨宮さんは刹那の天然な質問に一瞬戸惑った様な表情になったが、すぐに取り繕った様な笑顔になり、軽いジョークの様にサラッと言った。


「……」


 俺としては、その様子があまりにも不自然に見えた。


 でも、それは多分「心配しているのを悟られたくないという気持ちの裏返しだ」と思っておく。


 ただ、多分。この人も小林と似ているのかも知れない。


「…………」


 ――人に『素直』になるのが苦手という意味では。


「あの、でも確か……」


 ほんの一瞬の間を置き、刹那が『何か』言おうとした瞬間――。


「おいっ! 誰か倒れたぞ!」

「先生呼んで来いっ! 先生っ!」


 突然、廊下から男子生徒のモノと思われる『声』が聞こえてきた。しかも、教室にいる俺たちに聞こえるのだから相当大きな声なのだろう。


「……? なんだ、騒々しいな」

「本当に、なんだろう?」

「行ってみようか」


 俺たちは互いに顔を見合わせ、声が聞こえてきた『場所』に駆けつけることにした。


■  ■  ■  ■  ■


「おい……そこにいるんだろ」


 校門を出て、俺はまっすぐ前を見たままそう言った。


「…………」


 遠くから見れば異様な光景に見えたかもしれない。ただ校門にいた『そいつ』は、俺の声に「うん」という返事と共に姿を現した。


 ちょうど俺が立っていた場所は街灯が点いていたから遠くから見ても分かるだろう。しかし『そいつ』がいたのはちょうど街灯が点いていない。


「…………」


 決して『怒鳴る』なんてマネはしない。そんな年下の……しかも『女子』に当たるなんてただの恥でしかない。


 ただ、今の俺は怒っていた。


 でも、それはこの少女。星川ほしかわそらがこんなに……空が暗くなるまで外を出歩いている事に対してではない。


 ……いや、こんな時間まで外を出歩いているのは正直いただけないけれども。それでも、俺は『別の事』で怒っている。


「お前……分かっていただろ」

「うん……分かっていた」


 何も悪びれる様子はない。


 しかし、彼女は今。ハッキリと「分かっていた」と言った。つまり、彼女は知っていたのだ。


 彼『小林こばやし龍紀りゅうき』が倒れるという事を……。


「じゃあ、なんであの時……」


 俺としてはこの後「言わなかったんだ!」と言いたかった。でも、すぐに我に返り言葉をつぐんだ――なぜなら、俺も『分かっていた』からだ。


 いや、正確には声に出してはない。しかし、頭の中では理解していたはずだ。


「…………」


 それを他人の……ましてやこんな『少女』の所為にするのはおかしい。


「……私も『分かってはいた』けど、詳しい時期は分からなかった。ごめん」

「いや、俺の方が悪かった……。分かっていながら目をそらしていたのにな」


 もっと早くにどうにかすべきだったのだろう。しかし「どうすればいいのか」という事が分からず、結果的に後手に回ってしまった。


「その人は?」

「……病院にいる」


 俺は小さく呟くように言って、俯いた――。


■  ■  ■  ■  ■  ■  ■


『おいっ! 先生呼べっ!』


 あの時、突然聞こえた大声に教室にいた俺と刹那、そして突然現れた雨宮あまみや数刻かずときさんはすぐにその場に駆けつけた。


「何があった」


 雨宮さんから尋ねられた集団の中の一人の男子生徒がオズオズと出て……。


「あっ、今そこの階段から……」


 そう言って指さした階段の下の踊り場には、一人の男子生徒とバラまかれたプリントが散乱していた。


「えっ、小林?」


 刹那は驚きの表情と共に小さくそう呟いた。


「……」


 俺は「よくこの位置から見えるな」と思ったが、今の状況でそれを口にするのはおかしな話だろう。


「…………」


 ただすぐに視線を踊り場で倒れている男子生徒の腕に『生徒会長』と書かれている腕章を見てすぐに「小林だ」という事に気が付いた。


「…………」


 どうやら雨宮さんもその事に気が付いた様だ。ただ、この時。雨宮さんが何を思ったのか……それは分からない。


「おいっ! どうしたっ!」

「あっ、先生!」


 そうこうしている間に慌てた様子で教師たちが現れ、小林は「頭を打っているかも知れない」という事で病院へと緊急搬送されたのだ。


■  ■  ■  ■  ■  ■  ■


「詳しい検査結果が出るのは明日になるだろうけどな。でも、命に別状はないらしい」

「そっか」


 それだけが唯一の救いだろう。


「でも、これが本当に『カード』と関係があるとは思えないな」

「……そう言っていながらも可能性は否定できない」


「…………」


 確かにそうである。一見関係のないような話でも実は関係がありました……なんて意外にあるモノだ。


「はぁ、お前がそう言うってことは関係大有りって事だな」

「うん。でも、今回は……」


「ん?」

「私たちではどうする事も出来ないかも……」


 そう言って上を見上げた空にならって俺も空を見上げると……。


「あっ!」


 キレイな流れ星を見つけ、すぐに隣にいる空に声をかけようとした時には……。


「……いねぇし」


 空の姿はどこにもなく、俺はただ一人。その場に取り残されたのだった……。

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