第3話


『とりあえず、その『少年』をちゃんと見ておいた方がいい。近いうちに『何か』変化が起こる』


 ――そう空から忠告を受けて早くも二日が経過した。


 しかし、小林にこれといった変化はなく、毎日毎日忙しそうにせかせかと動いている。


 それはもう「授業以外は基本的に『何かしら』しているから、席に座っている事がない」という感じだ。


「本人は絶対『大丈夫』って言うんだろうけどさ、こっちが心配になるくらい毎日大変そうだよね」

「……そうだな」


 俺自身『お節介が過ぎる』のも良くないだろうし、その『お節介』をした本人にかえって気を遣わせるのも意味がない。


「でもさ、それで倒れられても困るよね。確か小林が関わっているのって学校祭……体育祭と文化祭の後始末と後は……」

「今度ある修学旅行にも関わっていたはずだ。それに球技大会の大まかな段取りもしているらしいな」


「おっ、オールマイティ過ぎる気が……」

「いや、いくらなんでも抱えすぎだ。それに部活動の部長だろ?」


「…………」

「…………」


 いくら俺たちがこんな話をしていても、俺たちがどうこう出来る話ではない。ただ「これだけの事を一人で抱える必要はない」そんな気がしてならないのだ。


「……」

「……」


「本当になぁ……。俺はもっと周りに頼ってお互い協力するようにって言ったんだよ?」


 突然、俺でもなければ刹那でもない……軽い調子にも穏やかな様にも感じられる『声』が俺たちの『横』から聞こえた。


「……」

「……」


 俺たちは当初。その声は「どちらかが発したモノ」と思っていた……が、どう考えても違う……と思いながらお互い不思議に思いながらも、黙っていると……。


「ところで、君たちはなんで龍紀の心配をしてくれるの?」


「……っ!」

「……うわっ!」


 この声でようやく「俺たちの『隣』に誰かいる」事に気が付いた。


「えっと……誰?」

「ストレートだな、お前」


 なんて言っている俺も実は『この人』が誰なのか分かっていない。とりあえず言えるのは『なかなか独特な人』だという事くらいだ。


 それは『見た目』が……というワケではなく、なんというか……まとっている『雰囲気』と『声色』が独特に感じられる。


「うーん、もしかして俺の事?」


 現にこの人は違うクラスに入り……なおかつ全く知らない人間相手に話しかけている。普通の場合、多少は躊躇するものではないだろうか。


「俺は雨宮あまみや数刻かずときっていうんだ」


 その人は自分の胸に手を当て、誇らしげな表情で自己紹介をした。


「えっ、雨宮……って」

「知っているのか?」


「知っているも何も……前の生徒会長だよ!」


 驚いた表情で刹那はそう俺に向かって言っているのだが「なぜ分からなかった?」という気持ちの方が俺の中では勝っていた。


「やーっと分かってくれた」


 雨宮さんはそう言って「はぁ……」と安堵のため息をついている。どうやら、雨宮さんとしては「生徒会長は生徒全員が知っているモノ」と思っていた様だ。


 それを考えると……ひょっとするとこの人は……結構な『目立ちたがり屋』なのかも知れない。


 この学校に限らず、大体の学校が生徒会を決めるには『選挙』という形が取られる。


 しかし……その度に教師たちは頭を悩ませている。誰も『立候補』してくれない……と。


「……それで、なんで龍紀を気にかけてくれているのかなぁーって」


 でも、ごくたまに自ら『立候補』してくれる人がいる。


 ただ、俺が思うにそういう人たちは本当に「やりたい!」という人たちなんだろう……と、彼らを見ていつも思う。


 そして「俺には無理だ……」といつも行事の度、前に出ている彼らを見て感じているのだ。


「なんでって……なっ、なんでだろ?」


 そう言いながら、刹那はおずおずと俺の方をチラッと見てきた。


「……」


 正直なところ。自信をなくすと途端に俺に助け船を求めるのは止めて欲しい……が、助けないのもかわいそう……というヤツだろう。


「別に深い意味はありません。ただ……」

「ただ?」

「??」


「このままいくと、倒れてしまうのではないか……と思っただけです」

「そっか……。じゃあ、君も?」


 突然返ってきた問いかけに、刹那は一瞬驚きながらも「はい」と答えた。


 でも、本当にただの『クラスメイト』である俺たちですら気になり、心配になってしまうほど、ここ最近の小林は大変そうだ。


「最初に言ったんだけどなぁ……」

「え?」


「うん? とても一人で全部は出来ないだろうから、周りと協力しろよって、そうじゃないと倒れるかも知れないだろ?周りに迷惑かけたら意味ないってな」


「……」

「……」


 確かに、雨宮さんの言うとおりである。


 いくら自分が頑張って……いや、いくら自分が納得出来なくたって周囲に助けを求めるのは決して恥ではない。


「でも、あいつは『助けを求める』って事が『恥』だと思っているのかなぁ……」

「どっ、どうでしょう?」


「あいつ、結構頑固なところがあるからなぁ」

「へっ、へぇ」

「…………」


 本人のいないところで……と一瞬思ったが、「言われてみれば……」とついこの間手伝った時の事を思い出した。


 あの時も結構頑なで、結局のところ折れてくれたが……。


「……それで、心配になってワザワザ来たんですか?」

「ん? まっ……まぁ、後輩だしな……先輩としてもやっぱり気になるんだよ」


 なんて、雨宮さんは刹那の天然な質問に一瞬戸惑った様な表情になったが、すぐに取り繕った様な笑顔になり、軽いジョークの様にサラッと言った。


「……」


 俺としては、その様子があまりにも不自然に見えた。


 でも、それは多分「心配しているのを悟られたくないという気持ちの裏返しだ」と思っておく。


 ただ、多分。この人も小林と似ているのかも知れない。


「…………」


 ――人に『素直』になるのが苦手という意味では。


「あの、でも確か……」


 ほんの一瞬の間を置き、刹那が『何か』言おうとした瞬間――。


「おいっ! 誰か倒れたぞ!」

「先生呼んで来いっ! 先生っ!」


 突然、廊下から男子生徒のモノと思われる『声』が聞こえてきた。しかも、教室にいる俺たちに聞こえるのだから相当大きな声なのだろう。


「……? なんだ、騒々しいな」

「本当に、なんだろう?」

「行ってみようか」


 俺たちは互いに顔を見合わせ、声が聞こえてきた『場所』に駆けつけることにした。

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