或る青年の独白

三ツ沢ひらく

Let me live

 姉さん、結婚おめでとう。


 このよき日にあなたが愛する人と結ばれることを心から祝福します。


 そして、式に出ることができなくてごめんなさい。本当は姉さんの白無垢姿を見て「馬子にも衣装」だとかいつもどおりの冗談を言おうと思っていたのですが、やむを得ぬ事情によりそれができず残念です。


 姉さんは僕が居ても居なくても良いかもしれませんが、僕としてはやはり、たったひとりの姉の晴れ姿は側で見守りたいものでした。


 姉さんは覚えているでしょうか。


 昔、どうしようもなくお転婆だったあなたはよく無茶をして母さんにしこたま怒られわんわん泣いていましたね。


 幼かった僕はあなたを泣き止ませる方法を知りませんでしたが、ある日たまたま丸っこくてふわふわしたものを泣いているあなたに差し出すと、その涙がぴたりと止まるということに気が付きました。


 それからはあなたが泣くたびにその物体――どこか気の抜けたような顔をした、フクロウのぬいぐるみをあなたのもとに運ぶのが僕の役目となりました。


 他で同じ型のぬいぐるみを見たことは無く、いつどこで誰が手に入れたものかも分かりませんでしたが、見ていると不思議と安らぐ物体であることは確かでした。


 丸くてふわふわでどこか胸を張っているようなそのフクロウのことを、「まるお」なんて呼び出すものだから、僕はそいつの本当の名前を調べようとしましたが、どこにも書いてありませんでした。

 もしかしたら誰もそのフクロウの名前を知らないのかもしれません。なので、あなたが「まるお」と呼んだそのフクロウのぬいぐるみはこれからもずっと「まるお」で良いのだと思います。


 ……話が随分逸れてしまいました。


 春も近づき、穏やかな気候の中、姉さんの結婚式が天気に恵まれ、人に恵まれたことを大変嬉しく思います。


 僕の杞憂であってほしいのですが、もしかしたら姉さんは春が嫌いになってしまったかと思いました。しかしこうして美しい思い出が増えることで、辛かったことや悲しかったことを忘れられるかもしれません。




 僕が死んだのも春でした。




 姉さんの結婚話を聞いてすぐに、僕は呆気なく命を終えました。


 最期のとき、僕はあなたの涙を止めることができませんでした。やはり、昔からの切り札である「まるお」が居なければ僕は何もできないのです。僕のせいで結婚式が延期になってしまったことも、とても申し訳なく思っています。


 けれど今、あなたの涙を止めてくれた人の隣で幸せそうに笑うあなたを見て、昔あなたが泣き止んだ後に見せた笑顔を思い出しました。そういう変わらないものを僕たちは思い出して一緒に笑ったり、もっと共有できたかもしれませんね。


 ところで「まるお」はもう要りませんよね。これからあなたの涙を止めるのは「まるお」ではないのですから。


 なのに何故、その丸くてふわふわした物体は列席者の最前列にちょこんと座っているのでしょうか。もしかしてそこは僕の席だったんじゃないか、まるお。胸を張っても誤魔化されないぞ。




 今日はおめでとう。姉さん、どうかお幸せに。




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