名探偵のライバル

うたう

名探偵のライバル

 私のことをフクロウの研究者のように言うがね、それは間違いだよ。私は今だって優秀な探偵のつもりでいるし、事実そうだ。君も知っているだろう? 私が今までにいくつもの事件に関わってきたことは。

 なに? 関わっただけで解決したと聞いたことはない? 失敬だな。いいかね、事件というのはただ解決すればいいというものじゃない。美しく犯人を追い詰めねばならん。見えない縄を掛けていくような作業だ。それが被害者の気持ちに寄り添うことになるし、罪を犯すに至った犯人を理解してやるということにも繋がる。そこのところをぽっと出の若い探偵はわかっちゃいない。すぐに結果を求めたがるのは、悪い癖だよ。

 だからだね、私は解決したことがないのではないのだよ。解決チェックメイトに向けて、ポーンをひとつ進めたところでいつも横から邪魔が入るだけだ。

 ムズムズとか言ったか、若い探偵――なに? テームズ? 違う? 名前なんかどうだっていい。いつだって、あやつがしゃしゃり出てきて、美意識も情緒もなにもない推理をかますんだ。あの若造のことを世間は名探偵ともて囃しているようだが、彼ほど事件を汚く食い散らかしてきた男はいないよ。

 しかし今回の事件ばかりは、若造もしゃしゃり出ることはできなかったようだね。ウラ山の別荘で起きた、富豪刺殺のあの事件だよ。人里離れた別荘での事件だからね、目撃者がいない。相当な難事件だよ。だが、私には解決への道筋が見えたんだ。

 君が私のところへ来たのは、「ホールズ、老探偵に敵わず!」との新聞記事を見たからではないのかね? そんな記事はない? おかしいな。彼は敗北を認めたのだよ?

 ウラ山はフクロウの生息地として有名だが、私はそこに着眼した。あの別荘には、大きなブナの木がある。フクロウが止まり木にしている木だ。死体の状況から、犯行時刻は夜であったと考えられた。

 だから私は言ったのだよ。

「犯行はフクロウが目撃している」

 若造は口元を押さえて、天を仰いでいたよ。初めて知る敗北の味だったのかもしれないな。声を殺して、むせび泣いていたよ。

 だからだね、私はフクロウの研究をしているのではないのだよ。あの晩の事件の証言を引き出すために、フクロウに人間の言葉を教えていたのだ。フクロウは知恵の象徴であるからね、もう人間の言葉を習得はしているはずなのだ。しかし、なかなか口を開かん。これは誰かを庇っているのかもしれんな。ほら、見ろ。この意志の堅そうな表情を。しかし、この丸い二つの眼は、あの夜の凶行を目撃しているに違いない。手強い。手強いが、必ず解決まで導いてみせるよ。

 なに!? 事件はもう解決した? バカな! フクロウはまだ何も語っちゃいないのに。

 メイドの部屋から凶器のナイフが見つかった? 動機は、主人に――、いや、そんなのはどうだっていい。

 またモームスが解決したのか? そうか、彼は「自分が出るまでもない事件だ」と言ったのか。

 そうだな。つまらん。実につまらん事件だ。つまりどういうことかわかるかね? 私が出るまでもない事件でもあったということだ。

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名探偵のライバル うたう @kamatakamatari

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