【KAC9】生まれ育った場所で
約三十三年生きてきて、これまでにもたくさんの『おめでとう』をいってきたし、もらってもきた。お正月、誕生日、入学式、卒業式、成人式。そして――。
「おめでとう
「よかったなー、ノブー」
「いい結婚式だったわねぇ」
結婚式――というほど立派なものはあげていない。ただ、自分たちの暮らしている商店街が、半分以上閉店しているシャッター商店街であるということを逆手にとって、商店街そのものを『式場』としてつかわせてもらったのだ。
忍も花嫁である
ほんとうなら式は入籍してからするつもりだった。だけど、ちょうど結婚準備に手をつけはじめたころに、紗菜子の親友である
ほぼほぼ手づくりの式だった。花嫁衣装は元洋裁店夫婦が。当日のヘアメイクは元美容師のおばあちゃんが。写真撮影は元写真館のおじいさんが。店は閉めていても住居としてそこに暮らしている人は多い。みんな、こちらが頼むまでもなく率先して引き受けてくれた。
しかし、式から一か月がすぎようとしているというのに、商店街住まいのおじさんおばさんたちは、いまだ顔をあわせるたび挨拶がわりのように『おめでとう』といってくれる。いくらなんでも祝福しすぎだろう。と思うのだけど、そうなってしまった原因が自分たち――というか、おもに自分にあるということもわかっているので、どうしたものやら……結局、苦笑まじりに「ありがとう」と返すしかない今日このごろなのである。
*‐*‐*‐*‐*
喫茶店を
店をたたむことも考えた。子どものころからずっと手伝ってきたし、経営についても多少は学んだけれど、きっとこれからゆっくりと静かにおわりに向かうのだろう商店街で、自分が店を続けていく意味があるとは思えなかったのだ。しかし当時高校生だった紗菜子が、そんな忍をひきとめた。
『えっ、やだよ。ノブちゃんがお店閉めちゃったら、わたしはどこでグチ吐き出せばいいのよ』という、身も蓋もない、とんでもなく身勝手な理由で。まあ、それでひきとめられてしまった自分もどうかと思うが。
惣菜屋の
それからずっと兄妹のように育って、だけど忍はただの一度も紗菜子を『妹』と思ったことはなくて、最初からずっと紗菜子はかわいい『女の子』だった。いったい、いつから紗菜子に恋していたのか。正確なところは忍自身もわからない。気がついた時にはもうそうなっていた。
背だけはちいさいままだったけれど、紗菜子は中学を卒業したころからぐんぐんきれいに、おとなの『女性』の顔になっていった。
しかし紗菜子のほうは、忍のことを『お兄ちゃん』としか思ってなくて、忍もまた紗菜子を万が一にも怖がらせたくなくて、のぞまれるまま『お兄ちゃん』を演じてきた。そうして、もっとも近くにいた幼なじみの女の子は、いつしかもっとも遠い女性になっていた。
転機がおとずれたのは三年前だ。
紗菜子は何年ものあいだずるずると続けていた道ならぬ恋をおわらせる決意をした。そして忍は、こじらせすぎた片想いをおわらせる覚悟をかためた。
と――ここできれいにおわれたらよかったのだけど、現実はそれほどやさしくなかった。
これは忍もあとから聞かされたのだけど、奈子は高校時代から『こいつらさっさとくっつかないかなあーと思ってた』といい、それは文字通り生まれた時からふたりの成長を見守ってきた商店街のおとなたちもおなじだったようで、つきあいだしてからというもの、ことあるごとに――
『ほんとうによかったわねぇ』
『ここまで長かったなあー』
『なかよくねぇ』
『しあわせにな!』
と、肩をたたかれるのである。なんというか、いろいろバレバレでつつ抜けだった。穴がなくても掘って埋まりたい。
まあ、そういうわけで、ふたりがつきあっただけでもそんな祝福ぶりだったのだ。結婚となったらそりゃあもう、いわずもがな――である。
そして今日も……
「あら忍くん、おめでとう」
「紗菜ちゃん大切にすんだぞ!」
「これ、おまけ。しあわせにねー」
買い物に行くと、お祝いにおまけがもらえたりする。だから忍も、店にきてくれた時はおかえしにクッキーを一枚サービスしたりする。
このシャッター商店街のお祝い運動は、もうしばらく続きそうだ。
(おわり)
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