【KAC2】さよならしよう

 学校の朝礼などで男女別に背の順で整列するとき、わたしはいつも前から二番目だった。幼稚園からずっとだ。なにげにこれってすごくない? 地味だけど。こんなのわたしだけだろうって思ってたんだけど、中学でおなじクラスになった大木奈子おおきなこは、いつもうしろから二番目だったらしい。こちらも幼稚園からずっとだったんだって。


 それはもしかしたら、本人たち以外気づいていない事実だったかもしれない。だって男女混合とか出席番号順とかでならぶときは二番目じゃないし。男女別に背の順でならぶときだけの話だもの。

 前から二番目のわたしと、うしろから二番目の奈子。地味にすごいよね! と、妙な連帯感が生まれたりして。いつしかわたしたちは親友になった。



 おとなになって、さすがに背の順でならぶような機会はなくなったけど、わたしたちは変わらず親友だった。

 そして、ずっと二番目仲間だった奈子が、人生で『一番』になる日がやってきた。彼女が就職した会社の先輩である人好善ひとよしぜんさんと、結婚することになったのだ。


 人好さんの実家はものすごいお金持ちなんだけど、なかでも一代で財を成したというお祖父じいさんは、なによりもフクロウが好きで、自宅の敷地内にフクロウ博物館をつくっちゃったり、五十歳以上も年下の、やっぱりフクロウ大好きだというお嫁さんをもらっちゃったり、そのお嫁さんがじつは人好さんの同級生だったり――と、まあいろいろびっくりなんだけど、人好さん自身はごくふつうの、おだやかで気のやさしい男性だった。


 すらりと背の高い奈子はモデルのようにとてもきれいで、花嫁らしくとてもしあわせそうだった。

 うらやましいと思った。もしかしたら出会ってはじめて、奈子をねたましいと思った。だってわたしは、おとなになっても、背の順でならばなくなっても、ずっと『二番目』のままだったから。ただの一度も、誰かの一番になれたことなんてなかったから。


 でもなにより、親友の結婚式でそんないじけたことを考えてしまう自分がいやだった。だからもう、やめよう。今度こそ、おわりにしよう。おわりにしなきゃ……と思った。そうしなければきっと、じわじわと心の内側から腐っていく。


 だってほんとうは、ずっとまえから知っていた。


 ――女房とはうまくいってないんだ、なんて。

 ――夫婦仲なんかとっくに冷えきってる、なんて。

 ――愛してるのはおまえだけ、なんて。

 ――もう少し子どもがおおきくなったら離婚する、なんて。


 そんなのぜんぶ、ぜんぶウソだって、わたしはとっくに知っていた。ただ、目をつぶって、耳をふさいで、やりすごしてきただけだ。


 ……このさい、なにもかも奥さんにバラしてやろうか。


 きっと、その瞬間はスッキリする。だけど、どうだろう。それでわたしになにが残るだろう。むなしさしか返ってこないんじゃないだろうか。いや、逆に彼や奥さん、子どもたちからうらまれるだけかも。

 ……なんか、冷静だなわたし。そう思ってちょっと笑ってしまった。まあ、いいや。とにかく別れよう。きれいサッパリさよならしよう。


 ああ、そのまえに友人代表のスピーチだ。『二番目仲間』だった奈子とわたしの話をしよう。きれいだよ、奈子。ちゃんと人好さんとふたりでしあわせになるんだよ。


 わたしもいつか、誰かの『一番』になれるようにがんばるよ。




     (おわり)


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