イサナの〇〇をまもりたいっ!

NTN

最終話

「イサナ!」


 やっと見つけ出したアイツは、一人で雨の中で立ちすくんでいた。

 思えば、はじめて会った時もこんな暗い雨の日だった気がする。風も強く吹く夜のボロ小屋に二人、水の沁みだしてきた床に真っ青になって顔を見合わせたりして。


 その小屋を横に抜けて、イサナから少し離れた場所で立ち止まった。


「……おい、聞いてるんだろ。海波月」


 __今思えば。そんなことをするのは間違いなのだろう。

 アイツのことを知ったばかりで、周りの奴らみたいにかっこいいことも言えなくて、そのくせ強くもない、逃げてばっかの、弱い奴。それが俺で、真反対にいるイサナにたまらなく憧れていたのは間違いなく自分だ。厄介だって、わかっている。


 けど、間違いだったとしても。もしそれが、イサナを悲しませることになったとしても。


「ともだち」


 声がふるえた。舌が口にしがみつく。……ただの言葉。

 俺がアイツと、今を今のままにもっと近くにいたいという我儘をぶつけるための、大きな言葉。


「なってくれるんだろ、海波月。お前が言ったんだからな、なってやるって」


 傘なんてもう要らなかった。イサナと俺を隔てるそれは、もうもどかしいものでしかなくなっていたから。


 だから走り寄った。こんな雨じゃあ、こっちを見てるその顔がかすんでしまってわからないから。

 アイツがいつも頑張っている、だなんて勝手な想像で終わらせてきた俺はもういらない。知らないふりなら、後からいくらでもできるから。

 頑張っているイサナが、なによりもキレイだと思った。だから知りたい。今この瞬間に何を思うのか、その涙が何故なのか、見える限りを見守りたくてたまらない。その辛さを伝えてほしい。


 だから、言ってやる。何もかもをかなぐり捨てて、できるかぎり近づいて。


「なら。その辛さ、……俺に、託してくれよ」


「あっ!おい!」


「……いいから。お前が辛いんなら、俺がその欠片くらい貰ってやる。いつでも頼ってくれ。頼らなくてもいい。ともだちでいてくれ」


「でもそれは!」


「わかってる。こんなこと、ただのエゴでしかないってこと。でもさ、俺は」


「…………でも、」


 その消え入りそうな声が何を言いたいのかなんて、わかっている。

 けど俺は、彼女から奪ったその容器の中身を飲みこんだ。



 熱い液体だ。こんな勢いで飲むものではないだろう。味も、美味いのだろう。だが辛い。辛い。辛い、うまい、美味い、……辛い。


 最後に唇をなめとって、それから_____、


「……お前の尻くらい、守らせろよ」


 それを言ったっきり、意識がない。


‐‐‐


 少しの間、意識を失っていたようだ。隣には空になったインスタントの容器と、怒ったようにこちらを見るイサナの顔。

 目覚めた俺は、その美しい顔をしっかりと見据えながら立ち上がった。


「……やっと晴れたな。まるで、500人くらい集まって雨雲をどけたみたいだ」


 無論、まだ雨は振り続けている。だが、すでに日は差し込んでいた。

 例のあの猫も勘違いして外へと飛び出してきたようだ。

 


「帰るぞ」


 砂利の上に寝かされていたからだろうか。やけに尻が痛い。今は無性に帰りたい気分だ。帰ってから、濡れた服を着替えて、それであと、腹も痛い。ついでになぜか、殴られたみたいに頭も痛い。


「コンビニはもちろん寄るよな?」


「ああ」



 渡そうと思っていた謎マロも、捨てておかなきゃ、いけないな。

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