第6話 「寛大なる女魔王の条件」

 


「ガハハハ! フハハハハハ!」


 甲高い笑い声が玉座の間から響き渡っていた。

 赤い絨毯の上に跪きながら、見上げてみると玉座に座っている黒鎧を着た赤髪の女性がこちらを見下していた。


 かなり幼い見た目のようだが、底知れない力によってその周りを漂うオーラが肉眼でも捉えられる。

 演出の為なのか、それとも無意識なのか。


「ガハハハハハハ!……ごほごほっ!」


 あ、むせた。


「ごほごほっ! こらっ、誰じゃ城内の換気をサボった奴は! ごほごほっ」


 苦しそうな表情で咳を繰り返しながら、周囲に並んでいる親衛隊を一人一人確認する。

 いや、あれただ単に笑いすぎただけでは?


「……魔王様、笑いすぎただけなの」


 僕の腕を物凄い力で拘束している少女がポツリとそう呟いた。

 ふてぶてしい態度にも見えたが、魔王と呼ばれた女性が少女を見るわ嬉しそうな表情を作った。


「おお! 帰っていたのか余の親愛なる傀儡よ、ちと早すぎやしないか?」

「魔王様の言っていたゴブリンを連れてきたの……殺さずに」


 と、少女は拘束している僕の方へと視線を落とした。

 僕だけではない。

 この場にはゴブとリン、蝙蝠族のラフレーシアとジークまでもが連れてこられている。


「なんとっ! 仕事が早くてなによりじゃぞフランよ! でかしたぞっ!」

「分かってるのよ、そんなことはどうでもいいから……せっかく連れてきたゴブリンの相手するの」


 無表情にそう告げながら、フランと呼ばれる少女に押され、前のめりに倒れてしまう。

 顔面を地面に叩きつけ「ごふっ!?」と変な声を漏らす。


「ほう、対面するのは初めてじゃが、ただのゴブリンではないと見たぞ。なんせ余は天才なのじゃからな!」


 どうってことない様子で魔王は舐めるような視線で僕を見下ろす。


 睨みつけられているようでガクガクと足が震えてしまう。

 生前、魔王討伐の義務で勇者パーティに加入したものの魔王とは遭遇したことはない。

 無論、その姿をも見たことがないが、いざ目の当たりにしてみると、怖いといった印象が大きい。


 咳払いしながら、魔王は続けた。


「ーー名を聞こう! とは言いたいところだが、やはり自分から名乗ろうじゃないか! 余こそが『四強帝魔王』の一人、魔王『サリエル・ブランシュ・ヴラッティア』じゃぞ!」


 魔王サリエルはそう名乗り、ニカニカと笑いながら指でブイサイン。

 『四強帝魔王』この世界には四人もの魔王が存在している。

 魔王らは魔族や亜人等をを支配下に置いて、それぞれ大きな国を統治していた。

 ヴェリル森林もこの魔王の一つの所有地であり、そこに住まう魔族らは絶対的支配者である魔王管理の下で生きている民である。


 ここに連れてこられる前、ラフレーシアにそう説明されたのだ。


 その前に、現在地である大陸ってもしかして人族の住まう『アズベル大陸』ではなくて、西側にある『魔の大陸』ではなかろうか?

 そうでなければ、魔王はこの場にはいない筈だ。

 それに、それに……!


 そうやって一人で悩んでいると、背中をフランに蹴られるような感覚を覚えた。


「魔王様はもう名乗ったの。ゴブリンも名乗るの」


 無表情だが冷酷な声でフランに言われ、我に帰る。

 やばい、うっかり自分世界に突入してしまった。


 名乗らないと、えっと、普通にどう名乗れば良いのだろうか?

 名前だけだと、ちょっと格下だと思われかねない、すでに格下だけど……ええい、ままよ。


「元は人族として生きていた魔術師『アルフォンス』と申します。一見、ゴブリンだと判断してしまうかもしれませんが……」

「待て、お主が転生者だって事ぐらい余は存知ているぞ? わざわざ余計なことに時間を費やすのではないぞ」


 鼻息をたてながら言葉を魔王サリエルに妨げられてしまう。

 へっ、ナニそれ。

 え、なに、

 知っていたの?


 てっきり、怪しまれるかと思ったけど。

 受け入れるどころか、すでに知っていただなんて! ウソォォ!!


「えっ、それじゃ僕がゴブリンに転生した理由をも存知ているのですか!?」

「まあな、それは後々に話す。余の師匠が認めた男だ、さぞかし勇敢じゃったようだが……」


 魔王サリエルは目を細めながら、何か引っかかるような表情で僕を舐め回すように見る。


「よりによって、何故ゴブリンなのじゃろうかね?」


 いや、それに至っては知らない。

 本人だって十分に驚いていますよ……おかげでどれだけ仮死状態になってしまったか。


「まあ、どうでもいいや。それじゃ本題に入る前に!」


 魔王サリエルは手をパンと叩くと、大気が乱れたような感覚がした。

 背中がゾクリと震えてしまう。


 いくら大賢者であろうと一人の人間だ、怖いものは怖い。


「えっと……なんじゃったっけ?」


 難しい顔をしながら、魔王サリエルは言葉を詰まらせてしまう。

 天才と公言しながらも早速忘れている。


 そんな彼女の元まで兜を被った紫色の全身鎧が近づき、耳打ちをする。


「ふむふむ、なるほど。思い出したぞ!」


 今度は手をポンと叩く。

 再び大気が乱れてしまう、かと思いきやそれだけには留まらず何処かの窓ガラスが割れてしまう音が耳に入る。

 怖いので、正直もうその仕草は止めてほしい。


「ゴブリン村の件なのじゃが。えっと、お主ら名をラフレーシアとジークと言ったな?」


 背後でずっと黙り込み待機していた二人の名前が呼ばれる。

 振り返ると、そこには緊張した面の二人が膝をつけていた。


「お主ら、余の統治する領内でどうやら争いを起こそうとしたようではないか?」


 冷静へと豹変したサリエルに驚いてしまう。

 ラフレーシア達も同様、驚くというよりかは恐怖で表情が濁ってしまっている。


 もしかして、法に触れてしまったパターンなのかもしれない。


「人族の奴隷商人が雇った盗賊によって同族の大半が攫われてしまい、奴隷にされたり殺されたりしたのが理由らしいな?」

「ハッ、その通りで……あります」


 大量の汗を流しながら、震える口でラフレーシアが答えた。

 もうすでに魔王サリエルと目を合わせていない。いや、あまりの威圧で合わせられないのだ。


「して聞こう、その程度の理由と原因だけで余の民の一部であるゴブリンを殲滅しようと?」


 睨みつけられ、二人は硬直してしまう。

 さすがにもう喋られないのか、押し黙ってしまうラフレーシアの代わりにジークが答える。


「古来からエビルゴブリンの誕生は通常のゴブリンの変異によって引き起こるものだと唱えられてきましたので、その程度の理由だけで愚かにも我らはゴブリンを無慈悲に……殺めようとしました。人族を報復させるための糧として利用する、というのは言い訳にすぎません。我々個人がゴブリンを嫌っていたのが原因です」


 包み隠さず、自分の思惑を語りだすジーク。

 さすがは王の子息と言うべきか、ここで嘘を吐くよりかは真実を告げた方が良いと判断したのだろう。


 しかし、魔王サリエルは眉をひそめながら言う。


「ふむ……死罪じゃな」


 判決を言い渡され驚くように目を見開く。流石の僕も反応せずにはいられなかった。

 周囲の兵士たちもが騒めいている。


 ラフレーシアとジークはと言うと、罰に屈しないような表情を固めたままだった。

 当然の結果なんだと、受け入れているのだろう。


 蝙蝠族のしようとした行動は決して許される行いではない。

 ヴェリル森林を治る魔王への裏切りも当然の行為なのだ。


 流石に口出しができない道理がある。

 だが、


「……と言いたいところじゃが。どうやらお主ら蝙蝠族はアルフォンスに忠誠を誓ったらしいじゃないか? 我々、魔族の忠誠がどのような意味があって、どのぐらい重要なのかはわかっておるよな?」

「はい。忠誠を誓った主人には絶対的忠義、尊敬を絶やすことなく示し、どのような事があろうとその身を捧げることです。その覚悟なら、もう胸に秘めております。我々はアルフォンス様に仕え、理想と思想に従うだけです」


 と、真剣な眼差しで答えるラフレーシア。

 ジークも同調するように頷き、恐ろしいオーラを放つ魔王サリエルと目を合わせる。


 改めてそう言われると、本人である自分が恥ずかしい気持ちになる。

 人族側の大賢者として生きていた自分だが、ここまで自分について行こうって人は中々居なかった。

 


「………」


 魔王サリエルが黙り込み、一瞬にしてこの場に緊張感が走った。

 ゴブとリンが震えながら、心配そうにラフレーシアとジークを背後から見つめる。


「フフフ………ガハハハハハハハハハ!!! そうじゃ、それでいいんじゃ蝙蝠族の戦士たちよ!」


 盛大な笑い声が玉座の間を木霊する。

 拍子抜けしたような顔になってしまうが、端っこに立っていた兵士たちは呆れたような顔をしていた。

 まんざらでも無さそうだ。


「よいぞ! 余はお主らのその言葉を聞きたかったのじゃ、そもそもお主らを処罰するなど考えてないわい!」


「「へっ?」」


 呆気にとられる二人、僕も同様に口を半開きにしてしまっている。


「心配するでない、必要な戦力を余が自ら削るわけにもいかないし、特に面白おかしい展開をみすみす逃すか! まさか、あの頑固な蝙蝠族がゴブリンの配下になるとは愉快なのじゃっ! 余の国を荒らそうとした分、一生仕えているといい!」


 面白おかしい展開……? なんじゃそりゃ。


「それにゴブリンの兄妹よ! お主らの一族は全員無事に余の城の裏にある広場で預かっておる」


 サプライズでも仕掛けたようなテンションで、魔王サリエルは腕を組みながら甲高い声でひたすら笑った。

 ゴブとリンは雷が落ちたように衝撃を受け、無事だと知らされ自然とその瞳が潤んでいった。


 そう、無事なのか、それは良かった。


「それじゃ感動するのは後じゃ、本題に入るのじゃがアルフォンスよ。お主をこの城に連れてきたのには理由がある」


 咳払いを再度行いながら、魔王サリエルは改まって言う。

 雰囲気からして悪い予感がまた脳裏をよぎっていた。


「お主をここに連れてきたのは紛れもない余の師匠なのじゃが、今ここで語ることは出来ん」

「はぁ」

「それで聞こうアルフォンスよ。お主の目的はなんじゃ? ゴブリンになってしまい、居場所もなくしたんじゃろ。人族だったとしても現のお主は違う、もう元の姿には帰れん」


 居場所がない、別に引っかかるほどの単語ではない。

 たとえ僕が人族の『大賢者』だったとしても、帰れる居場所なんて……あんな所にはない。

 確かにゴブリンに転生してしまったが、目的はそのあとに探せばいい。


「しばらくは、この国のヴェリル森林にあるゴブリン村に留まってから検討しようかと思います」

「ならん、お主はゴブリンじゃが元は人族じゃ。旅が理由で一時滞在なら容赦しているのじゃが……」


 ええ、そこまでシビアな状況に陥ってしまっているの僕!?


 呆気にとられていると、魔王サリエルは付け足すように言った。


「ま、まぁ……条件付きなら、留めてやってもよいのだぞ」


 魔王サリエルはそっぽを向きながらチラチラとこちらの様子を伺う。

 本当に魔の王? だと疑わしくなる仕草に驚きつつ、条件という言葉に僕は食いつく。


「常識の範疇、範囲内なら……条件を飲んでも良いのですが(正直、不安です)」

「ええい何を言う! 余は魔王で常識ぐらいなら知り得ておる! そんなことより、もう一度だけ問うぞ! 私の条件を飲むのならば住処を与える。しかし断るのならば永久に出入り禁止じゃ! イエスかノーじゃ、それ以外の答えは受け付けんぞ!」


 恥ずかしそうにしながら魔王サリエルは僕に指を差して、答えを緊張しながら待つ。

 疑問に思いつつ、デメリットとメリットの両方を頭の中で考え思想錯誤する。


 結局はここから追放されても行き場はない。

 正直なところ住処が欲しいし、面倒ごとは避けたい。

 いつか、武器を持たない世界に住みたいとも思っている。


「………イエス、貴方の条件を聞きましょう」


 ならば答えは最初から決まっている。

 一度死を体験して転生した。

 それを希望だと捉えるか絶望的だと捉えるかはまだ自分でも分からない。


 だけどよくよく考えてみれば、これは一世一代のチャンスかもしれない。

 自分を縛りあげる王国、勇者、呪いが存在しない。

 生まれ変わり解放されたんだ。


 僕はもう自由なんだ!




 ……魔王の条件を聞くまでは。

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