第5話 「蝙蝠族の忠誠」
人族に宣戦布告するため『蝙蝠族』は人族の住処から最も間近なゴブリン村を占領して拠点にしようと計画していたらしい。
その動機が魔族奴隷制度というものに関係していていて、蝙蝠族は人族のその制度が自分ら魔族に対しての侮辱だと勝手に解釈し、すべての魔族を代表して人族を陥れようとしたらしい。
加えて人族らを支配下に置いた後、軍事国の建国をも計画しているという。
流石に野望がいきすぎていると思えなくもないが、それに至ってはなぜゴブリンを犠牲にしようとする?
普通にゴブリンの長とでも話して協力の申請でもすればいいのではなかったのか? といった疑問が生じた。
「ふん、我々がどうして小汚いゴブリンなんかに? そもそも何故、エビルゴブリンが生まれてきたと思っているのだ?」
姫はあくまでもゴブリンという生命を否定し続けようとしている。
それに関しては自分自身は特に怒りが湧いたりはしなかったが、ゴブとリンの顔が真っ赤だ。
「それで、ゴブリンは一匹も見つからなかったと?」
「ああ、そうだよ。私らも疑問に思いながら、まさか計画が事前にバレてしまっていたのではないかと互いを疑心暗鬼したよ。なんせ内通者が同族にいるのではと、誰しもが疑い始めたのさ」
ふんっ、と鼻を鳴らしながら答える姫。
『ラフレーシア』と言う名前らしい。
確かに、死体は一つも発見できなかったし嘘はついていないかもしれない。
だがゴブリン村に襲撃をかけるとは、酷いものだな。
「まあいい、とりあえずリン」
「はい? なんでしょうか!」
「ラフレーシアさんの言う通りだったら、もしかしてゴブリン村にいた住民たちは既に計画を知っていて避難したかもしれない」
推測に過ぎない。
それならばゴブとリンが事前に知っているはずのでは? とは一瞬だけ疑問に思ったが、僕がこの二匹と出会ったのは徒歩でここから数日はかかる洞窟の中だった。
往復で一週間は経過してしまうので、蝙蝠族の襲撃が耳に入らなかったのかもしれない。
「そういえば、君たち兄妹だけでどうして遠い洞窟に来たんだ?」
「成人の儀という儀式があって、アルさんが居た洞窟まで自力でたどり着かなきゃいけないんですよ。それから洞窟にたどり着いたら、祀られている『古龍神』様に自らの血をお供えするんです」
古龍神、ん?
どこかで聞いたことあるような……いや、それよりも。
「成人の儀って、二匹とも成人しているのっ?」
「はいっ! 私たち、こう見えてもう十八歳なんですよ!」
ニコリと笑いながら答えるリリ、ゴブリンなのに子供のようで可愛い。
頭の灰色のアホ毛が踊るように揺れているのも可愛い。
「そ、そうなのね……(あまりに小ちゃいので子供かと思った)」
ボソッと小声で言ったつもりが、リンとゴブが冷たい視線を向けてきた。
身震いしながらすぐさま謝罪しつつ、さて……この二人の処遇はどうすべきか。
大男の方は中々目を覚まさないし、ラフレーシアはというとメッチャ睨んでいる。
仕方ない、あまり使いたくない方法だったが……あの能力を使うとするか。
だけど、嫌だなぁ。
アレを使っちゃうと『大賢者の魔力器』もろとも、魔力がゴッソリ持っていかれて二日は寝込んでしまうからなぁ。
仕方ない、このまま此処にいる集団を解放しても因縁付けられるだけだし背に腹は変えられない。
僕は、今此処で実行するぞ!
ーーー
あれから三日が経過した。
魔力は通常の量へと回復し、余裕があるので村の修復作業とゴブリンの捜索作業に協力しているところだったが……。
「アルフォンス様! ここは我々にお任せして、どうか休んでいてください!」
「えっ、いや……そういう訳には」
寝床であるテントから出ると、そこには数百もの蝙蝠族が膝をつけて頭を下げていた。
まるで貴族か王になった気分にたたされるが、どうやらやり過ぎてしまったらしい。
経由はこうだ。
僕にしかない特異能力【絶対無敗】が原因である。
効果は思考コントロール。
いかなる時、対象が心の中で『敗北』を認めたのみにだけ発動。
術者に完全に支配され、負けが確定されるという相手にとっては絶望的なチート技である。
ただし術者の魔力が大幅に削れるというリスクが伴ってしまうため、一騎打ち以外には使用はなるべく避けている。
それを三日前、ラフレーシアにかけたことによって現状に至るわけだが。
彼女に敗北を味わせるどころかもう既に戦意喪失していたため、かけた瞬間に発動した。
結果、土下座をされて絶対的な忠誠を誓われてしまった。
「アルフォンス様、我々に何なりとお申し付けてくださいませ!」
忠誠犬のような眼差しを向け、翼をパタパタとさせるラフレーシアに微かな恐怖をも覚える。
蝙蝠族の集団の中でも、変わりようが一番やばいような気がして仕方がない。
だけど、それは彼女だけではなかった。
「むぅ! 我々になんなりと!」
「 「なんなりと!!」 」
頭に包帯を巻いた大男が腕を後ろに回しながら、姿勢よく告げてきた。
その部下達も、一斉にだ。
聞くところ、この大男はラフレーシアより歳下で蝙蝠族の王の子息らしい。
名前はジークという。
それを聞いた途端に驚いてしまったが、姫のラフレーシアも王の息女だという。
つまり王の血筋をもった姉弟か。
数百もいる蝙蝠族を前にしながら適当に地面に座ろうとしたその時、誰かが瞬時に椅子を用意してくれた。
ドッサリと体重を椅子にのせ、驚きの声を漏らす。
後ろを見ると、白い肌の執事服を着た老人が立っていた。
どうやら彼が用意してくれたらしい。
「あ、ありがとうね」
「滅相もありません、姫が主として認めた者には十分な敬意を称しますのが私の役目なので」
丁寧にそう言い、執事は一瞬にして目の前から消えた。
ていうかあんな人、僕が倒した中にいたっけ?
【大賢者化】を発動すると記憶が飛んでしまうので覚えていない。
まあいいや、まずはそれより指示だね。
こうなった発端は僕にある、無責任にもそれを投げだすわけにもいかない。
「それじゃ蝙蝠族の皆様から報告を聞きたいと思います」
そう言いながら、ラフレーシアの方を見た。
ラフレーシアは自分のことだと気づき、椅子に座る僕へと近づいて膝を地面につける。
「ゴブリン村から東の大地、西の森林、東西南北をすべて捜索したところ成果はありませんでした。捜索の幅を広げようかと検討しましたが、森林には我々蝙蝠族より遥かに力をもった魔族のテリトリーがいくつもあるので侵入は危険だと判断しました」
自分より弱い奴は淘汰するが、上位の相手が怖いと。
注意したいのも山々だが、必死にこの3日間探してくれたので保留にしておこう。
だが成果がない、となると。
「リン、村のゴブリンの避難場や頻繁に活動している場所とかって他にもうないの?」
「ごめんなさい……私が知るかぎりは、多分もうないです」
リンはしょんぼりしながら答え、ゴブも同様に悲しそうな表情で俯いてしまった。
自分らの同族が一夜にして姿を消してしまい行方の手がかりが無い状態に陥ってしまった。
空を飛べる蝙蝠族に協力してもらっても尚だ。
思うところが沢山あるだろうし不服だろう。
自分らの村を占領しようとした蝙蝠族がここにいること自体、快く思っていないのが伝わってくる。
「その節は、申し訳ないと思っておられます。ゴブ様、リン様」
「えっ」
あれほどゴブリンを罵っていたラフレーシアがゴブとリンに対して、偽りない瞳で申し訳なさそうに頭を下げた。
流石の二人も驚きを隠しきれず、目をまん丸にしている。
まさか、僕のせい?
ゴブリンだから、同族であるゴブ達に敬意を示しているのか?
考えれば考えるほど、魔族の関係というものは複雑ったらありゃしない。
とりあえず、様子見でもするか。
「そういえば、ラフレーシア達は自分らの住処へと帰還しないの?」
「いえいえ、まさか! 私たちはアルフォンス様に絶対的忠誠を誓った身。父もおっしゃっておられました、相手がどうあれ主には従い、その命を焼き尽くしなさいと。だからこそ、我々は貴方の元に……」
数百人もいる蝙蝠族が一斉に頭を上げ、尊敬の眼差しを僕に浴びせながら告げた。
「「「一生、お仕えします!!」」」
「へ……?」
なにこの急展開。
生前の僕であろうと、ここまでのどんでん返しは不可能だったのに。
なにか裏があるのではないか? 勇者ルークのような小汚い裏が。
とりあえず一人ずつ瞳を確かめてみると、眩しくて仕方がなかった。
裏?
そんなものは一切感じとれなかったよ。
一目見て断言できる、この場にいる全員が完全に堕ちてしまっていることを。
「別にね、無理して仕えなくても……いいんだよ?」
「いいえ、私たちが決意した事なのです!!」
目をキラキラと輝かせながら、ラフレーシアが迫りよってきた。
よく見たら胸が大きい……山が二つあって谷がまったく見えない。
いやいや、問題はそこではない。
「何かお困りでしょうか?」
首をかしげるラフレーシア性格変わってない?
あんな凶暴だったのに、この短期間だけで丸くなっているような。
「いや……もういいよ、好きにしてください」
「「「はい! 好きにさせていただきます!!」」
わーい!!
と全員が一斉に騒ぎ出し、喜びの舞まで踊り始めている。
ゴブとリンが胴上げされていている。
二匹が悪いような表情をしていないのを見ると嫌がっていないのが分かる。
喜ぶのは良いけど、手がかりが無い状態でどう探せばいいのか。
昨日だって能力の使用による魔力低下が回復して目を覚まし【生命感知】を使いながら一人で森林外まで探しにいったのだが、ゴブリンの反応はなかった。
他にも、魔物を倒し感覚共有を施し探させたが、見つからず魔力消費でバテて中断してしまった。
(どうしよ…………っ!?)
「アルフォンス様!」
瞬間、それは突然訪れてきたのだった。
憎悪と殺気に染められた禍々しい魔力の塊。
重々しい威圧がすぐ背後に迫りよってきたのを感じ、椅子から立ち上がり身構えながら振り返る。
そこには漆黒色のローブを身に纏った、赤い瞳をギラつかせる少女が立っていた。
その足の下には、先ほどの執事が倒れ込んでいる。
まさか僕の身の危険を察知して、止めようとしたのだが返り討ちになってしまったのか。
「君は……」
「アルフォンス様、お下がりください!!」
武器を持ったジークとラフレーシアが僕を守るように少女の前へと立ち塞がる。
「邪魔なの」
しかし、少女が手を軽く振るうと同時に二人は僕の背後に吹っ飛んでいってしまう。
瞬きする暇さえ与えてくれないのか、少女は瞬間移動でもしたかのように鼻の先まで接近してきていた。
困惑しながらも後ずさりしようとしたのだか、
「魔王様がお呼びなの……ついてこないと殺す」
無表情で少女がそう告げた時、僕は足を止めていた。
『魔王』
厄災を生み出す存在であり魔物や魔族の根源。
生前、そいつを倒すために勇者一行に同行していたのだが、まさか呼ばれることになるだなんて、誰が思ったのだろうか。
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