第7話 「ゴブリン族の忠誠」

 


 狡猾な魔王との謁見が終わり、側近であるフランの案内でゴブリン族らが保護されているという広場へと向かう。


 ゴブとリンは久々に一族と再会できるためか、かなり上機嫌な様子で案内しているフランの後を追っていた。

 あれで成人しているんだよね、まるで子供のようだ。


「あれもこれも、アルさんが居たから、私たちはこうして一族に会えるんです!」

「そうそう、もしアルフォンスさんがあの場に居なかったら、たぶん俺たち死んでいたかもしれないな」


 ゴブリン村で蝙蝠族と遭遇した時の話かな?

 確かに、もしゴブとリンが何も知らずに蝙蝠族に迫っていったら殺されていたかもしれない。

 せっかく成人にもなった二匹だし、死ぬのは勿体無いんだろう。


 思えば、この二匹とあの洞窟で遭遇して良かったと思う。

 右も左も分からない状態の僕を心温かく村に招こうとしたんだ、その対価に命を救うのは当然の行為だろう。


 だが、その後の展開はほとんど僕との関連性はない。


 蝙蝠族の襲撃を知っていた魔王サリエルは事前にゴブリン村の住民を保護し城に招き入れた。


「あの魔王様、けっこう優しいんですね」


 リンは嬉しそうにそう言うが、案内中のフランが急に足を止めて振り返ってきた。


「そう思うのなら、貴女が魔王様に一生仕えるの………優しいからなの? 私には一刻も早くあの方から逃げたくて仕方ないの」


 深刻そうにそう告げたフランは、深いため息を漏らした。


「ゴブリン族を救ったのは、あの人の気まぐれに過ぎないの。もし、アルフォンスさんが転生して来なかったら魔王様、躊躇いもなくゴブリン族を見捨てるの。無慈悲にね」

「へ……」


 ゴブとリンがどん引きしている。

 一見、鼓膜を突き破るぐらいの声で笑ってみせるフレンドリーな魔王の印象を抱いてしまうが、側近であるフランを見る限りはなんらかの闇を抱えこんでいそうだ。


「魔王様の悪口なら幾らでも言えるの。けど、魔王様は自分への愚弄だけは反応しちゃう地獄耳だから辞めとくの……」


 恐ろしい顔で忠告するフラン。

 表情からして実体験なのだろうか。


「さぁ無駄話はお終い、さっさとついてくるの」


 何があったのかは知らないけど、あまり深く聞かない方が良さそうだ。

 実力からして、この少女フランは物理的に僕を遥かに凌駕しているだろう。


 ゴブリン村で彼女と初対面した時も感じた、手加減していたかのような感覚。

 もしフランがあの場で本気を出していたら、森林一帯は消滅していたのかもしれない。


 それに、もしも僕がフランの言葉に背き抵抗していたらタダでは済まされなかったのは確実だ。

 彼女と戦うことになったら、まずは【影踏み】で捕縛する事を考えるだろう。

 しかし、アレは対象者以上の筋力が要される。

 通用しないのかもしれない。


 かと言って【絶対無敗】ならイケるのでは? と相手を見誤るほど馬鹿ではない。

 あの無心で冷たい表情の化け物フランが、ゴブリンの姿の僕に戦意喪失でもするか?


 答えは簡単だ、否である。


 【大賢者化】しても同じだろう。

 ただ一つ言えることは、彼女と僕の間には大きな力の差が存在している。

 天と地の差だ。

 安易に近づくことが許されない。


 フランの小さくて隙のない背中を見つめながら、僕はそう思うのであった。




 ーーー




「じっちゃん! じっちゃん! 俺だよ! ゴブだよ!」

「私もいるよおじいちゃん! リンだよ!」


 フランの案内で城外の広場に辿りつくと、そこには緑色の痩せ細ったゴブリンの群れが快適そうに過ごしていた。


 広場の東側に広がる森の木々に登って遊んでいる活発な子供や、石造りの地面の上に座って会話している大人や老人、棒を振るって鍛錬しているゴブリンまでもがいる。


 なんか、想像とはちょっと違う光景だ。

 てっきり全員、城の地下などで雑に幽閉され苦しんでいたかと思った。

 あの魔王、性格や思考がまったく読みとれない。


「おぉ、ゴブとリンではないかぁ!」


 群れがこちらに注目すると、その中でも最も老けているであろうゴブリンが二匹の元まで近づいてきた。


「俺らの知らない間に全員消えて、心配したんだぞ!」

「皆んな居なくなるから……怖かったんだよ、寂しかったんだよ。だけどね、優しい人と出会ってね……こうしておじいちゃん達と会えたの」


 ゴブとリンのお祖父さんなのだろうか?

 涙を流しながら悲しくも嬉しそうに抱き合う三匹を見て、目頭が熱くなっていくような気がした。


「話は聞いている筈なの? 蝙蝠族の件やそれを救った一人のゴブリンのことも」


 フランが泣き崩れる三匹に近づき、場の空気関係なく老人に尋ねた。

 すると老人は、開いているのか分からない程の糸目で僕の方を見る。


「……はい。先日、我らの村を影から偵察していた者から聞きました。蝙蝠族の集団が我らの村と領域を占領しようとし、それを阻止してくださったお方のお話を。もしや、我らの村を救ったのがこのお方なんでしょうか……?」


 不思議そうに僕を上から下まで凝視する老人。

 フランは腕を組みながら、面倒くさそうに告げた。


「そう、このゴブリンなの」


 フランに手を引かれ、老人の前へと強引に押し出される。

 よろけながらも、老人との僅かな距離でピタリと動きを制止した。


 老人と目が合い、喋る前に僕は咳払いする。


「……貴方が、我らの村のために一人戦ってくれた強き者なんですかっ! おぉ……なんて感謝を申し上げればいいのやら」


 言葉をこちらから掛ける前に老人は感動した様子で、老いた体で跪き始めた。

 この老人だけではない、背後でこちらを見ていたゴブリンの群れが正座し始めている。


 そして一斉に、その状態で頭を下げるのであった。


「「「誠にありがとうございました! 勇敢なる者よ!!」」」


 老人を筆頭に揃って声が木霊する。

 なんだかデジャブだ。さきほど蝙蝠族にも全員土下座されたような……。


 ゴブリン達の自分に対しての行動に戸惑いつつ。


「いや、僕なんか別に……お礼なら魔王様に告げてください」


 直接、彼らを救ったのは僕ではなく魔王だ。

 僕はというと、ゴブリン村に火を放った元凶である蝙蝠族に痛い目を見せたにすぎない。


「いえいえ、見ず知らずの他人である我々の大切な村を守ってくれたのです! 恩人に感謝を申し上げるのは当然のことなんです」


 見ず知らずもなにも、同族のゴブリンになったことだし、行く宛もない住処が必要な自分には有益なのを判断したにすぎない。

 善意でやったことなのか? と聞かれても、正直なところ分からない。


「ああ、自己紹介が遅れてしまいましたね。我の名前は『ニコラス・アヴニール』と申します、ゴブリン村の村長を務めさせている者です。以後お見知り置きを」

「はい、覚えておきます」


 村長か、やはりどの村に行っても村長は老人なのが定番なんだよね。

 杖で体を支えながら、猫背で迫りよってくるイメージがなにより強い。

 いや、それはさておき、早速だが魔王のある条件についてだ。


「……それでは村長ニコラスさんやその他のゴブリン達に単刀直入に伺いますけど、よろしいでしょうか?」

「は、はい。我の可愛い孫の恩人であり我らの英雄アルフォンス様の願いとあれば、出来る限りは叶えてみせましょう!」


 ゴブリン達は下げた頭を次々に上げ、輝くような眼差しを僕の方へと集結させる。

 異様な光景に困惑しながらも、魔王の条件とやらを思いだす。



『かつて、余の兄であある魔神を軽く凌ぐであろう感じたことのない膨大な魔力量、知識、判断力、何からなにまでずば抜けておるお主に条件じゃ。余の直属の『配下』にならんか?』


『配下! この僕がですか……!?』


『なぁに、損することはないさ。なんせ余の配下になったからにはお主には相応の報酬、地位、国に留まる許可を与えるのじゃ。その他にも金、べっぴんな雌、美味しい酒、お主の働き次第で贅沢を得られるのじゃぞ。悪い話じゃないじゃろ?』


『まあ、確かにそれもそうですよね……』


『ゴブリンという姿を持ち合わせながら、見た目に反してお主はとても賢い。そんなお主、アルフォンスを余が欲しいと言ったのじゃ』


『…………』


 その時、自分が何を考え、なにを答えたのかは今でも鮮明覚えている。

 もしここで断ったらどうなる? 一生この国を出入り禁止になっても、僕には行き場はあるのか?

 この姿じゃ人族に怖がられのは目に見えている、殺しにくる連中もいるだろう。


 逆にここで承知したらどうなる? 魔王サリエルの微笑む顔を見る限り、裏があるのは確かだ。

 だけど、それ以上に僕は得するだろう。

 途方にくれるよりかはマシだ、ならば答えは最初っから決まっている。


 ーーー僕は。




「……ニコラスさん、僕に貴方たちの運命を委ねてくれませんか?」

「は、はい? 委ねるとは……一体どういう?」

「そんなに複雑なことではなく、僕が貴方たちの主になると言っているんです」


 それをゴブリン達が聞いた瞬間、周囲が騒めき始めた。

 中には混乱している者、歓迎するような者、迷っている者が多数いた。

 唐突のことなのだ仕方がない。


 同じく少々困惑した様子の村長ニコラスに顔を合わせ、目を合わせながら告げる。


「別に僕はあなた方を縛る気なんて毛頭ありません。ただ単に此処にいる一族の運命を任せて欲しいと要求しているんです。従うか否かはあなた方次第ですが、決して悪いようにはしないことを約束します」

「しかし、我々は様々な問題を抱えこんでいる状態……アルフォンス様の手を煩わせるには」


 なにを言っている、それを解決するのが君主というものだろう。


「なら、それを全部この僕に任せておいてください」

「……ですが」


 これは魔王サリエルからの頼みごとでもあり、自分自身へのワガママなんだ。

 此処にいるゴブリン達の詳細は先ほど魔王サリエルに聞かされた。


 だからこそ、彼らをどうにかしたい。


「あなた方の苦しみ、痛み、飢え、力……全てこの僕が担います」


 似ているのだ。

 力を持ちながらも周囲からは毛嫌いされ、避けられ、仲間と呼ぶ者達がいながら孤独だった自分。


 逆にゴブリンらは弱い。

 だから殺されてしまう、軽蔑されてしまう。

 仲間や一族が集結しようが、この世界にとっては孤独な一族当然なのだ。


 このさき、僕の利益がどうなろうが関係ない。

 彼らの全てをこの大賢者が背負おう。



「本当に、よろしいのでしょうか……?」


 震えながら、今にでも泣きそうな声で村長が尋ねる。


「二度も言わせないでください。この魔王の配下にして大賢者と謳われた魔術師、アルフォンス・ブラッティアの名に誓いましょう。その代償にあなた方の忠誠を貰います」


「アルフォンスさん、アンタそこまで俺たちのことを……」

「アルさん……ひぐっ」


「「「ははーー!!!」」」


 一斉に地面に頭を擦りつけ、全員が僕の言葉を了承してくれた。

 最後に村長は、糸目を見開きながら言う。


「どうか、我々に未来を運んでくださいませ!! ゴブリンの大賢者アルフォンス様よ!!」



 こうして総勢三百匹ものゴブリンが僕に忠誠を誓い、僕も彼らに不自由ない未来を得るために奮闘すると誓った。

 半分は自分の居場所作りにすぎなかったが、ゴブリン達との約束を蔑ろにする気は毛頭ない。


 さて、蝙蝠族との同盟交渉も残っているし、さっそくゴブリン村へと帰還して復旧作業に取り掛かろう。

 魔王サリエルにも許可が降りているので、あわよくば村の拡大も考えている。


 ああ、やることが沢山だぁ……!!




 疲れと期待を胸に秘めながら、ゴブリン達を引き連れて村へと僕らは帰還するのであった。

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