第3話 書きたいと書けるは違う

 残業がなく定時で上がれたことに感謝して女子会へと向かう。今日の女子会はいつもと違う。誰がどの名前か答え合わせも兼ねている。真冬の寒さである2月も下旬に差し掛かり、早く春が来てほしいと思う。気は早いけど髪の毛を少し切ろうかな、新しいトレンチコート買おうか、なんて考えてしまうくらいに暖かい春が恋しい。私が店に入ると4人はもう到着していて会話に花が咲いていた。

「お疲れー! じゃあ女子会兼答え合わせ会始めますかー!!」


 ・カシスソーダ→短歌。3回投稿。片想いの歌が多い。

 ・ギムレット→青春もの連載1話のみ。学生同士の遠距離恋愛。

 ・カルーアミルク→長編。純文学っぽい雰囲気。1作品投稿。

 ・カカオフィズ→恋愛短編作品メイン。6作品と最多投稿。悲恋が多い。

 ・ブルームーン→エッセイ。1回投稿。


「ものの見事に投稿ジャンルがバラバラだったね……」

「誰が誰か想像ついちゃうから、答え合わせ必要なさそう」

「でも一応ね」

「楽しみ!!」

 投稿した日にちが遅かった順、ということで昨晩投稿した私の名前から発表となった。私の名前はブルームーン。プロポーズとか愛の言葉とかその辺りの考察をまとめてエッセイという形にした。今飲んでいるのはブルームーンではなくてハイボールだが。正直、普段から飲むのはビールやハイボールの方が多いのだが(飲み会の度に女性が飲みそうなものじゃないと怒られる)、たまたまその時飲んでいたのがブルームーンだったのだ。

「でさ、ブルームーンさん、この文中のプロポーズされたって話はマジなの?」

「はい、マジです」

「おいおいおいおい、OKした?」

「返事してません」

「なんで!?」

 今すごい女子会っぽい会話してる、という不思議な感覚に襲われる。毎月女子会をしているのに、こんな気持ちになったのは初めてだ。私に彼氏が居る話はたまにしていたが、こんなに色々話したことは無い。エッセイを書くにあたって考えたのだが、私が恋愛や彼氏というものに対して世間よりも冷めているのかもしれない。


 全員の答え合わせが終わるとちょうどラストオーダーの時間となり、2軒目に行くかどうかの話となっている。が、どうやら今日はここでお開きらしい。

「そうだ、ハイボールのカクテル言葉って知ってる?」

「……そもそもカクテル言葉って何?」

「うわぁ、話題に困った合コンで盛り上がりそうなネタだ」

「知ってる! 誕生って意味だよね」

 花言葉は聞いたことあったが、カクテルにもそんなものがあるのか。雑記ノートにカクテル言葉とメモを取る。そこから会話が発展し、石言葉や宝石言葉なんてものの話になる。世の中は本当に知らないことで溢れている。感心しつつラストオーダーで頼んだお酒に備え、目の前のハイボールを飲み干す。

「じゃあ、私たちの名前にも意味があったりするの?」

「するんじゃないかな?」

「あ、まとめサイトに色々載ってる」

 他の4人が全員の名前を探しに夢中になっている間にテーブルの上を片付ける。空いたグラスと皿を1か所にまとめてお手洗いへと向かう。……なんか、あの輪の中に居られなくなった。

 本当は私も小説や短歌を書きたかった。別にエッセイが嫌いな訳ではない。だが、この1ヶ月で何も閃かない自分に嫌気がさした。普段から面白いと思ったことはメモを取っているんだから、そういうちょっとした発見で妄想を膨らませて、何かお話を書ければ良いのになと思う。トイレの鏡の前に、春の陽気で浮かれていた飲み会前の私は居なかった。疲れ切った顔をした、醜い私が居た。これではまずいと頬を何度か両手で叩くが、特に何も変わらなかった。


「戻ってきた戻ってきた」

「ブルームーンのカクテル言葉、なんだったと思う?」

 テーブルへ戻るとみんなニコニコして私の顔を見る。最後に頼んでいたブルームーンが私の席の前に置かれている。リアクションに困って苦笑いを浮かべていると、聞いてもいないのに説明が始まる。

「2つあるんだけど、1つはできない相談、もう1つは奇跡の予感なんだって」

「奇跡の予感ってかっこいいよね!」

「確かに。予感で終わったら何も意味ないですけどね」

 感じるだけ、思うだけ、それだったら誰でもできる。行動に移さなければ感じていない、思っていないことと同じ。頭では分かっている。なのに私は、今日もほとんど会話に参加せず、作品のアイディアも思いつかず、2時間お酒を飲みながらメモを取って終わった。

「全員次の女子会までにまた作品最低1つね! 今度はテーマに沿ってで、自分のカクテル言葉で、カクテルは出しても出さなくても良い」

「楽しそう!」

「……私のカクテル難しそう」

各々が一喜一憂する中、私はノートに先程言われたカクテル言葉の意味をメモして心の中で頭を抱える。……奇跡の予感ってなんだ?


 朝起きるとグループメールが動いていた。行けるメンツで温泉旅館で缶詰大会しよう、というものだった。来月末の連休に合わせるらしいが、年度末って私の会社休めるのだろうか? 来週末までに行けるかを返信するようにと書かれてはいるが、缶詰になって私は書けるのだろうか。考えていたらお腹が痛くなってきた。ストレスがすぐお腹に来る。書ける訳が無い。馬鹿にされているのが目に見えている。耐えられずに頭を掻きむしる。こういう時に彼氏に相談すれば良いのか、と思ってスマホ画面を開いたが、何と書けば良いのか思いつかずにやめる。昔からそうだ。相談することは人に弱みを見せているようで好きじゃない。……できない相談? このことをエッセイにしてしまえばいいのか? 駄目だ安易だ、やめよう。何か、何か思いつかないか。頑張って考えなきゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る