第5話
「は、謀ったな、啓介くん……」
「だから悪かったって言ってるじゃねえか!」
「まあまあ、今日のパフォーマンスは悪くなかったと思う所存でござるよ、拙者は」
「その通り! 我が威光を、こうも早く新入生に誇示できるとは、幸先のいい一年になりそうではないか!」
などなど好き勝手なことを語りつつ、俺たちは特盛ジャンボパフェを囲んでいた。
先ほどチラシ配りを終え、駅前にやって来たところだ。吹部は俺たちの悪ノリの前に退散してしまったし、チラシも印刷部数は全て渡し切ってしまったので、意外なほどあっさりと俺たちも作戦を終了した。音符のコスプレ衣裳も、既に返却済みである。
「して、このジャンボパフェの代金、拙者らも負担せねばならざるところか、啓介殿?」
「当たり前だ! 蓮にあれだけ無茶させたんだからな! このパフェの代金は、蓮以外の俺たち三人で負担するに決まってるだろ!」
首を捻っている哲司に向かい、身を乗り出しながら声を荒げる俺。
ムーンウォークを披露した後も、蓮の勢いはとどまるところを知らなかった。一時的な気分の高揚に伴い、マイケル・ジャクソンやらエルヴィス・プレスリーやらの一人物真似大会に突入してしまい、結局最後まで踊り切ってしまった。それを今、さめざめと泣きながら後悔しているというわけだ。
「そんなに恥じ入ることはない、蓮よ。我輩から見ても、最後のフレディ・マーキュリーの物真似には、胸を焦がされる思いがしたぞ」
そういう問題じゃねえってのに、まったく……。
偶然にもその時、俺たちが囲んでいる円形テーブル上で、件のフレディ・マーキュリーのハスキーヴォイスが響き渡った。
「おい蓮、携帯、鳴ってるぞ」
「そんなことは分かってるよ!」
蓮は眼鏡を外し、シャツの袖でぐいっと涙を拭ってから、スマホを見た。
「あ」
「どうした?」
「ごめん、皆。僕が通ってる塾の授業なんだけど、今日は開始時間が早まったんだ。悪いけど、三人でそのパフェ食べちゃってよ。今度は付き合うから」
「あ、おう」
あらら。まだ誰も口をつけていないのに。というか、蓮のためにパフェを注文したのに。まあ、蓮は勉強にも一生懸命なやつだから、仕方あるまい。
「じゃあ、今回は俺が立て替えておくよ。次回はちゃんと奢るから」
「分かった」
了解の意志表示をした蓮の顔は、意外なほど清々しいものだった。さっきまでの涙はどこへやら。
俺たちは一言ずつ、『頑張れよ』とか『武運長久を!』とか『問題などさっさと叩きのめして来い!』とか、個性あふれる応援の言葉をかけて、蓮を送り出した。
で、問題は。
「このパフェ、如何致すつもりか、啓介殿?」
「うむ。我輩が思うに、三人では手に余る代物だぞ。なにしろ、我らは蓮の食欲を主戦力として、こやつに臨むつもりだったのだからな」
「そう言われれば……」
俺は甘いものが嫌いではない。だが、ガツガツ食べる方ではないし、幸之助も同じくだ。哲司に至っては、甘いものは『どちらかといえば苦手』な方に入ってしまう。
「皆でなんとか食べきろう! それしかない!」
言い出しっぺが先陣を切るのは世の常だ。俺はスプーンを片手に、パフェ頂上のアイスクリームの制圧にかかった。
しかし、今はまだ春だ。暖かくなってきたとはいえ、夏場に食べるアイスクリームとは勝手が違う。体温を奪われる妙な感覚が、喉元を通り過ぎていくのだ。
「ほら、二人も食べて――」
「おっと! 拙者は苦手でござる」
「ううむ、我輩も気が進まんのう。こんな季節外れでは」
何を言ってるんだ、こいつらは。しかし、俺の胸中など意に介さず、二人は露骨にアイコンタクトを取って、声を合わせてこう言った。
「後を頼む」
「は?」
後を頼む、って、まさか。
「俺にこれ一人で全部食えってのか!?」
すると二人は、あらかじめ準備していたかのように、揃って頷いた。無言である。
「三人分の料金はお支払い致す。さあ、拙者の四百円を受け取ってくだされ」
「我輩からも四百円」
「な、何言ってんすか! 一人で食べきれるわけが――」
「この苦行、見るに堪えん。哲司、我らは撤退するぞ」
「御意」
「っておい!」
苦行って分かってるなら手伝えよ! 俺はテレビの大食いタレントじゃねえんだぞ!
しかし、そんな言葉を待たずして、二人は堂々を席を立ち、レジで『連れの者が支払います』と言い放って、さっさと出ていった。
「は、謀ったな、皆……!」
そう言って、俺は再び、今度は一人でジャンボパフェと相まみえることとなった。
※
ああ、腹が緩い。
下痢気味で、なんとなく気怠い感覚に囚われながら、翌日俺は登校した。高校の立地が、家から徒歩十五分の範囲だったのは幸いである。何故なら、今日は新入生歓迎会があり、当然合唱部も発表があり、俺は先天的才能に恵まれなかったが故に、自主練をしなければならなかったからだ。
昨夜は自主練どころではなかったし(少なくとも一時間はトイレにこもっていたはずだ)、ピアノやキーボードは学校の音楽室にしかない。音程の最終確認は、否応なしに学校で行わざるを得なくなる、というわけだ。
その点、登校にかかる時間が短い俺は恵まれていたと言える。
俺は小型のキーボードを借りるために、音楽室の前に立った。普段は防音仕様の分厚い扉が閉まっているのだが、今朝は違った。扉が開いている。その室内のあちこちで、トランペット、ホルン、コントラバス等々の自主練をしている生徒がいる。合奏の時以外は扉を開けておき、俺たち合唱部員も入室できるようにしておく、というルールが機能しているのだ。
一応、失礼しまーすと告げながら、俺は音楽室内へ。奥の合唱部用の小部屋に入り、キーボードを拝借。目を上げれば、古今東西の合唱曲をまとめたアルバムがずらりと並んでいる。今日歌うのは校歌の合唱バージョンだから、今このCD群は関係ない。
決して難しいわけではなく、歌い慣れている校歌。だが、去年の新歓の時には、幸之助も含め十名近い人数がいた。一パート二人体勢を取ることができたのだ。しかし今回は、一人で一パートを担当せざるを得ない。
この緊張感、一人でも間違えば総崩れになるという恐ろしさ。
「あーったく、もう!」
俺は自分で両頬を叩き、気合いを入れ直した。胸に手を当て、深呼吸を繰り返す。
よし、音取りの最終確認だ。俺は音楽室を出て、無人の会議室を選び、誰の邪魔にもならないことを確認してからメロディーを口ずさんだ。
しかし。
「ん~、ん~ん~ん~」
難しい。中盤のうちの後半、サビの手前で、急に音程が上がる箇所がある。通称『跳躍』と呼ばれる音階移動だ。歌い慣れていると思っていながらも、まだまだだったようだ。一年間歌ってきて、こんな音取りもできないのか。
『まあ、バリトンは難しいからな』という、去年の三年生の言葉が甦る。だが、難しかろうがなんだろうが、今日は成功させなくてはならない。
俺は胃袋の底が焼かれるような感覚に陥ったが、蓮や哲司、幸之助の顔を思い出し、苦い唾を飲み込んだ。あいつらとなら、やれる。
「よし!」
俺が練習を終え、立ち上がると同時にチャイムが響いた。一時間の昼休みの後、すぐに新歓が開始される。合唱部の順番を確かめ、体育館という場に身体を慣らす目的もあって、俺は足早に会議室をあとにした。
※
既に体育館では、一部の部活の部員たちが、準備のために壇上を行き来していた。主に文化部が多い。運動部は、プロジェクターを利用して、去年の自分たちの活動実績を語ることが多いので、意外と手間がかからないのだ。
逆に、美術部や吹部などは、自分たちの創作物を見せるスタイルが多い。というかそれしかやりようがない。きっと壇の裏では、吹部がチューニングでもしているのではないだろうか。
落ち着け、俺。一旦歌い始めてしまえば、後は口が、喉が、肺が、プログラム通りに動いてくれる。後は、この場に精神が馴染んでいれば問題はない。
そう思いながらふと振り返ると、合唱部の残る三人が体育館に入ってくるところだった。
哲司のちょんまげ、幸之助のマントはいつも通り。まあ、目立つからこのままステージに立たせても問題なかろう。
問題は、蓮のビビりっぷりだった。
彼の方が、音程は取れている。これは先天的なものもあるから仕方がない。だが、蓮には決定的に欠けているものがある。自信だ。この前の格ゲー騒ぎがいい例である。
「皆、大丈夫っすか?」
俺は自分のことは棚に上げ、三人に声をかけた。
「啓介殿、心配には及ばぬ! 拙者らを信じなされ!」
「そうだぞ、啓介! 我輩の重低音の前に、女性陣はメロメロであろう!」
僕は腰に手を遣った。よくもまあ、そう自信満々でいられるものだ。俺は二人をシカトして、蓮に声をかけた。
「大丈夫か、蓮?」
「ん、ああ、うん」
うーむ、微妙なところだな。
などと蓮のことを吟味していると、アナウンスが入った。
《間もなく、新入生の入場となります。上級生の皆さんは、体育館横のブルーシートで待機してください》
新歓が、いよいよ始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます