第3話
会話が弾んだ事で、胸にドキドキは少し収まったかのように思えた寄子だったが、「では、失礼します!」と軽やかに走り去る育三郎の後ろ姿から目が離せなくなっていた自分に気がついた。
あまり、今まで経験してきたことがないような甘酸っぱい感情だった。
「今の、森くん⁇」
席でパソコンに向かっていた富田の声にハッと我に返ったのだった。
「たしか、あの子 ムカデのレポート書いてたことあったんじゃないかな、百足さんの名字、ビックリしたんじゃない? カカカカ・・・」
(ムカデ⁇ ムカデですって?)
今まで、この珍しい名字ですってからかわれたりした事もあった。珍しいからすぐ覚えてもらえる事で得だなと思った事もあったが、今日ほど自分の名字が百足で良かったと思った日はなかった。
(また、事務室に来るかもしれない、)という期待の気持ちで胸がいっぱいになったが、一方で、(何考えてるの!私は平凡なもう若くもない何の取り柄もない人間よ! 何歳離れてると思ってるの! )
もう一人の自分がブレーキをかけた。
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