「ホームルームを終わります。それでは、また。陽が沈む頃に会いましょう」

 奥野先生はいつものようにそう言い残して、教室を出て行った。

「……また猟だってよ」

「今度はわりかし間隔が短かったね」

 今日は猟の日だということが、先ほど奥野先生から告げられたのだ。

 前回の猟で拘束されたハンターからは、相変わらず、なにも実りある成果は引き出せていないようだった。初めて遭遇し、捕えることが出来た敵も、せいぜい授業に訓練が加わった程度で、僕たちの日常には、根本的には何らの変化も見られない。僕たちは本当に戦いの渦中にいるのだろうか。この期に及んでもまだ、遠くの国の紛争と同じくらいに現実感がない。

 猟はまたしても六組と合同だった。

 夕暮れから夜へと移行するあわいに、僕たち三組の生徒たちは同じバスに乗り込んだ。生徒たちの後から、奥野先生もバスに乗った。

 そこで、先生が客を引き連れていることに、僕たちは気がついた。

「……おい、あれ見ろよ」

「……どういうつもりだろうね」

 奥野先生は、自分の隣の席に、囚われのハンター、蛭田を座らせた。蛭田は夢遊病者のような顔つきでおとなしく従っている。服装は以前見た黄色い雨合羽のままだ。薄汚れている。

「皆さん。今回の猟には彼も同行してもらいます。上からの指示でしてね。ハンターがまた襲いかかってくるかどうかはいまのところわかりませんが、そうなった場合、彼には交渉材料となってもらいます。有り体にいえば、人質といったところですね」

 奥野先生は不審げに見つめる生徒たちに、そのように説明した。

「街に連れ出す必要はあるんでしょうか? 監禁したままでも……」

 富永が意見を差し挟んだ。

「ハンターは、直接に仲間の姿を見ないと、こちらを信用しないでしょう。我々を滅ぼすべき悪の権化と見なしているのですから、彼の生存をいくら言葉で保証しても、実際には殺されてしまっただろうと判断されるのが相場です」

 先生はそう言うのだが、そもそもそんな頑なな相手に、交渉なんて通じるのだろうか。それに、何を要求するというのだろう。停戦か。それともハンターたちの情報だろうか。尋問のときの蛭田の狂信的な言動が、他のハンターにも通じるものなのだとしたら、難しいとしか思えなかった。

「でも、逃げたり暴れられたりしたら……」

「その心配はないでしょう。彼は現在、身体的にも精神的にも無力化されています。万が一、そういう事態にいたれば、仕方がありません。かまわずに殺してしまいなさい」

 その言葉を聞いて、僕は正直、ぎょっとした。しかしそれも一瞬のことで、驚きはすぐに消え、当然の帰結が語られているとしか感じられなくなった。感情の波が立ったのはほんのわずかなあいだで、すぐに平坦に凪いでしまった。

 でもまた一方で、いま消えてしまった感情はどこへ行ったのだろう、という考えが頭の片隅に浮かんだ。この考えも、すぐに消えてしまうのは明白だったが。

 感情も思考も、なんの引っかかりもなく通り過ぎていく。待ってくれ、と呼び止める暇もなく。そして後になってしまうと、なにかが通り過ぎたという感触だけは残っていても、それがどんなものだったかは、二度と思い出せなかった。

 富永はそれ以上は何も言わなかった。僕もみんなも、粛々と受け入れるだけだ。

 森木さんだけが、眉をひそめ、膝の上でぎゅっと拳を握りしめていた。いや、違う反応を示したのは、森木さんだけではない。といっても、それほど目立ったものではないが。三島さんは、蛭田のことも奥野先生のことも無視するように、窓の外を眺めていた。尋問の見学に立ち会ったりはしても、それほどハンターに興味はないのだろうか。

「さあ、出発です。皆さん、気を引き締めて猟に励んでください」

 バスは山を下りはじめた。


「光岡くん、河下くん、大地くん。このハンターは、君たち三人に任せましょう」

 街に着き、生徒たちがそれぞれに散らばりだす時に、奥野先生はそう言い放った。

「任せるって……どうすればいいんですか?」

 戸惑いながら僕は訊いた。

「なに、いつも通りでいいですよ。街で存分に羽を伸ばし、存分に人間の血を吸ってきなさい。同行者が一人増えるだけです。適当に見張っていてもらえれば十分ですから。さあ、蛭田くん。彼らが君を導くでしょう」

 蛭田は僕たち三人を見まわした。胡乱な表情はなにを考えているのか、まったく窺い知れない。なにも考えていないのかもしれない。

「置いてはいかないようにだけ注意してください。彼はいま、通常の人間と同じ程度の身体能力しかありませんから」

「先生はどうするんですか?」

「私もいつも通りですよ。バスで街をまわり、暗示の網を張りめぐらします。生徒たちが気ままに動けるような場を用意するのが、われわれ教師陣の役割ですからね。では、お三方、よろしくお願いしますよ」

 そう言って、奥野先生はバスに戻り、ぶるん、と音を立てて、走り去っていった。

「もしかして、おれたちって、囮なのか?」

 河下が苦笑した。たしかに襲ってくださいと言っているようなものかもしれない。そうだとしても、河下はそのことを不満に思うどころか、むしろ楽しんでいるようだった。

「その可能性は大だね。あの先生、無茶苦茶なところがあるから」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 怖いなあ……。あんなひどいことは、もうたくさんだよ。ね、クルツ」

 大地は不安を紛らわすように、掌中の鼠を撫でた。このあいだの蝙蝠の死体を思い出して、心細くなったのかもしれない。

「心配すんな、大丈夫だって。どうせハンターなんてのは低能ぞろいだ。恐るるに足らずってやつさ。それにあっちは二人でこっちは三人だろ。多勢に無勢さ」

「あの二人だけとは限らないじゃないか……。増援が来ていたら、こっちこそ多勢に無勢だよ」

「そりゃ楽しみだな。緊急信号でみんなを呼んで、総力戦だ。腕が鳴るぜ」

 一方は武闘派で、一方は穏健派。仲のいい二人ではあるが、その点は対照的だった。

「ボクには景行の気持ちがわからないな……。それに、増援なんかいなくたって、この人を含めれば三対三だよ」

「こいつが? この、おめおめと虜囚りょしゅうはずかしめを受けている、みじめなハンター様がか? おい、聞いたかよ。おまえ、まだおれたちを殺すつもりなのか?」

 河下は蛭田を荒っぽく小突いた。蛭田はそうされても無反応だ。風に揺さぶられる街路樹の方が、まだしも感情豊かに見える。

「やめなさい」

 咎めるように、いつのまにかそばに来ていた森木さんが河下を制止した。

「あ? ああ、なんだ転校生か。直接話すのは初めてだったっけ」

「誰も、そんなふうに扱われる筋合いはありません。あなたは他人の尊厳を冒しています。河下くん。なぶるような真似はやめなさい」

「なんで? こいつ、敵なんだぜ」

「利害関係はともかく、無抵抗の相手を攻撃するのは、いついかなるときでも、許される行為ではありません」

「害意のない吸血鬼を一方的に攻撃しているのは、こいつらの方だと思うけどな。森木さんって、けっこう、うっとうしい人なんだな」

 森木さんはぐっと黙って、河下を睨みつけている。険悪な空気が流れた。

「おい、やめとけよ、景行」

 富永が割って入った。人質監視のメンバーに選ばれなかったので、もうどこかに行ってしまったかと思っていたが、こいつもまだ近くにいたらしい。

 しかしさすがは義人だ。富永は親切なやつだと改めて思う。大地はおろおろとうろたえるだけだし、僕は僕で、興味深く眺めているだけで、まったく介入しようとは思わなかった。

「はいはい。別に同胞と揉める気はねーよ。こいつをなぶりもしない。大事な人質さんだからな」

 河下はあっさりと引き下がった。

 河下は、粗暴なところはあっても、根は優しい、人懐っこいやつだ。少なくとも僕はそう思っている。そんな河下が、こんなにも好戦的な一面を持っていたとは、ハンターと対峙するまでは知らなかった。

 森木さんは、引っ込みのつかないような表情をしていたが、怒ったように踵を返して、さっさとこちらから離れていった。

 富永はそれを追い、なにか声をかけている。

「なんだ、あいつら、いい仲なのか? それならそうと言ってくれればいいのに」

 歩み去っていく二人を見送りながら、河下が愚痴っぽくこぼした。

 僕の脳裏には、三島さんの血を吸っていた富永の姿が浮かんでいた。結局、あのことについては何も訊けなかった。


 僕たちは夜の街をうろつきながら、とりとめもないお喋りをした。それぞれが自分の使い魔を賛美して競い合った。アサガオのつぶらな瞳、おっちょこちょいなクルツの愛嬌、ミロクの知的な物腰――そういった話だ。

 無表情のまま連れまわされている蛭田にかまわず、伴侶ともいえるような使い魔の、のろけ話に花を咲かせていた。

「あれ……あのってたしか……」

 大地の視線の先を見ると、そこには六組の……名前は忘れてしまったが、前回の猟で使い魔をハンターに殺された女子生徒だ。そのが、肩に蝙蝠を乗せて、機嫌よさそうに歩いている。

 隣には、これも機嫌のよさそうな男子生徒が付き添っている。城戸原だった。

「あれは……新しい使い魔か?」

「そうみたいだね」

 二人は僕たちの前を通り過ぎた。その際、僕に気づいた城戸原は、こちらに向かってウインクしてみせた。そんなことをする柄でもなさそうなのに。デート気分で有頂天なのだろうか。意外な一面を見た気がした。

 富永と森木さんにせよ、城戸原とあのにせよ、この学校にも所々に春は訪れているようだった。うらやましい限りである。人質をあてもなく曳きまわしている男三人とは大違いだ。

「一瞬、生き返ったのかと思ったよ。びっくりした」

 と河下が言った。

「何が?」

「あの蝙蝠だよ。俺には前のと見分けがつかないな」

「確かにね。もっとも、僕には河下と大地の使い魔も見分けがつかないけど」

「おい、嘘だろ。ミロクとクルツが? 似ても似つかねーぞ。正って普段どこ見てんだよ。本当に節穴だな」

「でも、ちょっとショックだな……」

 大地がしんみりとして言った。

「あの、もう前の使い魔のことは忘れちゃったのかな」

 確かに意気消沈していた以前の様子と比べれば、何事もなかったかのようではあった。しかし、それはこちらの身勝手な感想だろう。他人がどうこう言うことではない。

「仕方ないよ。いつまでも過去の泥にかかずらっているわけにもいかないだろうから。それに、外側からは心の中なんてうかがえないさ。哀しみを他人に示す義務なんてない。どんな悼み方をするかは、彼女の自由だろ」

「うん……。そうだね。ボクが間違ってた。悼まれてるなら、それでいいんだ」

 大地は自分を納得させるように頷いている。

 僕と大地のやり取りを聞いていた河下は、にっと笑って僕を見た。

「やっぱり優しいな、正は」

 全然優しくないよ、と言おうとして口を開いた時だった。

 絞めつけるように風が震えるのを感じて、考えるよりも速く、僕は反射的にその場を飛び退いた。ひゅうっ、と鋭い一閃の音が伝わってきた。地面をごろごろと転がり、距離を取ってから振り返ると、刀を持った黄色い影が立ち上がるところだった。

 ハンターのお出ましだ。

「降ってきた……?」

 大地は、後ずさりながら、そのハンターが飛び降りてきた立体駐車場をちらりと見上げた。その距離で対象から目を離すのは命取りだが、幸いにもそいつは追討ちをかけようとして、大地ではなく僕の方に向かってきた。

 既に臨戦態勢に入っていた河下が、横合いからハンターを思いきり蹴り飛ばした。ハンターは五メートルほど吹き飛んだが、受け身を取り、即座に態勢を整えてこちらと対峙する。

 僕も河下もナイフを抜いて構えた。ハンターを頂点とした二等辺三角形を形作るような間合いを取って、そのままじりじりと睨みあった。大地はまだおろおろとしている。

 向こうの通りから、悲鳴が聞こえた。女の子の声だ。くそったれが、という城戸原の怒号が後を追ってきた。

 きーーーーーーーーん、という耳障りな音が頭の中で響いた。緊急信号だ。発信源は近い。きっと城戸原かあの女子生徒が発したものだ。

 街に散らばった同胞たちにも届いたはずだが、駆けつけるまでには少しばかり時間がかかってしまうだろう。この辺り一帯には僕たちだけのようだった。

「同時に襲撃か。楽しませてくれるじゃねーか」

 河下が、眼を爛々と輝かせて言った。

 刀を構えたハンターは無反応だ。黄色い雨合羽のフードに隠れて、その顔ははっきりとは見えないが、血の気の引いたような口許をしている若い男だ。

「浩介! 人質を頼むぞ! こいつはおれと正の二人でる」

 大地ははっとして、蛭田のそばに寄った。

 囚われのハンターは、この期に及んでもまだぼんやりとしている。薬の切れた虚脱状態と暗示による無力化のい合わされた蛭田は、ピッチャーマウンドに立つ案山子のように場違いに見えた。

「あなたたちの仲間に危害を加えてはいない。話し合う気はないのか?」

 僕は目の前の敵に、そう持ちかけてみた。そのための人質のはずだ。

「おい、正!」

 不満げに口をとがらせる河下を、僕は無視した。

 向こうの通りからは、ガラスの割れる音やなにかを叩きつけたような音が聞こえてくる。同胞たちがこちらに向かっているのが感覚を通して伝わってくるが、それでもまだ依然として遠い。

 城戸原たちは気になるが、目前の対象をどうにかしないとかけつけるのは難しそうだった。

「クルツ、様子を見てきて」

 大地が使い魔の鼠をポケットから出し、城戸原たちの方へと向かわせた。

「あなたたちがおとなしく引き下がってくれるなら、蛭田さんは渡す。必要があるから血を吸ってはいても、こっちは誰も傷つけたくなんてないんだ。人間も、ハンターも。もう一人の仲間にもそう伝えてくれないか?」

 ハンターは、少しかがんだような姿勢で日本刀の切っ先をこちらに向けたまま、聞いているのかいないのか、ぴくりとも反応を示さない。

 城戸原たちの争いあう音は、激しさを増していく。

「向こうにいるのは、僕の友達なんだ。戦いを止めてくれないか?」

 懇願するように僕が言い終わると、目の前のハンターは行動で答えを示した。

 刀を振りかざして、こちらに襲いかかってきた。

 河下は待ちかねたように素早く動いた。ハンターの側面から、ナイフを手にして躍りかかる。

 しかし僕に向かっていたハンターはその動きを読んでいたように、直前で踵を返して跳躍した。吸血鬼に勝るとも劣らない、人間離れした動きだった。

 河下のナイフが空を切った。

 ふわりと河下の背後に降り立ったハンターは、心臓狙いの刺突を繰り出した。

 その肩口に、僕の投擲したナイフが突き刺さった。

 ハンターの攻撃は軌道をそれて、河下の脇腹を掠めた。その隙を逃さずに河下は足払いをかけ、倒れたハンターの首を踏みつけて地面に固定し、もう片方の足でナイフの刺さった肩口を踏みにじった。

 ぐがっ、とハンターは呻いて、一瞬、刀を持つ手がゆるんだ。

 僕はすかさず近づいて、その日本刀を蹴り飛ばした。

 重量のある刃物だが、馬鹿力を込めて蹴り飛ばしたので、勢いよく回転してから街路樹に突き刺さった。

「ナイスシュートだね、正」

 はらはらと見守っていた大地が、呑気な感嘆の声を上げた。

「惜しかったな。ま、二対一だ。恥じることはねーよ」

 ハンターを制圧した河下は、そのまま喉を潰すように踵に力を加えていく。

 ひゅー、ひゅー、というか細い喘鳴がひどく耳に障る。

「河下」

 僕が声をかけると、河下はこちらを見て、ふん、と呆れたように鼻を鳴らして、ハンターの喉から足をどけた。

「おい、おれはテメーを殺すことなんか何とも思っちゃいないが、おれの友達はそれだと心を痛めてしまうらしい。最後のチャンスだ。話し合う気はないか?」

 ハンターの両腕を踏みつけて拘束しながら、河下は器用にしゃがみこんで、相手に顔を近づける。

 角を曲がって、バスがこちらに向かってくるのが見えた。何人かの同胞たちが走ってくる姿もちらほら見受けられる。

 向こうの通りで争いあう音もいまは止んでいた。何と言っているかはわからないが、城戸原のくぐもったような声が聞こえたので、あちらも大丈夫だったのだろう。

「同胞たちも大勢集まってきた。おまえが逆転する余地はもうない。諦めて受け入れた方が賢明なんじゃないか」

 河下はナイフを相手の目の前にぶらぶらさせ、脅しまじりに諭している。

 黄色い雨合羽のフードはめくれて、ハンターの顔はあらわになっていた。凶暴そうには見えない、知的な顔立ちだ。

 ただ、さっきから見ているのだが、決してこちらと目を合わせない。いや、合うことには合うのだが、こちらを見ているのに見ていないのだ。透明なガラスに気づかないうつけた動物のような、不自然なほど、相手の存在を認めない視線。

 まるで赤学の授業の倉持さんのようだが、それとは違って、これは意志的なものだ。ひどく居心地が悪かった。

「おい、何か言ってみろよ」

 制圧されたハンターはせわしげに眼をぎょろぎょろさせていたが、突然、ぐるりと首をねじって、大地のそばに立つ人質の方を向いた。

「使命を果たせ、蛭田」

 そう言ってから、奥歯を噛みしめるような動作をした。

 すると、ハンターの口から、甲高い高音が鳴り響いた。ちょうど、僕たちの緊急信号を物理的な音にしたような、そんな音だった。それは夜空に響き、闇を伝わっていった。

 反応は激烈だった。

 うつけたようにふらふらしていた蛭田は、その音を耳にすると、はじかれたように素早く動き、大地に抱きついた。

「え……?」

 動作がワンテンポ遅い、おっとりした性格の大地は、振り払おうともしなかった。

 衝撃と閃光が同時に襲ってきた。耳をつんざく音が、一瞬遅れてやってきた。

 僕は腕を盾にして目をつぶり、なんとかその場に踏みとどまった。石つぶてが責めたてるようにぶつかってきて、辺りが煙に包まれるのがわかった。

 どおん、と向こうの通りからも同じ轟音が聞こえた。

 衝撃が去って眼を開けると、まず視界に入ったのは、地面に落ちた白い眼球だった。ばっちりと目が合ってしまった。

 眼球の周りの地面にも、色々なものが散らばっているようだった。指や、毛髪のついたままの頭皮や、ちぎれた腸などが。

 まだ人間の子どもだった頃、地下鉄で飛び込み自殺を見かけたことがあるけれど、ちょうどそれに似たところがあった。

 爆発が起きたのだと、遅まきながら認識した。

 辺りにはさらさらと粉が舞っていた。最初、それは単なる粉塵かと思ったのだが、一拍遅れて、違うということに気がついた。気がついてしまった。

 爆発は、蛭田の肉体をバラバラにし、そして、蛭田に密着されていた大地も、弱点の心臓もろとも吹き飛ばされてしまったのだ。

 吸血鬼は死体を残さない。ただ灰になるだけだ。だからそれは、空気中に舞っているそれは、僕の友達の最期の名残なのだ。

「あ……」

 知らず、腕を伸ばしていた。灰を受け止めるように、掌を空に向けて。でも、そんなことをしても意味はない。雪が降るのを止められないように、死も止めることはできない。

 埃のように漂った後、風に吹かれて、大地だったものは夜の闇に溶けていった。

 視界の端に、立ち上がる河下が見えた。足元のハンターの首にはナイフが突き立てられている。爆発と同時にか後でか、河下がとどめを刺したようだった。

 無表情のままハンターは死んでいた。普通の人間と異質とはいえ、彼らは少なくとも、死体をこの世に残すことはできるようだった。

「浩介……」

 敵を見事殺した河下の顔に、達成感はなかった。遊び仲間を奪われた子どものように、ぼんやりとした寂しさを浮かべていた。

 僕はいま、どんな顔をしているのだろう。

 バスが近くに停まった。奥野先生が降りてきた。

「――遅かったようですね」

 辺りの惨状を見まわして、先生はそうつぶやいた。特に感情がこもっているでもなく、事実を口にしただけという感じだった。

 向こうから、腕から血を流した六組の女の子が、肩を貸している生徒と一緒にふらふらと歩いてきた。

「城戸原くんが……城戸原くんが、私をかばって……」

 その先はもう、聞くまでもなかった。

 吸血鬼は、緊急信号だけではなく、常に微弱な信号を発している。鼓動音のようなものだ。生存を伝えるその信号が、さっきの衝撃と共に消えたのはわかっていた。だから、そのが姿を現した時点で、誰の信号が途絶えたのかは自ずと知れた。

「この事例は、報告で読んだおぼえがありますね。〝爆殺トリオ〟という、ふざけた戦術です。二体が爆弾役、一人がリモコン役。相変わらず、効率を無視した意味のない戦術を使うものです」

 奥野先生が、どうでもいいことをしゃべっている。

 いや、どうでもよくはなかった。大地が殺されたのは、僕が河下を止めたせいとも言えた。速やかにハンターにとどめを刺していれば、大地は殺されなかったのかもしれない。僕がためらったせいで、大地は殺された。

 三組と六組の同胞たちが、どんどん集まってきている。森木さんも、いつの間にか近くに来ていて、心配そうにこちらをうかがっていた。

「正くん?」

 返事をする気力が、いまの僕にはなかった。ただ、富永は一緒ではないのか、とふと思っただけだ。

 僕たちは、本当に殺し合いの只中にいるのだった。僕たちを殺そうとする敵は確かに実在し、大地浩介と城戸原勇は本当に死んだのだ。それが僕たちの現実だった。

「残念なことですが、今夜は犠牲者が出てしまいました。しかし、何はともあれ、吸血鬼の天敵たるハンターは、これで駆逐されました。猟を制したのはわれわれです。しばらくは新手も襲ってはこないでしょう。彼らの犠牲をいしずえにして、われわれは未来に向けて意識を刷新しなければなりません。さあ、帰りましょう。われわれのねぐらたる、山上の学び舎へ」

 奥野先生は、高らかにそう宣言した。猟は終わったのだ。

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