第三節 執行開始3

 会場内に金属音が響き、火花が散る。

 互いに幾度も刃を交え、攻撃を仕掛けては受け止められ、攻撃を仕掛けられては受け止め、そんな攻防を幾度と繰り返す。しかし、互いに掠り傷程度の手傷しか相手に追わせられておらず、致命傷を与えるには至っていない。それはその二人の技術ちから筋力ちからが拮抗しているからである。


「そう言えば、お前がさっき百人近い奴らを殺ったあの技、ありゃ瞬歩だろ?気配遮断の応用の」

「そうだとして、だったら何だって言うんだ?」

「いやなに、あのレベルの瞬歩は相当な物だと思ってな。本来、瞬歩は相手の無意識に自身の動きを刷り込む事で、相手にその動きを認識させない対人技。しかし身の危険が迫れば嫌でも認識するはずなんだが、あんたの場合は、俺を除いて誰一人として認識出来なかった。そこまで自身の行動を相手の無意識に刷り込めるのは一種の化け物と呼べる才能だ」


 何の意味もなさない評価、瞬歩や気配遮断は暗技と呼ばれる闇世界の技術。どんな手でも使い相手を処理する裏世界では重宝される技術ではあれど、正当な物ではなく反則ギリギリであり、表舞台では使う者はまずいない。だが一夜が使用したレベルになると審判すらも動きを知覚できない為、反則でなかったとしても有効にはならない。

 その為、一夜並みの才覚があったとしても表舞台で輝くことはない。


「才能なんて俺は持ち合わせていない。ただ少しばかり手先が器用なだけさ!」


 一夜はそう言うと、8m程ある男との距離を床を蹴り、最速で詰める。しかし今回は瞬歩を使用していない。


「瞬歩を使わずに突っ込んでくるか、まぁお前の技術は俺には通用しないからな」


 ブレードを右手で逆手持ちし、忍者走りで接近してくる一夜に対して、確実に一夜の首を飛ばせるタイミングで右から左へと刀を振るう。

 しかし男が振るった刀の刃は一夜には直撃せず、一夜の首をギリギリ掠めない位置を通りすぎる。


「なに!?」

「そろそろお前も最愛の者の元へ行け」


 一夜が振るった横薙ぎの一斬を男は上体を逸らし、回避する。そして、そのままバク転し一夜との距離を取り直す。


「抜き足、器用なのも大概にしろよ」


 抜き足、走っている際に意図的に歩幅を狭くし、速度を保ちつつ間合いに入るタイミングをずらす歩法の一種。瞬歩と同じく、表舞台の格闘技で使われることは殆ど無い。と言うよりもこちらは使える者が殆どいない。どれ程器用であっても高い精度で歩幅を調節することは難しい、その為使う者が極端に少ないのだ。


「お前こそ、避けてんじゃねぇよ。殺し損ねるじゃねぇか」

「お前、滅茶苦茶言うな」


 一夜はブレードを、男は刀をそれぞれ構えなおす。両者とも互いの間合いは完全に把握している。男は踏み込みを考慮し4~5m程、それに比べ一夜は踏み込みを考慮しても2m程度。剣術の技量、筋力は共に同等。となれば後は攻撃間合いが勝敗を分けるのは明白。


「さてと、俺とお前の剣術の技量は大差ない、筋力差も勝敗を分ける程でもない。となれば後は間合いの差、俺は大体4~5m、だがお前はせいぜい2m。この差はデカいぞ」

「あぁ、分かっているさ。俺の抜き足なんかの歩法技術もお前には効果が無かった。この立ち合い、最初の一撃で決めきれなかった時点で、こっちが相当不利になる事もな」


 間合いとは、いわば攻撃可能範囲の事。その差が開けば開く程、間合いが広い者の方が有利となる。

 例えば、武器を持たないボクサーとアサルトライフルを持った軍人が、20m離れ、戦闘を開始した場合、誰が見ても銃を持つ軍人の方が有利だと分かる。

 間合いの差とは、それ程までに勝敗を分ける要因となりえる物なのだ。

 例えに銃を出している以上これは間合いではなく、射程の話だが、要は同じ事。


「間合いの差がある以上、お前が俺の間合いの中に入った時点で、俺はお前を斬れる。だがお前の攻撃は俺に届かない、俺が絶対的に有利なんだよ」


 男はそう言いながら、太刀を鞘に納め、居合の構えを取る。それに対して一夜は


「確かに、間合いの差は筋力や技術以上に勝敗を分けることも有る。だが、たった数メートル程度の差なら、埋められる。それに剣戦ってのは、何も斬った刺したの勝負じゃないだろ?」


  そう、男に返しつつ右手に握ったブレードを中段に構える。

  二人の距離はおおよそ6m、間合いの差を考えれば、一夜が不利なのは誰の目にも明らかである筈。

 しかし、一夜の瞳は、確実に己が敵となる存在だけを、捕らえていた。

 瞬間、一夜は右手で構えたブレードをその場で、大きく振りかぶり、当たる筈の無い距離で振り抜く。

 その一夜の行動の意味を理解できない男は、それに、その自分の顔面目掛けて飛翔するその物に対する反応が、一瞬遅れた。

 男は構えを解き、その飛来してくる物を上へと斬り上げる。黒く細長いそれを、先程まで一夜が使用していたブレードだと確信した男は、次に目の前に居る一夜を見る。

 だが、そこには誰も居ない。本来居るべき筈の、己が武器を投げつけた敵の姿は、影も形も存在してはいなかった。


「な!?どこに」


 一夜の姿が消えた事に再度反応が遅れる。姿の見えない一夜への警戒が遅れた男、その男の背後から、一つの影が現れる。


「これで、終わらせる」


 男の左後方から発せられる声。その声を聴いた男は、その声が聞こえた方向へ顔を向ける。男の目に映ったのは、先程目の前から姿を消した筈の一夜だった。


「そこに居たのか!だがお前は丸腰、それ・・・なら」


 男の言葉が詰まった理由。それは、先程自分に目がけて投げられた筈のブレードが、右手に握られ、左腕に回し構えられていたからだ。

 男はその一夜の姿を認識し、思考する。『なぜ、ブレードを持っているのか』を。だが、男が出来るのは、今目の前にいる一夜に対して、刀を振るう事だけだった。


「今度こそ、斬る」


 しかし、一瞬早く一夜が振るった一斬は、男の左わき腹から右胸を斜めに切り裂く。それに比べ、男の一刀は一夜の髪を掠めるだけだった。

 男の傷口から大量の鮮血が噴出。その血液を一夜は、避ける事無く頭から浴びる。まるで懺悔の念を持つ様に。

 一夜に斬られた男は、仰向けに倒れ込み、全身の力が抜ける。


「悪いな、あんな手を使って」

「いいさ・・・これは実戦、スポーツ武術では無いんだからな」


 一夜の謝罪に対して、男は目を瞑りながら答える。その声は、既に事切れる寸前であった。だが、最後の力を振り絞り、男は言葉を紡ぐ。


「お前も、目的が・・・あるんだろ?でなきゃ、こっち、側には・・・来ないよな」

「あぁ、だが俺の復讐はそう簡単じゃない」

「誰の為か、は、俺は知らない。だが、必ず・・・果せ」


 その言葉を最後に、男は息を引き取った。自分に致命傷を与えた一夜に看取られながら。

 男を看取った一夜の後ろから近づく二つの足音、一夜はその足音の主である二人が誰か、分かっていた。

 その二人に、一夜は振りむく事無く声を掛ける。


「クレア、そっちは終わったのか?」

「えぇ、でなきゃここに居ないでしょ」


 振り返ることなく投げかけられた問いに、クレアは呆れながら返答し、今度は一夜に問う。


「でも、あの人はなんで貴方の動きを追えなかったんだろ?何も特別な事してないのに」

「違うよ、クレアちゃん。一夜君はあの人に視線誘導ミスディレクションをしたんだよ」

視線誘導ミスディレクション?瞬歩や抜き足は効かなかったのに、何でそんなのが」


 『視線誘導ミスディレクション』手品の基礎として用いられる事が多い技術の一つ。

自身の言動で相手の視線を特定の場所へ誘導し、その場所を見せる様に仕向けられる。右手に客の視線を誘導し、左手でタネを準備する。それが本来の視線誘導ミスディレクションの使い方だが、一夜は手品のタネではなく。自身の行動や武器を隠す為に使っていた。


「多分それは、あの人が一夜君の言動を注視していたからだと思うよ。視線誘導ミスディレクションはそういった意識の乗った視線の方が誘導しやすいからね」

「戦闘に集中してたからこそ、って事ですか」


 クレアは、一夜の背を見つめながら、自分自身との才能の差を理解する。

 クレア自身の才能も最たるものには違いなかった。だが、暗技である気配遮断の応用の瞬歩や正面戦闘スキルである抜き足。戦闘には直接関係の無い手品の技術である視線誘導ミスディレクションを戦闘に生かすセンス。今見たその全てが物語っている。上には上がいる事を、自身よりも圧倒的に強者な存在が居る事を。

 そして同時に、恐怖も覚えていた。何食わぬ顔で、平然と200人と言う大人数を、一人残らず殺して見せた一夜に。なぜなら彼女は。




※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※ 




「はぁ?クレア(あいつ)誰も殺ってないのか」


 MI6日本支部。任務同日、その司令室での報告後。一夜とアリスが今回の任務について振り返っている中、一夜はクレアが受け持っていたオークション関係者が、全員生け捕りになっている事に驚いていた。


「えぇ、まだ慣れてないのかもね。全員気絶で確保されたわ」

「はぁ~、あの場に居た奴らを生け捕りにしてどうしたいんだ、クレア(あいつ)は」

「オークションのかしらは貴方が殺した中に居たから尋問の意味も無いし」

「かと言って、事実が公になるから警察にも引き渡せないしな」


 数十人の捕虜の様な存在。MI6日本支部にもあまり余裕はない。そこまでの人数を収容する部屋が無い。

その為、司令官であるアリスとそれを補佐するオリヴィア、一夜は頭を抱えている。

殺すのは簡単だが、支部内で殺すわけにもいかない。だからこそ、一夜はアリスに提案する。


「漁船にでも乗せるか、それが一番、手間が掛からないんじゃないか?」

「確かにそうね。それじゃぁそうしようか」

「では、今すぐに手配します」


 一夜の提案をアリスが承認し、それを聞いたオリヴィアが、船の手配の為に司令室を後にする。

 司令室に残った一夜とアリスは、次の仕事についての話を始める。


「さてと、次の君の仕事だけど」

「今はオリヴィアも居ないし、いつも通りに喋れよ。その方がやりやすい」


 アリスは、一夜との会話の場合のみ。司令官としての喋り方と、プライベートでの喋り方とで、使い分けている。

その理由は、アリスの年齢にある。アリスの年齢は16歳、それに比べ一夜は18歳。互いにMI6のメンバーとしては幼いが、一番若いアリスは立場としては一夜よりも上だが、年齢上は下。その為、アリスは一夜と二人きりの時は、上司としてではなく。一人の友人としての付き合いをしている。


「ダメよ、今からする話は仕事の話なんだから」

「それもそうか、それで?次の仕事はなんなんだ?」


 二度目の提案を却下された一夜は、会話の軌道を修正する。

軌道修正された会話をアリスが引き継ぎ、仕事の話を続ける。


「今度、イギリスから日本に来る、とある人の護衛任務よ」

「とある人って、誰なんだよ。もったいぶる事じゃないだろ」


 わざわざMI6が護衛に付く様な人物。その事実だけで、一夜は嫌な予感しかしなかった。相当の著名人か、MI6に関係のある人物。又はイギリスにとって重大な人物という事になる。

どんな人物であったとしても、日本人である一夜にとっては、嫌味な態度を取られるのは目に見えている。

いくらそう言った態度にある程度の耐性がある一夜でも、護衛となれば数日間生活を共にする相手に、嫌味な態度を取られ続ければ限界が来る可能性がある。そうなれば、自分が護衛対象を殺してしまうかもしれない。

その為、護衛任務はやりたくない一夜なのだが


「日時は今日から二日後。護衛対象は、シャルロット・ホームズ。ホームズ家のご令嬢よ」

「MI6に直接交渉が出来るって事は、相応に高い身分なんだろ?なら普段付きの護衛が居るんじゃないか?」


 MI6に直接交渉が出来る者は、イギリスの権力者の中でも非常に少数。それだけのコネクションが確立されている家系であれば、普段付きの護衛が居てもおかしくはない。


「それがどうも普段付きの護衛は居ないみたいなの。イギリス警察のトップが護衛を付けると言っても拒否。MI6の本部長が言っても拒否。イギリスへの貢献度が高い分。お偉い方々も相当心配しているのにね」

「そんな奴が何で今回は護衛を依頼したんだ?」

「さぁ、でも貴方に何か用事でもあるんじゃない?」


 アリスの引っかかる一言に、一夜は問いを投げ掛けられずにはいられなかった。


「おい、今のどういうことだ?何で俺に用事があるんだ?」

「あぁ、それは依頼主が貴方一人を護衛対象に指名したからよ」


 護衛対象からの指名。MI6メンバー以外には特段有名でもない一夜が指名される理由は殆ど無い。勿論、一夜には自分に用事のあるイギリスの権力者に覚えはない。だが、『ホームズ』

と言う名には覚えがあった。


「ホームズ・・・どっかで聞いた事あるんだが」

「それ、コナン・ドイルの小説の。シャーロックホームズなんじゃない。あの作品は日本でも有名だし」

「それ以外で何かあった気がするんだが、気のせいか?」

「流石に、それ以外だと私には分からないわよ」

「だろうな」


 この一連の会話の後、一夜は『ホームズ』と言う名前が暫く引っかかっていた。

 その頃、自室に戻ったクレアはと言うと。ベッドに横になり、一夜の事を考えていた。


「瞬歩に抜き足、それに三段階の視線誘導ミスディレクション。何よ、聞いてたよりも強いじゃない」


 クレアは、一夜の噂をイギリスで仲間から聞いていた。

 その噂と言うのは、一夜の戦い方についての物が殆どだった。特殊な力を持っているだの、才能だけで戦っているだの様々な憶測が飛び交っていた。

 だが、クレアが目には一夜の戦い方は、才能だけで戦った訳でも、勿論特殊な力を使った訳でもなく。技術を重んじていた様に映っていた。


「それは、一夜さんの話ですか?」

「え?誰!?」


 クレアに言葉を掛けたのは、船の手配を終えたオリヴィアだった。

 クレアが飛び起き、声が聞こえた方向を向くと、オリヴィアが部屋の扉を開け放った状態で立っていた。


「どうもクレアさん。私はOO7、オリヴィア・アークライトです」

「あ、私はOO6のクレア・スカーレットです」


 二人は互いに自己紹介をする。その後、会話を続ける。


「それで、先程話していたのは神崎一夜さんの話ですよね?」

「は、はい。イギリスでもあの人の事は噂になっていましたから」


 それを聞いたオリヴィアは、振り返りクレアに背を向ける。


「彼が、努力であのスキルを身に着けたと思うのであれば、それは大きな勘違いです」

「ちょ、それってどういう」


 クレアの静止も虚しく、オリヴィアは部屋を後にする。

 部屋に取り残されたクレアは、オリヴィアの言った事を理解できず、困惑する。




 二日後、一夜の姿は長野の松本空港の駐車場に在った。

 理由は言わずもがな護衛対象の出迎え。本来、ここまでする通りは無いが、先方の指定した合流場所が、松本空港の空港駐車場だったからだ。

 一夜の服装は、上着にフード付きの黒いジャージ、ズボンも上着と合わせられるジャージを履いている。一夜は、ドレスコードが必要な場合を除いては、いつも同じ服装をしている。それは、動きやすいジャージは戦闘もしやすくなる為。

 暇そうに依頼主がやってくる一夜の隣に、一台のクライスラー300リムジンが駐車される。

 一夜がそのリムジンに目線を向けると、運転席の扉が開き、そのリムジンの運転席からスーツ姿の初老の男が下りてくる。


「神崎様、お待たせいたしました。まもなくシャルロット様もお着きになりますので、もうしばしお待ちを」


 その初老の男は、一夜を見つけると同時に声を掛ける。


「あんたは運転手か?」

「はい、私はアルフレッド・レミントン。ホームズ家の運転手兼執事でございます」


 アルフレッドの自己紹介を聞いた一夜は、ホームズ家について考える。

 ホームズの名前、昔親父から聞いた憶えがある。その意味までは憶えていないが、何か重要な事を言っていた気がするが。


「アルフレッド、お待たせしました」


 考え込んでいた一夜の後方から声がかけられる。

 振り返った一夜の目に入ったのは、臀部まで届く長く鮮やかな金髪と青く澄んだ瞳を持つ少女だった。

 その少女は、白に黒のラインの入ったワンピースドレスを身に着け、頭には鳥の羽を模した髪飾りを着けていた。


「お待ちしておりましたシャルロット様」

「そちらの貴方は、神崎一夜さんですね?」


 アルフレッドにシャルロットと呼ばれた少女は、一夜の名前を的確に言い当てる。それを聞いた一夜は、問わずにはいられなかった。


「そうだが、何でお前は俺の名前を知ってるんだ?」


 その一夜の問いに、シャルロットは口を噤む。表情にこそあまり現れてはいなかったが、一夜は、どこか不機嫌そうな雰囲気をシャルロットに感じていた。

 そんな中、シャルロットに代わり、アルフレッドが口を開く。


「シャルロット様、そろそろ向かわれた方がよろしいかと。お話は車の中で御ゆるりと」

「アルフレッドの言う通りですね。それでは神崎さん、お乗りください」


 シャルロットに促された一夜は、シャルロットが乗り込むのを確認したのち、自身も後部座席に乗り込む。

 その後、アルフレッドは運転席に戻り、エンジンを掛け、発車する。


「それで、私が貴方の名前を知っている理由でしたよね?」


 リムジンが発車して数分後、一般道を走る車内でシャルロットは先程の話を再開する。


「あぁ、誰から俺の話を聞いた?」

「そうですね、それならこういうのはどうでしょう」


 シャルロットは車内の棚に納められたチェス盤を取り出しながら言う。


「これで、貴方が私に勝つことが出来ればお話します」

「チェスか、正直あんまり自信ないんだけどな」


 そう言いながらもシャルロットの提案を受け入れ、一夜はチェスをする事になるのだが、数十分後。


「ほい、チェックメイト。また俺の勝ちだな」

「・・・・・」


 二人の対局は、本日三度目だが、戦績は一夜の三勝零敗。結果は、自身が無いと言っていた一夜の圧勝になっていた。


「ほほほ、シャルロット様にチェスで一度も負けないとは、神崎様も中々やり手ですね」

「これでも相当ギリギリだけどな」


 アルフレッド賞賛に一夜は謙遜で返す。その一夜の瞳の色は、済んだ紅い色をしていた。そんな一夜事をシャルロットはジト目で見つめ続ける。その顔色は、一夜と最初の会話の時よりも不機嫌そうな表情をしている。


「それでも、ですよ。広深域思考を持っているシャルロット様に、ボードゲームで勝つのは至難ですから」

「広深域思考?それは何だ?」


 聞きなれない言葉に一夜は首をかしげる。そんな一夜を見てシャルロットは、ため息をつきながらも口を開く。


「私の広深域思考は、所謂異常体質の一つです。貴方の聴覚と同じような物だと思っていただければ」

「俺の耳の事を知っているのも気になるが、取り敢えず広深域思考そっちの方を教えてくれ」

「広深域思考は、簡単に言えば思考速度の飛躍的に上昇です。それもただ思考速度が上がるだけでなく、思考の深さも通常の人よりも圧倒的に深くなります」


 『広深域思考』通常の人の思考能力よりも、早く深い思考が可能になる特異体質。

人は、二つの物事を同時に処理しようとすれば、その精度が極端に落ちる。思考も例外では無いのだが、この特異体質を持つ者は例外で、度合いによって速度と深さは異なるが、精度は全くと言っていい程低下しない。

シャルロットの場合は、同時に思考できる事象の数は10~20程。更に三次元的にではなく六次元的な思考が出来る為。事象を思考し、その考えを行動に起こした場合に発生する新たな事象をも的中させる程。


「先程から、この体質を利用していたのですが、それでも勝てないとは、お父様の言う通りでしたね」

「お父様?何でお前の父親も俺の事知ってるんだよ」


 一夜にとっては、シャルロットすらも初対面だったにも関わらず、その父親すらも一夜の名前を知っている。一夜からしてみれば不思議で仕方がない。


「本当に、憶えていないんですね」

「だから何がだよ」


 一夜にとっては、依頼時に懸念していた事が起きなかったのは、喜ばしい事だが、それ以上に、目の前の少女の言動一つ一つが、引っかかってばかりいる。

 それに、一夜がチェスに勝ったにも関わらず、未だに一夜の名を知っている理由をシャルロットは話していない。

 だが、そんなシャルロットの口から、一夜は耳を疑う言葉を聞く。


「私達は昔、出会っているのに」

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