第24話 よーし皆! 今日は学園編を始めるぞ!!
澄み切った青空の下、暖かな春の日差しが差し込む庭園。葉の繁る大木にもたれかかり、夢中で本を読む少年。わくわくとした表情でページをめくる手を、木の後ろから現れた少女が邪魔をする。
「アッシュってば、また本ばっか読んで!」
「セレスちゃん……じゃましないでよ。今アクエリオンがワイバーンと戦ってるんだから」
「だめ」
「なんでさ」
「いまからわたし、冒険にいくから。ついてきて」
少女は横目でこっそりと周囲を囲む垣根の外を見る。庭の中心でお茶会を開いている大人たちにばれないように。
ここはセレスの実家、セレモンティ家の別荘地。自然豊かで風光明媚な地ではあるが、それだけにモンスターの出没する森が近くにあり、子供だけで敷地の外に出ることは禁止されていた。
「冒険って……モンスターが出てきちゃうよ」
「だからいいんじゃない」
「だめだよ。あぶないよ」
「アッシュってばへんなの。いつもえーゆーじょじしばっかり読んでるのに、怖がりなんだもの。そんなんじゃえーゆーになれないよ」
「ボクは英雄じゃなくて、詩人になるんだから、いいの」
少年の言葉に、少女は頬をふくらませる。彼女は今日は家の外に冒険にでることに決めたのだ。英雄としての第一歩を踏みだす、とても心踊る計画。
せっかくそのお供に選んであげたのにいやがるなんて。
「ほんと、アッシュってばよわむし。でもいいの。わたしげんそ魔法が使えるようになったんだよ。だからあぶなくないの。モンスターもやっつけちゃう」
「すごい!」
ようやく期待通りの反応が引き出せてセレスは得意気に頬をふくらませる。
元素魔法は特定の神や精霊の加護を得て行使される奇跡ではなく、世界に遍在するマナに働きかえることで火や風などの自然現象と同等の反応を引き出す術。
判明している法則に従い、適切にマナに干渉することで相応の現象が発生する。この世界での物理現象ともいえる。
とはいえ、その術を行使できる人間は限られる。そもそもマナを認識し、体内に取り込むことが出来なければ何の結果も得られない。だがその第一歩が進めれられるかは生まれつきの才能によるのだ。
「アッシュはできる?」
「ボクはむり。こないだ王都からえらい先生がきて見てくれたの。兄さんたちは才能あるけど、ボクは体の中でれんせいした魔法を外に出す穴がすごく小さいんだって。たぶん大きくなってもそのままだって」
「じゃあ……」
「だからボクはセレスちゃんが英雄になるかっこいい所を詩にしておくるね」
ならば剣士として自分についてくればいい、と続けようとしたセレスに、アッシュが笑顔でそう告げてきた。
自分についてこれないというのに、ちっとも悔しそうにしないその表情。むっとしたセレスは自分よりもやや低い位置にある彼の頭髪に手を当てる。この辺りでは珍しいその黒髪をくしゃくしゃっとかき乱して、ご先祖様と同じだと自慢していた一房の銀髪も隠してやった。
「もう……」
しょんぼりする様子のアッシュを見てけらけらと笑うセレス。
「じゃあいくよ」
一連のいたずらで話は決まったとばかりにセレスはかけだす。しぶしぶ付いてくるアッシュと共に大きく邸宅のドアを開ける音をたて――――庭でお茶を楽しむ大人たちに聞かせるために。
そのまま二人は裏庭にむかい、セレスが見つけていた垣根の緩みから外へ出た。
別荘からつながる、かろうじて踏みならされているだけの道を走る。
なんてことのないただの道。ここに来るまでに馬車で通過した見覚えのある道だけど、自分たちだけが独占していることにとても心が沸き立った。
渋っていたアッシュもかけ出す内に笑い出す。
そのうちに道から少し離れた所に何かの穴を見つけて二人は立ち止まる。
「なんだろ?」
アッシュが首をかしげるから、セレスは「モンスターのすみかに決まってるじゃない」と脅かしつけてやった。
そうして怖がる少年を笑うセレスの背後から音がした。
振り返るとそこには一匹の角兎。昨日の晩ごはんのシチューにも入っていた、この辺りで繁殖している小型モンスター。
昨夜、地元で採用した調理人自身が仕留めてきたと言っていた、大人にとっては一手間で確保できる食材だ。
だけどまだ幼いセレスにとっては。
自分の方が大きいけど、その角兎は睨みつけた視線を外さず、さらにはその角が真っ赤に光り、やがてタイマツのように炎を纏いだした。
自分だって同じ炎を生み出せるようになった。いや、もっと立派な炎を放つことができる。頭のどこかでそうしてやればいいと判断はしているが、その方法が分からなくなった。
「やだ……」
体をこばわらせたセレスに対し、角兎が炎の槍を突きつけてきて――――
「セレスちゃんをいじめるな!」
アッシュがその前に飛び出した。
だが突進を止めない角兎に対し、少年は転ぶようにモンスターに覆いかぶさる。
「くうっ!」
「アッシュ!」
角兎の燃える角を掴みその直進を止めたアッシュ。手が燃えてしまう、そう慌てるセレスの目の前で信じられない光景。
アッシュの両手でも半分も隠せない長さの角。その赤々とした炎が消えていく。それが青白い光に変わっていく。あたかも冬の青空を反射した氷柱のような光へ。
「うわあっ」
手を離し、尻もちをつく少年。
解放された角兎は青白い角を嫌がるように、しきりに頭をふり、地面にそいつをなすりつける。やがて角が元の黒茶色に戻ったかと思うと、ザッと体をひるがえして近くの森の中へ消えていった。
「手! だいじょうぶ!?」
セレスが慌ててアッシュの両手を掴み、開かせる。そこには少しだけ赤くなっているけれど、日頃本をめくることしかしていないキレイな肌のままの手のひら。
安堵のあまり泣き出しそうになったセレスに対し、
「セレスちゃんはだいじょうぶだった?」
アッシュがのん気な調子でそう問い返す。
セレスはたまらなくなって、少年にしがみつくとわんわんと泣き出した。
――――「あれでアッシュの異能力が見つかったのよね」
殺風景な小部屋で。簡素なベッドに座り込み、セレスはそう独りごちる。
「あのとき私が連れ出さなければそのまま夢だった詩人になれたのかしら……」
セレスは再度幼い頃の思い出を振り返る。
魔法が使えないとされていたアッシュ。だが実際には角兎の角やある種の金属で造られた剣。魔力の伝導体としての性質を持つ物であれば、それに魔法という現象を纏わせることができる。
彼の先祖、シンジョウ様が使ったとされる異能力。それが子孫である彼の身に発現したのだ。
偶然セレスを助けるためにその異能力を有していることが発覚したが、その一件がなければ詩人を夢見ていた貴族の三男坊はそのまま夢を叶えられたかもしれない。
「でも、それはないか……あの後送ってくれた詩。無闇に気取った言葉ばかり並べ立てて、意味不明だし、くどいし。ほんとに詩の方は才能ないのよね」
セレスは胸元から取り出していた古ぼけた紙を丁寧に折りたたむ。
「それに、学院のことがあるから。結局王都にいられなくなったわけだもの。…………私、小さい頃からアッシュの邪魔をしてばかりだったわね」
彼女は座っていたベッドから天井近くを見上げる。上部にある小さな明り取りの窓、そこからあの日のように暖かな日差しが差し込む。
「もうアッシュは実家についたかしら。リーアちゃんがご両親に挨拶するんだ、って意気込んでたけどどうなるかしらね」
セレスは寂しげに笑うと、ベッドに座りこみ数日前のことを思い返す。
◇◇◇◇◇
「学校を作るだって?」
いつものように依頼を果たして冒険者ギルドに帰還した星の白銀。討伐部位を引き渡し、赤い大渦亭で少し早い夕食に向かおうとした一行だが、受付嬢エルザに声をかけられる。「ギルドマスターから話があります」と冒険者ギルドの主の部屋へ案内されることに。
そこで告げられたのが冒険者ギルドで学校を作る計画があり、星の白銀にそれへの協力を求めたいという話であった。
「また意外な話だな」
「そうでもねえだろ。言っとくがお前やセレスさんが通っていた王都の学院みてえな立派なやつじゃねえぞ。対象はFとEランクの若手冒険者だからな」
案内の後も部屋に残っていたエルザが補足する。
冒険者ギルドで昔から問題になっていたのが、若手冒険者の死傷率の高さである。
冒険者とは勇ましくて大金が稼げる、子供であれば誰もが憧れる職業であるが、その実情は甘くない。
何せ主な活動場所が街の外という危険地帯なのだ。モンスターに襲われるのは日常茶飯事。山中でただ足をくじいただけでも街に戻れずにのたれ死ぬことだってある。
むろんギルドではそれを防ぐためにランク制を設け、FからEまでの若手冒険者には無理のない依頼を振ろうとしている。極力近場ですむ薬草採取や、昔から習性や弱点が判明しているモンスターの討伐、そういった比較的安全な依頼のみを。
だがその数には限りがあって、全員が厳選された依頼を受注できるわけではない。
そもそも冒険者を志す若者は自分の力量に根拠なき自信を持っているものだ。例えギルドが依頼を制限したところで、舐めるなとばかりに自分から危険地帯に踏み込んでいってしまうのである。
「一番いいのは皆さんみたいなベテランパーティーに加えてもらうことなんですが……」
星の白銀のように育成を引き受けてくれるパーティーには、ギルドも積極的に新人を紹介する。
そうすればベテランに保護されながら、積み重ねられたノウハウを実地で学ぶことができる。何よりはるかに力量のある先輩と組むことで、自分達がまだまだ力不足だと実感させることができる。
「でもそれで安全に鍛えてもらえる人数なんてたかが知れてますし……」
さらに言えば、下手なパーティーに送り込むと囮として使い捨てされるような本末転倒な事態にもなりうる。
「そこで若手に関しちゃあ、一律で学校って形で依頼に関するノウハウを教えて、武器の使い方を鍛えてこうって声があったんだよ。要は実践で調子こいてヘタ打つ前に鼻っ柱をへし折っといて小利口にしとこうって考えでな」
「最近は近隣との戦争もないですし、豊作が続いて街全体に余裕が出てきましたから、今のうちに若手冒険者の育成に手をつけようということに。最初は予算のやり繰りが厳しいかもしれませんが、死傷率が改善されて中堅パーティーが増えれば街の安定にもつながりますからね。長い目で見れば良い事ずくめだと、領主様からも援助がいただけることになっているんですよ」
「なるほどな。そりゃいい話じゃねえか。それで俺たちに協力して欲しいってことだが、つまり俺に生徒が入学する際のステータスチェックをして欲しいということだな」
「えっ、やめてくださいよ。また新人に殴らせたりするんですか? 」
満更でもないという顔のアッシュに、エルザが慌てて否定した。
「そっちじゃなくて、教師を務めてくれねえか、ってな話なんだよ」
ギルマスの言葉にリーアが目を輝かせた。
「ふっふっふっ。ギルマスもお目が高いね。実は私、結構そういう才能あると思うんだよ」
「いや、待て。俺たちが希望するのはセレスさんであって、リーアちゃん達は……」
――――リーアは思い浮かべる。
メガネをかけて教壇に立つ自分の姿を。
「すげえ、リーア先生、メガネをかけて知的さが全開で放出されてるぜ!」
「うわー、賢さがほとばしってるー!」
(ふふふ、メガネさえかければ私だってこんなものだよ。もう誰にも無邪気な精霊とオツムが同レベルだから高位精霊術が使えるとか言わせないよ!)
「リーアせんせー、先生のかしこさ、見せて下さーい」
「仕方ないなあ、ほらっ」
メガネをくいっとするリーア。
「ちっ・て・きー!」
「憧れちゃーう!」
リーアはメガネをくいっ、くいっとし続ける。
――――ヴァルドは思い浮かべる。
学校の庭園を歩き、健やかに成長していく生徒達を暖かく見守る自分の姿を。
ふと立ち止まり、伸ばした視線の先には清楚で朗らかな少女。母親譲りの灰褐色の毛色が眩しい少女。彼の愛娘チノの成長した姿である。
(最近なぜかフィルマが全額持つからチノを王都の学院に入れろと言ってて、チノちゃんもその気になってたがよ。チノちゃんの可愛さを思えばセレスの時みたく、王族や貴族がちょっかい出してくるのは間違いない。だがこうして自分で学校を作れば、一人で都会に送り出すようなまねをする必要もない。なにより一緒にいれば……)
「チノさーん」
道端の花を愛でていたチノの元に駆け寄ってきた一人の男子生徒。
「えっと、キミは?」
「ぼくは実家が一等地に立ってて、貯金もたくさんあって、将来は堅実な職業につく予定の同級生さ。そんなぼくから、君に交際を申し込みたい」
「あら、でも私の理想の男の人ってお父さんなの。お父さんに勝てる人じゃないと付き合えないわ」
「やあ、俺がお父さんだよ」
「げえっ、ヴァルド先生!」
「オラッ!」
懇親の一撃でもって吹き飛ばされ、庭の木にぶつかり目を回す少年。
「チノちゃん、あれはだめだ。ワンパンで沈むようなしょぼいHPの奴との付き合いは認められねえ」
「ありがとうお父さん。騙されるところだったよ。でもこれじゃあ私いつまでもお嫁に行けないよお」
「はっはっはっ、チノちゃん。無理に行かなくてもいいんだよ」
「わーい、よかったあ」
――――アッシュは思い浮かべる。
学校の廊下で生徒に追いすがられる自分の姿を。
「アッシュ先生、待って下さい。僕、今の詩作の授業で質問があるんです。アイウッド技法において、韻を重ねるには文の頭より末尾が望ましいとありましたけど、イロハス7巻では逆に全章で頭の方に来てると思うんです」
「ほう、それはなかなかいい着眼点だ。それにはちゃんと理由があってな――――」
「――――なるほど。アイウッド技法にはそんな深い意味があったんですね。先生! 僕、また定石詩の素晴らしさを知って身震いする思いです!」
目を輝かせる生徒に対し、アッシュは満足げにうなずく。
(そうだ。俺は日頃周囲の冒険者達が叙事詩に定石詩を使わないことを嘆いていたが、それは彼らが本物の詩を知らないからなんだ。教わっていないから散文詩みたいな偽物をありがたがってしまうんだ。ちゃんと定石詩の素晴らしさに触れればこうして、正しい道を歩もうというものだ)
「先生! 先生のことを
「おいおい、そいつはちょいと早いなあ」
――――しまりない顔を見せる三人が言葉を揃える。
「「「いいかもー!」」」
「まかしときな。我が星の白銀は学校教育に教師として全面的に協力するぜ!」
「いや、お前たち三人にはそういうの求めてないから」
「おいおい、この辺で俺以外に誰が定石詩を教えられるっていうんだよ」
「そだよ! メガネを独占しようったってそうはいかないよ!」
「チノちゃんを貴族や害虫どもから守るにはこうするしかねえんだよ!」
三人の妄想は止まらない。
「へへっ、教材は何にするかなあ。イロハスは全巻暗記は必至として、カルピッソスも外せねえよな」
「フィルマさんにメガネ注文しなきゃ!」
「いや、そもそも男は森に放り込んどけば勝手に鍛えられるから、学校の方は女子校にするべきでは……」
残りの三人、セレスとギルマスとエルザも揃ってため息をついた。
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